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『観測者との遭遇――黒と白の対峙』
塔に近づくにつれ、空気が変わった。
風が重い。
音が反響しない。
まるで、世界が塔を中心に“吸い寄せられている”ようだった。
アシェルは草を踏む足音すら奇妙にくぐもって聞こえるのを感じる。
(世界の縫い目が……塔の方向へ向かって収束している……?)
ノワが静かに頷いた。
――あそこ に
――“いんが の ちゅうおう” が ある
――きみ の むすめられた せかい の きず も
――あそこ に つながっている
アシェルの胸がざわりと疼く。
(俺の村が消えた原因……
ここを中心に発生したのか)
塔へ向かう道は広いが、
不自然に人影がない。
だが――人の気配はある。
アシェルは声を出さずに立ち止まる。
「……見られてる」
ノワも影をふるわせる。
――いや
――“みている の は ひと では ない”
◆
◆塔の外郭――無人の監視網
塔の外周には、灰色の球体が等間隔で漂っていた。
機械でも生物でもない。
まるで“目”のような存在。
風の流れに逆らって、
ぬるりと動く。
アシェルは眉をひそめた。
(……因果の揺れを監視している?
俺が近づくだけで反応する仕組みか)
球体の一つがアシェルを向き――
突然、内部から光が差し込んだ。
ノワが叫ぶ。
――あしぇる!
――それ は “かんそく しょくだん” だ!!
「避け――!」
光線は発射されなかった。
だが、未来の“可能性”だけが撃ち抜かれた。
アシェルの視界が激しく歪む。
(……これは……!
未来を撃つ攻撃……?)
ノワがアシェルの腕を掴む。
――はやく うごけ
――きみ の すこし さき の みらい が
――“くうはく に された”!!
未来が削られる――
つまり、存在の結果を一部失う。
アシェルは身を伏せて球体群の視界から逃れた。
(普通の兵器じゃない……
俺と同じ領域の力……)
ノワが低く告げる。
――この たてもの を まもる の は
――“ひと では ない”
◆
◆白い影が現れる
塔の影から、
一人の人物が歩み出てきた。
白衣を着ている。
だが――そこに“人間の気配がほとんどない”。
アシェルは息をのむ。
(……因果が薄い……?
まるで……世界との接続が希薄な存在……)
白衣の人物は、仮面をつけている。
黒い長髪が揺れ、背は高い。
そして低く、くぐもった声を発した。
「……アシェル・レイヴ」
アシェルの心臓が跳ねた。
「なぜ……俺の名を?」
白衣の男は近づき、
アシェルから数十メートルの距離で止まった。
「因果値、測定完了。
――“第四段階”。
……なるほど、“器”として十分だ」
アシェルの瞳が細くなる。
(器……?)
ノワが即座に警告する。
――あしぇる
――こいつ は
――“おなじ ところ から きた”
「俺と……同じ?」
白衣の男は微かに笑った。
「お前の村、妻……
消されて当然だった」
アシェルの呼吸が止まる。
(……こいつは……知っている……!)
男は続ける。
「因果値の低い集落は、存在価値を持たない。
ゆえに削除対象となる」
ノワが震えるように怒りを放つ。
――こいつ
――きみ の てき だ
◆
◆“観測者”の正体
男は胸元の白衣を開き、中の装置を見せた。
そこに浮かんでいるのは――
渦巻く黒い球体。
アシェルの胸の核と、形が酷似していた。
「お前の中にある“黒核”と同じものが、
俺の身体にもある。
……お前は偶然選ばれた。
俺は“選ばれた側”だ」
アシェルの心臓が高鳴る。
(同じ存在……
ノワのような影を持つ“異質の人間”……
これが、俺の村を消した張本人か……!?)
男はゆっくりと告げた。
「名乗る必要はない。
俺は《白の観測者》と呼ばれている」
アシェルは言葉を吐き出す。
「お前が……俺の村を……」
白い観測者は扇のように手を振った。
「それは俺ではない。
だが、“同じ系統”の者が行った。
お前には……復讐相手がたくさんいるぞ?」
アシェルの怒気が空気を震わせた。
ノワが囁く。
――あしぇる
――たたかう?
――まだ じぶん を たもてる?
アシェルは苦悩と怒りの中で答える。
「……戦えない。
今ここで戦ったら……俺の未来が折れる」
白い観測者は冷笑する。
「賢明だ。
お前ではまだ“勝てない”。
だが――近いうちにまた会う。
その時は……お前の全てを“評価”しよう」
そして男は塔の影へ消えた。
残されたのは、
アシェルの震える拳と、
ノワの静かな怒りだけだった。
◆
◆復讐の道が“形を持つ”
アシェルは崩れ落ちるように地面に手をつく。
「……俺は……必ず追いつく……
必ず見つけ出してやる……!」
ノワが隣に膝をつくように影を落とした。
――あしぇる
――きょう の であい で
――きみ の “てき の かたち” が みえた
「白衣の観測者……
あの塔……
そして“因果を消す集団”……」
ノワが頷く。
――その すべて が
――きみ の ふくしゅう の みち の さき に ある
アシェルは怒りで震える身体を立たせた。
「行こう、ノワ。
俺は必ず……あいつらを倒す。
世界のどこに逃げても……“因果ごと追い詰める”」
ノワの目に光が宿る。
――それ が
――きみ の ねがい
――われ は それ を かなえる
そしてアシェルは、
塔を背にしながらも、
もっと深い闇へ歩き始めた。
復讦の旅はまだ序章。
だが、この瞬間――
アシェルは初めて“対等の敵”を認識した。




