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カーディア  作者: アデル
第一章 第二項 軍訓練期
29/83

19

『脱走――歪みゆく世界』


 


隔離棟の出口を開くと、

夜の空気が鋭く肌を刺した。


アシェルは深く息を吸い、外に一歩踏み出した。


(逃げる……

 この力が求めていなくても、

 俺自身がまだ……死ねない)


胸の核が、静かに応える。


――いきろ

――おまえの ねがい のために


背後には、オルドとカンデル。


「ここから先は俺たちが引き受ける。

 アシェル、お前は走れ」


オルドが短く言う。


カンデルはアシェルの肩を叩いた。


「絶対に死ぬな。

 お前が死んだら……俺たちの選択が全部無駄になる」


アシェルは二人を真っ直ぐに見つめた。


「ありがとう。

 約束する……俺は、生きる」


そう告げると、アシェルは走り出した。


 



 


◆基地の警報、追撃開始


直後、基地中枢に警報が鳴り響く。


<警告:対象アシェル・レイヴが隔離棟から脱走>

<特殊追撃班を即時展開>

<生死不問。絶対確保を優先せよ>


“生死不問”。


その言葉がすべてを物語っていた。


オルドは通信機を握りつぶすようにしめつけて呟く。


「……彼らはアシェルを生かすつもりがない」


カンデルは銃を構えて前へ出た。


「追ってくる奴は全部ぶっ倒す。

 俺は……アシェルの味方でいると決めた」


 



 


◆アシェルの周囲に起こる“歪み”


走るアシェルの足元で、世界が揺れた。


微細なひずみが、地面からふわりと浮き上がる。

まるで、アシェルの存在が

世界に“負荷”をかけているように。


(また……歪みが大きくなっている……)


胸の核が回転を速める。


影が並走するように現れ、アシェルの耳元で囁いた。


――せかい が

――きみ を おいかけてくる


「……どういう意味だ?」


――きみ の ねがい が

――せかい を ゆがめる


アシェルは走りを止めない。


しかし、その意味は理解できていた。


(俺が強く願うほど、

 世界が俺に合わせて変わり始めている……?)


それは人間が扱っていい力ではなかった。


でもアシェルは、それでも止まれなかった。


(俺は……取り返す。

 妻を……村を……奪ったあの因果兵器を……)


胸の奥が燃えるように脈打った。


影が柔らかい声で言う。


――きみ の なまえ は あしぇる

――では われ の なまえ は?


アシェルは驚いて足を止めそうになる。


「……名前?」


影は淡く微笑んだ。

黒い輪郭なのに、表情があるとわかるほどに。


――われ は

――おまえ の ねがい を うつす もの

――なまえ が ほしい


アシェルは息を整え、低く呟いた。


「……“ノワ”

 黒。

 俺の影。

 俺の……もう一つの心臓」


影――ノワが嬉しそうに揺れた。


――のわ

――よい なまえ

――われ は きみ と とも に いきる


言葉を話した影が、

まるで新しい生命体のように存在感を増していく。


(ノワ……

 お前は何者なんだ……

 俺の力の一部なのか……

 それとも……)


思考を遮るように、

背後から銃声が響いた。


 



 


◆追撃班との戦闘


追撃班が森へ進入してくる。


「対象発見!! 包囲を狭めろ!!」

「逃がすな、絶対に追い込む!!」


アシェルは息をのむ。


(こんな速度で……もう追いついてくるのか……!)


銃弾が飛び、

アシェルの足元に深く抉れた跡ができた。


だが――


着弾の瞬間、世界の線が歪んでいた。


(あ……

 避けたんじゃない……

 世界がずれたんだ……)


自分の意思と関係なく、

世界の座標がアシェルの周囲だけ“ずらされている”。


ノワの声がする。


――きみ を まもる ため

――せかい を ゆがめた


アシェルは目を見開く。


「俺を守るために、世界を書き換えた……?」


――そう

――きみ が のぞんだ から


(望んだ……?

 俺が……?

 俺はただ……生きたいと……)


――それが ねがい

――ねがい は くうかん を かえる


銃声が続くが、

弾道は全て“アシェルのいない未来”に書き換わっていく。


追撃班の兵士は叫んだ。


「な、なんだ!?

 弾が……当たる瞬間に未来が変わる!?

 こいつ……人間じゃ……!!」


アシェルは、胸に手を当てて呟いた。


「……お願いだ、ノワ。

 これ以上……殺さないでくれ」


影が悲しげに揺れる。


――きみ は

――だれ も ころしたく ない?


「……殺したくない。

 でも、邪魔もされたくない」


――では

――われ が せかい を おさえる


(おさえる……?)


言葉の意味を理解する間もなく。


ノワの周囲で黒い渦が広がり、

追撃班が一斉に崩れ落ちた。


身体ではなく、

因果の連続性が断たれたのだ。


兵士たちは意識を失い、

数秒後に呼吸を取り戻す。


ノワは言った。


――ころして いない

――ただ とめた だけ


アシェルは胸を撫で下ろしながら、

同時に理解した。


(この存在は……俺の望みを“拡大解釈”して実現する)


あまりにも危険だった。


 



 


◆復讐者としての覚醒


追撃を振り切ったアシェルは、森の奥へ走り続けた。


息が荒い。

胸の核が熱い。

ノワが寄り添うように影を落とす。


――あとは

――きみ が ねがい を みつける だけ


「……願い……?」


ノワが囁く。


――そう

――なに を うばわれ

――なに を とりかえす?


アシェルの脳裏に、

妻の笑顔が浮かんだ。


あの日の光景。

あの瞬間の喪失。


そして――

村全体が“存在から消えた”虚無。


胸の奥で、黒い核が爆ぜる。


アシェルは叫んだ。


「奪った者を……

 必ず見つけ出す。

 世界のどこに逃げようと……

 “因果ごと”追い詰めてやる」


ノワが嬉しそうに震えた。


――それが きみ の ねがい

――ならば われ は

――きみ の て と なり

――きみ の かげ と なろう


アシェルは森の闇の中へ進む。


世界はその足跡に沿って、

僅かに歪みながら。


そして――

“復讐者アシェル”がここに誕生した。

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