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カーディア  作者: アデル
第一章 第三項 復讐者の旅路・序章
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6

『影を抱く国――選別の統治』


 


塔から距離を置くため、アシェルは山間の街道を下った。


夜が完全に明け、

雲の切れ間から差す光が街道を照らす。


だが、その明るさとは裏腹に、

アシェルは妙な息苦しさを覚えていた。


(空気に……“監視の因果”が混じっている……

 塔から離れても、この国全体が同じ匂いを放っている)


ノワが答える。


――この くに は

――すでに “せんたく” の うえ に ある

――いきている もの と

――いきる かち の ない もの を

――わけて しまった


アシェルは苦い表情でつぶやく。


「だから……人々から“感情”が抜け落ちていたのか」


隣国の街道で出会う者たちは、皆どこか冷たかった。

怒りも喜びも、激しすぎる悲しみもない。


まるで――

感情が削られた“半人間”のように。


 



 


◆街道の宿場――“政府の検問”


昼前、アシェルは宿場町エルトへ入った。


だが、入り口で兵士に止められる。


「通行証を提示しろ」


アシェルは首を振る。


「ない。旅の者だ」


兵士は眉をひそめたが、すぐに無機質な声で質問を続ける。


「価値検査は受けたか?」


アシェルは息を飲む。


(価値検査……?

 この国ではそれを“当たり前”にしているのか?)


兵士が腕につけた円形装置を点滅させる。


「生命因果値の測定だ。

 ゼロ以下の者は……処理対象となる」


処理。


(処理……俺が塔で見た“あの未来”と同じ言葉……)


ノワがアシェルの背後で影をざわめかせる。


――あしぇる

――いま は さわがない ほう が いい

――こいつら は “ただ の にんぎょう”


言われた通り、アシェルは無表情で答える。


「検査なら好きにしろ」


兵士は装置をアシェルへ向け――

計測しようとした瞬間。


装置が爆ぜるように火花を散らした。


「なっ……!?

 こ、故障だと……?」


アシェルは静かに微笑んだ。


(ノワ……やったな)


ノワが影で笑う。


――きみ の “いんが” は

――はかれない

――せかい の そと から きている


兵士は不可解な表情をしつつも、


「……通れ。

 次からは検査場へ行け」


とだけ言って通した。


だがそれ以上に、

アシェルは宿場に入った直後の光景に息を呑む。


 



 


◆消えた住民の“貼り紙”


宿場の壁に、何枚もの紙が貼られている。


《捜索:家族が消えました》

《昨日までいた弟が突然いなくなりました》

《皆……忘れていませんか……?》


紙の端には、震える文字。


「“忘れられてゆく人”……」


ノワが囁く。


――この くに では

――“きえた もの” は

――“はじめ から いなかった” こと に なる

――だれ も おぼえていない


アシェルの胸が痛む。


(俺の村も……こうやって世界から消された……)


宿場の隅で、若い女性が貼り紙に触れながら泣いていた。


「どうして……誰も覚えていないの……

 昨日まで一緒にいたのに……

 私だけ……夢を見てるみたい……」


アシェルは胸を締めつけられた。


(“消滅”の記憶を保持できるのは、俺だけ……?

 いや、ノワも感じていた……

 じゃあ、この女性は……)


ノワが答える。


――この ひと は

――“しきいち” が たかい

――だから おぼえていられる

――でも ながく は もたない


(つまり、この人もいずれ……記憶を上書きされる……!)


アシェルは拳を握った。


「この国そのものが……

 人間の意志を削っているんだな」


 



 


◆“反政府組織”からの接触


宿場の裏路地を歩いていると、

アシェルの背後に声が落ちた。


「……そこの旅人。

 一つ、聞かせろ」


アシェルが振り返ると、

黒いコートを着た青年が立っていた。


両目に強い意志が残っている――

この国では珍しいタイプだ。


「お前、検査を通っていないな?

 どうやって通り抜けた」


アシェルは無言。


青年は軽く笑う。


「安心しろ。

 俺は“政府側”じゃない。

 むしろ逆だ」


アシェルは目を細める。


「……何者だ?」


「《灰鴉はいが》のレオン。

 この国を内側から破壊しようとしてる連中の一人だ」


反政府組織。


アシェルは様子をうかがう。


「俺に何の用だ」


レオンは真剣な目で言った。


「お前……“消失の匂い”をまとってる。

 仲間を何人も喪った俺にはわかる」


アシェルの表情がわずかに揺れる。


(こいつ……嗅ぎ分けられるのか)


レオンは続ける。


「塔の実験……白衣の連中……

 お前、何か知っているんだろう?」


アシェルはゆっくりと答えた。


「俺は――

 “消された側”の人間だ」


その一言で、レオンの表情が変わった。


驚愕ではない。

畏怖と、期待。


「……なら、力を貸してくれ。

 俺たち《灰鴉》はこの国の“選別システム”を破壊したい」


アシェルは一歩前へ出る。


「協力はしない。

 だが――目的は一部、重なる」


レオンが眉をひそめる。


「どういう意味だ?」


アシェルは静かに言った。


「俺は、消した側を追っている。

 国そのものが敵なら、壊れるのを止めるつもりはない」


ノワがその横で影を揺らした。


――あしぇる

――この くに は “てき”

――けっか は おなじだ


レオンは笑った。


「面白い……

 お前みたいな奴を待ってた」


だがアシェルは首を振る。


「互いに利用する形になる。

 それでいいなら、情報を渡せ」


レオンは頷き、紙片を渡した。


《塔の地下区画――“被験体安置層”の位置》


アシェルは即座に理解した。


(被験体……

 因果融解された者たちを集めている層……)


レオンが最後に言った。


「お前が何を企んでいるか知らないが……

 塔の地下は、地獄だぞ」


アシェルの声は冷たかった。


「地獄かどうかは……俺が決める」


 



 


◆ノワの異変――“感情の芽生え”


宿場を離れると、

ノワがアシェルの横でふわりと揺れた。


――あしぇる

――いま の おとこ

――きみ と にてる


「レオンと俺が?」


――うばわれた もの が ある

――だから あるいている


アシェルは少し驚いた。


(ノワ……こんなふうに“他人の心”を理解したことあったか……?)


その瞬間、ノワの輪郭が少し変形し、

黒い影の胸の位置に微かな光点が宿った。


まるで――“心臓”が芽生えたようだった。


アシェルは息を呑む。


「ノワ……お前……成長しているな」


ノワは嬉しそうに揺れた。


――きみ と おなじ

――いきている から


アシェルは歩き出す。


塔へ向かうために。

復讐を果たすために。

失ったものを取り返すために。


そして世界は再び、

アシェルに合わせて静かに“歪み始めていた”。

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