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『境界へ――選別される世界』
森を抜けたアシェルは、
谷底に沿って続く細い街道へと足を踏み入れた。
谷間には薄い霧がかかり、
地平線の先に奇妙に細長い建造物が見える。
アシェルは目を細める。
(……塔だ。
白衣の連中がいたという“研究塔”)
ノワがアシェルの肩に影を落としながら言う。
――あれ は
――“ひと の もの” では ない かんじ が する
アシェルは足を止めた。
「どういう意味だ?」
――“そと がわ の いんが” が
――じか に つながっている
――きみ の むら を きえさせた の と おなじ しゅるい
アシェルの拳は自然に強く握られていた。
(ここに……いる。
俺が追っている“消去者”が)
胸の核が熱を帯びていく。
◆
◆隣国との境界地帯――異様な静寂
谷道を進んでいくと、
小さな集落――「ラギナ関所町」が見えてきた。
だが。
人はいるのに、空気が妙に冷たい。
表情から“感情の影”が抜け落ちている。
アシェルは通りのお婆さんに声をかける。
「すみません。この先の塔についてご存じですか?」
老婆は一瞬だけアシェルを見たが――
すぐ視線をそらした。
「……知らない方がいいよ、お前さん」
声は震えていた。
「どうして?」
「“選ばれなかった人間”が……
あの塔から帰ってこない」
アシェルの胸がざわりと波立つ。
「選ばれなかった……?」
老婆は周囲を気にし、さらに小声で続ける。
「この国は……いつからか、
“価値の低い者”から消されていくようになった」
アシェルの視界がわずかに揺らいだ。
(価値……またその言葉……)
老婆は震える指で東の山を指す。
「あの塔に行った者は、みんな……
『自分は価値がない』って言い出すんだよ……」
アシェルは顔を曇らせた。
(精神操作……いや、それだけじゃない。
因果に干渉して、人間の“自己認識”を変化させている……?)
するとノワが呟く。
――あれ は
――ひと の “つかいかた” を しっている
――にんげん を “ざいりょう” として みている
アシェルはにらむように塔を見た。
「……そこまでして、何を作ろうとしている?」
ノワはわずかに首を振る。
――まだ みえない
――でも “て” が とどく ところ に いる
(つまり……近い)
胸が疼く。
◆
◆監視される街
町の裏通りを歩いていると、
アシェルは異様な視線を感じた。
振り返ると――
黒い光学義眼をつけた男が、じっとこちらを見ている。
アシェルが近づこうとした瞬間、
男はスッと路地に消えた。
「……監視だな」
ノワが言う。
――あれ は
――“しろい ものたち の けらい”
――きみ の いんが を みている
アシェルの眉が動く。
「俺の因果を……?
そんなことができる人間がいるのか」
ノワは即答した。
――できる
――“おなじ ち” の におい が する
――きみ と にた もの
アシェルは息を飲んだ。
(俺と……似た存在……?)
◆
◆塔へ向かう途中の“深層幻視”
塔へ続く坂道を進んでいると、
突然、胸の核が強烈に震えた。
アシェルは頭を押さえる。
「ぐっ……ノワ……何が……!」
視界が白く弾け飛ぶ。
世界の層が裂け――
塔の内部の“未来”が流れ込んできた。
◇白い部屋
◇円形の暗い装置
◇中に吊るされるように固定された“人物”
◇そして白衣の者の声が響く。
『D-52……因果値、ゼロに到達。
この個体は――“存在の理由を失った”。』
別の声。
『では処理を始めよう』
――ズ……ッ。
アシェルは息をのんで目を開いた。
(……これは……塔で起きる未来の断片……?
人間を……因果値で選別している……!?)
胸の熱が怒りで膨れ上がる。
「許せない……」
ノワが寄り添う。
――あしぇる
――きみ は いま
――“てき の いち” を みた
アシェルの瞳は鋭く光る。
「……行く。
今すぐ塔へ」
だがノワが手を広げて阻む。
――まだ
――いま は ちかづけない
――むこう に は “きみ と どうじ の せん” が いる
「……どういうことだ?」
――きみ と にた もの
――“きえた いんが の もちぬし”
――あの たてもの に いる
アシェルは震える息を吐いた。
つまり――
アシェルと“同等の力”を持つ存在が、塔にいる。
(俺の村を消したのは……
その存在かもしれない……)
胸の核が激しく脈打つ。
ノワが言う。
――きみ は まだ よわい
――でも すすむ なら
――きみ の せかい が かわる
アシェルは迷わなかった。
「構わない。
なら変えてやる。
俺自身の世界も、未来も」
ノワは嬉しそうに微笑む。
――それ が
――きみ の ねがい なら
アシェルは塔へ向けて歩き出した。
復讐の影を背負い、
世界の歪みを辿りながら――
その足取りは、確かに“災厄の中心”へ近づいていた。




