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『歩き出す影――世界の縫い目の外へ』
森を抜けたアシェルが最初に見たのは――
水平線のように広がる草原だった。
月光が淡く照らす地平。
風に揺れる草の音しか聞こえない。
(誰もいない……
この世界に、俺を知る人間はいない)
胸に手を当てる。
その奥で静かに脈動する“黒い核”。
ノワがアシェルの横に浮かび、影を落とす。
――きみ は いま
――“せかい の ぬいめ” を あるいている
「世界の縫い目……?」
ノワは空を見上げた。
――せかい は ひとつ の ふく だ
――つぎはぎ で できている
――きみ は その つぎめ の うえ を ふんでいる
アシェルは少し考える。
(俺が歩く場所……世界の構造がゆらぐ……
それはつまり――)
「世界は……俺を拒絶しているのか?」
――いいや
――きみ を しゅうちゃく している
「……吸着?」
ノワは静かに笑う。
――きみ が もつ ねがい は
――せかい の より と おなじ
アシェルは眉を潜めた。
「俺の願い……復讐と、取り返すこと。
それが世界の“縒り”と同じ?」
――そう
――だから せかい は ゆがむ
――きみ が ゆがむ とき
――せかい も いっしょ に ゆれる
アシェルは息を飲む。
(じゃあ……俺の行動が世界に影響する?
ただ歩くだけで?)
胸の核が微かに疼いた。
◆
◆道を歩くたびに、“結果”が変わる
アシェルは草原の中の獣道を歩いた。
すると、数メートル先の地形が変形した。
「……?」
たった今まで緩やかな丘だった場所が、
崩れ落ちた跡のように凹んでいる。
(これは……俺が歩いて“選んだ未来”が
空間に反映された……?)
ノワが肯定する。
――きみ が あるく と
――“いきている” せん が のこる
――ほか の せん は けされる
アシェルは理解し始めていた。
(俺は……未来を“固定”しながら歩いている)
だからこそ――
世界は、アシェルを危険視し始めている。
◆
◆最初の町――そして不穏な兆し
夜明け前。
アシェルは小さな町へ辿り着いた。
のどかな村落――「コール村」。
農具を担ぐ人々。
井戸端の笑い声。
夜明けのパンの香り。
(懐かしい……
俺の村も、こんな風だった)
胸が締め付けられる。
ノワが囁く。
――いきどまり の せかい
――きみ の むかし に ちかい ばしょ
アシェルは町へ入る前に、自分に言い聞かせる。
(ここでは力を使わない……
誰も巻き込みたくない……)
だが――
町の中心に入ると、少女が怯えた声を上げた。
「お母さん……また“文字のない場所”が増えてる……!」
アシェルは振り返る。
壁に刻まれた家系図のような記録。
そこに――
突然、四角い“空白”が存在していた。
周囲の人々がざわつく。
「昨日はあったのに……」
「誰の名前が……誰が消えたんだ……?」
「いや、思い出せない……誰がいたんだ……?」
アシェルは背筋が凍った。
(これは……因果の断絶……
でも俺は何もしていない……)
ノワが囁いた。
――きみ では ない
――だが ちかい
――にた もの が この くに に いる
アシェルの胸が震えた。
(俺の村を消した“あの力”……
この国に実験体がいる……!)
希望ではない。
怒りでもない。
燃え上がったのは――
絶対に逃さないという復讐の決意。
アシェルは呟く。
「俺は……追う。
この国に潜む、村を消した“奴ら”を」
ノワが静かに頷く。
――これ が
――きみ の ほんとう の あるきだし
草原は朝焼けに染まり、
アシェルの影は長く伸びる。
その影の端には、
ノワの輪郭が重なっていた。
そして二つの影は、
復讐の道を同じ方向へ歩き出した。




