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『灰鴉の影――統治の裏側にあるもの』
レオンに案内され、アシェルは宿場町エルトの地下へと降りた。
狭い階段の先――
鉄格子の扉を抜けると、薄暗い部屋が現れる。
そこには、黒い外套を羽織った男女が十名ほど集まっていた。
全員の瞳には、
“この国では珍しい、生きた意志”が宿っている。
レオンが紹介した。
「ここが《灰鴉》だ。
この国の“選別システム”に異を唱える連中さ」
アシェルは部屋を見渡し、静かに言った。
「……俺は仲間になるつもりはない。
共闘もしない。
ただ、利用価値があるなら情報をくれ」
灰鴉のメンバーはざわついたが、
リーダー格と思われる中年の女性が一歩前に出た。
「構わない。
あなたが何を望んでいても、こちらは歓迎する。
“敵の敵”は、それだけで価値がある」
アシェルのまぶたがわずかに動く。
(価値……
この国でその言葉は………嫌悪の象徴だ)
しかし女性の声に悪意はなかった。
「ただ一つ教えて。
あなたは何を追っているの?」
アシェルは迷わず言った。
「――“因果融解”を生み出した者。
俺の村を消した技術を作った者。
塔を支える“白衣の観測者”と、
その上にいる者だ」
部屋の空気が張り詰める。
レオンが低く呟く。
「やっぱり……お前は“外”の力の気配をまとってる。
塔を破壊したい俺たちとは、目的が一致してる」
アシェルは言う。
「なら話せ。
この国がなぜ“選別”に至った?」
レオンが重いため息をついた。
◆
◆《灰鴉》が語る、この国の崩壊の始まり
リーダーの女性――ノーラが説明を始めた。
「この国は昔、
因果科学で世界の最先端を走っていた。
しかし十数年前、
“ある技術者集団”が政府内部で力を持ち始めたの」
アシェルが眉をひそめる。
「技術者……?」
ノーラは頷き、言葉を続けた。
「《因果評価局》――通称《白衣省》。
彼らは人間の“価値”を因果量で数値化する研究を始めた。
政府は当初、それを福祉政策の指標にするつもりだった。
だが――研究はすぐに暴走した」
レオンが苦笑混じりに付け加える。
「“価値が低い者を救うより、
価値が高い者を強化した方が国益になる”って思想が広まったんだよ」
アシェルの拳が震えた。
(価値……価値……
それで俺の村は、本当に……?)
ノーラは静かに締めくくる。
「《白衣省》は、因果値の低い者を“実験体”に回し、
ついには“消す”研究を始めた。
それが――《因果融解》」
部屋の沈黙が、全てを物語っていた。
◆
◆塔地下――“被験体安置層”
レオンが一枚の紙を指さす。
「塔の地下には“安置層”がある。
融解された被験体の記録……
いや、“残骸”が集められている場所だ」
アシェルは視線を上げた。
「そこに何がある?」
レオンの表情は険しかった。
「――消された人々の“因果残響”だ。
完全に消えきれなかった記録が漂っている。
生者と死者の境界が曖昧な……地獄そのものだ」
アシェルの胸が激しく脈動する。
(なら――
俺の村の残響も……そこにある可能性がある)
ノワが静かに囁く。
――あしぇる
――いきたい?
アシェルは迷わず答えた。
「行く。
例えそこが地獄でも……
俺は事実を知る必要がある」
◆
◆ノワ、さらなる進化――“心のリンク”
《灰鴉》の隠れ家を出たあと。
アシェルが夜の街道を歩いていると、
突然、胸に“もう一つの感情”が流れ込んできた。
怒り、悲しみ、不安……
だがアシェルのものではない。
「……ノワ?」
影がアシェルの隣で揺れる。
――きみ と われ の あいだ に
――“みち” が できた
――きみ の きもち が
――われ に みえる
アシェルは驚く。
「心を読んでいるのか?」
――よんでいない
――“つながっている”
胸の奥が熱くなる。
(ノワの進化が……速すぎる……
でも、なぜ……)
ノワが優しく寄り添うように言う。
――きみ が
――“ほんとう に うごきだした” から
アシェルは深呼吸し、東の塔を見つめた。
「行くぞ、ノワ。
塔の地下へ――
俺の村の“残像”を見つけに」
ノワが影の手を伸ばす。
――いっしょ に いこう
――あしぇる
――きみ の みち を あるく
アシェルは歩き始めた。
その歩みはゆっくりだが、
確実に“国家の中枢”と“因果の深淵”へ近づいていた。
世界は再び、彼の存在に呼応して歪みを広げる。




