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『村の残響――根源因子の声』
廃棄口から続く“残響の廊下”は、
歩けば歩くほど形を失っていった。
壁は消え、床は揺れ、
空間そのものが呼吸しているように脈打つ。
アシェルは足を止めた。
「……ここ、だな」
ノワが静かに頷く。
――ここ が
――“きみ の むら” の ざんきょう
薄い光が霧のように揺らいでいる。
アシェルが手を伸ばすと、
光が震え、世界が反転するように視界が変わった。
◆
◆村が“消えた”瞬間を追体験する
――畑。
――木造の家々。
――風に揺れる麦畑。
見慣れた景色が広がっていた。
アシェルは胸が潰れそうになる。
(ここは……俺の村だ……
なのに……もう誰もいない)
子どもの笑い声も、
家畜の鳴き声も、
夕飯の匂いもない。
“人がいた記憶”だけが、風の温度として残っている。
アシェルは震える声で呟いた。
「……誰か……
誰かいないのか……?」
だが返事はない。
代わりに――
空が黒くひび割れた。
バキィィン……!!
世界の上空に“白い円”が浮かぶ。
目玉のように開き、内部が回転している。
アシェルの呼吸が止まった。
(これだ……これが村を消した“最初の光”……)
ノワが震える声を出す。
――あれ は
――しろい かんそくしゃ の ちから では ない
――もっと ふるいやつ
――“ねもと の いんが” の きのう
アシェルは目を見開いた。
「“根源因子”……
あの塔の奥深くにいる存在……?」
ノワはかすかにうなずく。
――あれ は
――せかい の いちぶ を うごかしている
――きみ の ちから と にている が
――いっそく さき を いっている
アシェルは拳を握りしめた。
(あれが……村を消した“本当の犯人”……!)
◆
◆光の網が落ちてくる
白い円から、
細い光の糸が雨のように落ちてくる。
触れた場所から、世界が静かに消えていく。
「俺は……妻に駆け寄ろうとしたんだ……!
でも……っ……!」
アシェルの胸が締め付けられる。
彼は走った。
残響の中で、あの日と同じように。
だが――
足は届かない。
残響の地面が溶け、
距離が伸び、
妻の姿は遠ざかる。
アシェルの叫びが響く。
「やめろ……!!
あの日を……
奪った瞬間を繰り返すな!!」
ノワが影の手でアシェルの腕を掴んだ。
――あしぇる!
――これは “みに いくだけ” の せかい
――きみ の せいじゃない
だがアシェルは振り払った。
「俺は……!
この瞬間を……ずっと追ってきたんだ……!!」
空から降り注ぐ光が、
村そのものを無音で剥ぎ取っていく。
音も悲鳴もない。
ただ、“いなくなる”。
まるで存在の枠を消しゴムで削るように。
そして――
最後のひと筋の光が落ちた瞬間。
村は“なかったこと”になった。
アシェルは膝をつき、
呼吸が荒れ、涙がこぼれ落ちる。
「……俺は……
どうして何も……
守れなかった……」
ノワはアシェルの隣にしゃがむ。
その姿はいつになく“人らしい”。
――あしぇる
――きみ は にんげん だ
――にんげん は
――“ぜんぶ は すくえない”
アシェルは震える声で問う。
「じゃあ……誰がこの光を落としたんだ……」
ノワが答えようとしたその瞬間――
◆
◆“根源因子”の声が流れ込む
世界が黒く染まった。
空間が反転し、
村の景色が砕け、
真っ白な空洞が広がる。
その中心に――
黒い球体が浮かんでいた。
アシェルの胸の核と同じ構造。
だが、はるかに巨大で、古い。
ノワが膝をつくように影を縮める。
――あれ が
――“ねもと の いんが(ルート)”
黒球体から声が響く。
『欠損を補填する。
価値の低い領域を削除する。
存在の最適化を行う。』
アシェルが震える。
「……これが……
村を消した理由なのか?」
声は続く。
『因果値の低い集落は、
世界の安定維持に不要である。
削除を実行した。』
アシェルの目に殺意が宿る。
(“不要”……
その一言で……村も妻も……!)
ノワが立ち上がり、アシェルの前に出た。
――ちかづくな!
――こいつ は きみ を “とりこむ”
黒球体の声がアシェルに向けられる。
『アシェル・レイヴ。
お前の黒核は、我と同質のもの。
来い。
合流すれば、お前は“より完全な存在”となる。』
アシェルの胸が焼けるように痛む。
(俺を……取り込む……?
俺は……同じ側の存在なのか……?)
ノワが叫ぶ。
――ちがう!!
――きみ は “にんげん”
――こいつ は “せかい の きのう”!!
アシェルは歯を食いしばり、声を上げた。
「ふざけるな……
俺はお前なんかと同じじゃない!!
俺は、人を取り戻すためにここに来たんだ!!」
黒球体の周囲がゆらめく。
『ならば――
抗うがいい。
お前が“何を守り、何を壊すか”見届けよう。』
世界が砕け、残響が散り、
視界は一気に白へと跳んだ。
◆
◆現実へ戻る
アシェルは息を荒くして目を開いた。
膝をついて戻った場所は、
廃棄口の奥にある地下回廊。
ノワがアシェルの肩に手を置くように影を寄せた。
――あしぇる
――だいじょうぶ?
アシェルは目を閉じた。
「……ああ。
でももう分かった」
「俺の復讐すべき相手は――
白衣の観測者だけじゃない」
「もっと深い……
“世界の機能そのもの”と戦わなければならない」
ノワが静かに呟く。
――きみ の たたかい は
――“にんげん” の ため の もの じゃない
――きみ じしん の こころ の ため
アシェルは歩き出した。
過去を見た。
村が消えた理由を知った。
あとは――
壊すだけだ。




