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『残響の底へ――消された声たち』
夜――。
白衣の塔の裏側に広がる森は、不自然なほど静かだった。
虫の音も、風のざわめきすらない。
音を吸い込むような“空虚”。
アシェルは木々の間を抜け、
塔の基部へと身を潜めた。
レオンから受け取った紙切れには、
《地下安置層――廃棄口》
と書かれている。
アシェルは低く呟く。
「この下に……俺の村の残響があるかもしれない」
ノワが影をふるわせる。
――あしぇる
――いま の きみ は
――すこし こわい
「俺が?」
――きえた もの を さがす ひと の め だ
――こころ が とがっている
アシェルは苦笑した。
(そうかもしれない……
でも、今は引けない)
◆
◆地下への入口――封印された廃棄口
塔基部の裏へ回り込むと、
鉄の扉が半ば地下に埋まるようにして塞がれていた。
扉には大きく刻まれた警告文。
《立入禁止/因果汚染廃棄路》
アシェルは手をかざした。
途端に――
扉の向こうから“声”が溢れ出すように流れ込む。
助けて
ここはどこ
誰か
戻れない
痛い
消える
私を覚えて……
アシェルは怯まず、扉に手を置いた。
(残響……
完全に消えず、彷徨っている……)
ノワが低い声を出す。
――これ を あける と
――きみ は すこし “くずれる”
「構わない。
俺は――知りたい」
ノワは静かに頷いた。
――あけよう
――“むこう がわ” を
アシェルは力を込め、扉を押し開けた。
ギィィ……と錆びた音が闇に沈む。
◆
◆因果残響層――“消された者たちの溜まり場”
扉の向こうは、
光のない“空白の廊下”だった。
壁、床、天井――
どれも本来の素材ではなく、
“因果のざらつき”そのものに置き換わっている。
(ここは……世界の裏側みたいだ……
現実と非現実の縫い目が剥がれた場所……)
ノワがアシェルの手を握るように影を寄せた。
――きみ ひとり では
――みち を まちがえる
――われ の め を つかう
その言葉とともに、
ノワの視界がアシェルと重なった。
世界の壁に、
“残響の痕跡”が無数に浮かび上がる。
泣き声、
叫び、
名前、
記憶の断片――
それらは、触れれば崩れそうな光の破片として漂っていた。
アシェルはその中の一つに手を伸ばす。
すると――
◆
◆“消滅の瞬間”が流れ込む
手が触れた残響は震え、
アシェルの視界に映像を流し込んだ。
――農村。
――畑を耕す少年。
――突然、空間が裂け――
“白い光の網”が落ちてくる。
――世界から切り取られるように、
村が静かに消えていく。
そして最後に、
少年の叫び。
『母さん……! 誰か……――』
映像が途切れた。
アシェルは喉が燃えるように痛んだ。
「……これも、塔の連中が……?」
ノワが言う。
――ちがう
――これは “へいき の しんがた”
――しろい かんそくしゃ の つくった もの では ない
アシェルは目を見開く。
「じゃあ誰が……?」
ノワは少し考えるように影を揺らした。
――もっと ふかい ところ に
――“おおもと の いんが” が いる
(もっと深い……?
塔の奥底に、俺の村を消した“根源”がいる……)
呼吸が荒くなる。
だが進むほどに、
残響は増えていく。
女性の声。
老人の声。
赤子の泣き声。
名前の断片。
“忘れられた存在たち”の記憶。
アシェルは拳を握りしめた。
(こんな……無茶苦茶な……
人間を“消耗品”みたいに扱いやがって……)
胸の核が熱く脈動し、
怒りに呼応する。
ノワが言った。
――あしぇる
――その きもち を きみ の ちから に しなさい
――ここ に ある の は
――“きみ と おなじ いたみ”
アシェルは深く息を吸った。
「わかってる……
でも……最初に確かめたい」
ノワが静かに問う。
――なに を?
アシェルは言った。
「俺の村の残響が……ここにあるかどうか」
ノワは影の腕を伸ばし、
闇の奥を指し示した。
――ある
――もっと ふかく
――“こころ が きれる くらい ふかい とこ”
アシェルは歩き出した。
(なら、行くしかない。
真実を知るために……
そして復讐のために)
残響の光が揺れ、
アシェルの足跡を飲み込む。
廊下の先には、
“存在の断層”が待ち受けていた。




