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『消失の現場――因果の残響』
白い繊維を手掛かりに、アシェルは東へ進んだ。
朝靄が晴れていく草原の中、
ノワはアシェルの足跡をなぞるように揺れながら進む。
――もっと ひがし
――ひがし の かぜ に
――“けされた におい” が のっている
(あの消滅現象の匂い……
俺の村と同じ気配か)
胸の核が低く脈打つ。
◆
◆因果が崩れた廃屋
数時間後。
アシェルたちは、森の縁にある古い集落へ辿り着いた。
人口十数人ほどの小さな村。
しかし、異様な沈黙が漂っている。
アシェルは村に入った瞬間、
視界がひずむのを感じた。
(因果が……欠けている……?)
ノワが足元の地面を見つめる。
――きみ
――ここ は “さっき まで ひと が いた”
「……消えた、ってことか」
アシェルは村の中心に倒れかけた廃屋を見つけた。
そこで――
胸の核が、鋭く反応した。
(……ここだ)
アシェルは膝をつき、床に触れた。
すると、
空気が震え、視界が薄白く染まる。
過去の因果が、読み解けるのだ。
◆
◆“消滅の瞬間”を見る
廃屋の床の木目の隙間。
そこから――
人の影が“抜け落ちる瞬間”が流れ込んできた。
音はない。
叫びもない。
ただ、光が反転する。
世界の縁が歪む。
そして――その場所にいた誰かが最初からいなかったように上書きされる。
アシェルは息を呑む。
(これ……俺の村と同じ……
いや、それ以上に精密だ)
ノワが言う。
――あれ は
――“いんが れんさい しゅだん”
――たくさん の せん を いっぺん に けす てき
アシェルは言葉を失う。
(大量消失……
それを、白衣の連中がこの村で使った……?)
圧迫感が胸を締め付ける。
だが――
その時、アシェルの視界に奇妙なものが映った。
◆
◆壊れかけの“逆流記録”
普通なら因果が消された場所には、線は残らない。
だが――
この廃屋の中には、一箇所だけ逆流した線があった。
まるで“消した瞬間の記録が暴走して残った”ような痕跡。
アシェルは手を伸ばす。
触れた瞬間、視界が跳ねた。
――白衣の人物が二人、
黒い器具を構えている。
――中央に立つ男の背中には
“研究塔”の紋章。
――そして、その男が呟く。
『実験番号:D-49。
因果融解、成功。
……君たちは“存在の価値”を持たなかった』
アシェルの胸が震える。
(存在の……価値?
そんな基準で……命を消すのか……!)
ノワの声が低くなる。
――あれ は
――“ひと” の ことば を つかう ばけもの
「……白衣の連中は、兵器開発者じゃない。
存在を数値で評価する……“選別者”だ」
アシェルの目に怒りが深く沈んだ。
(俺の村も……“価値がない”と判断されたのか……?
そんな理屈……許せるわけがない)
胸の核が熱を放つ。
◆
◆ノワの力が拡張する
アシェルの怒りに呼応するように、
ノワの黒い輪郭が少し変形した。
人型のシルエットがさらに明確になり、
瞳の位置が光の粒で示される。
「ノワ……お前……成長している?」
――きみ の きおく と
――きみ の ねがい が
――われ を つよくする
アシェルは思わず笑った。
(皮肉だ……
俺は復讐のために力を求めているのに、
ノワは俺の“痛みや怒り”で育つのか)
ノワが首をかしげた。
――きみ は くやしい?
――それとも うれしい?
「……どっちでもいい。
ただ、前に進むだけだ」
アシェルは立ち上がり、
廃屋の奥に続く足跡を見つけた。
それは、風で消えかけているが――
確かに“白衣の靴跡”だった。
◆
◆復讐の輪郭
アシェルは拳を握る。
(俺が追う相手は、ただの兵器研究者じゃない。
“存在の価値”を決める連中だ)
ノワが横で小さく頷く。
――きみ は
――“ひと の そしき” を てき に した
――これは ながい たび になる
「構わない。
どれだけ長くても、俺は必ず見つけ出す」
胸の核が強く脈打つ。
アシェルの目に宿ったのは、
怒りではなく――
明確な殺意と覚悟だった。
「白衣の連中……
D-49、《因果融解》。
この技術を作った奴らを、必ず追い詰める」
ノワが囁く。
――では すすもう
――むこう に ある のは
――“せんたく された せかい”
アシェルは歩き始めた。
もう迷わない。
もうためらわない。
これは、
復讐者としての本当の旅の始まりだった。




