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『襲撃――暴走の兆し』
深夜。
軍基地の隔離棟は、本来なら最も安全で静かな場所だ。
しかし今夜は違った。
――コツ……コツ……コツ……
規則正しい軍靴の音が、
アシェルの隔離室の前で止まる。
(……来たか)
胸の熱が微かに脈動している。
その脈は、恐怖ではなく――
反応。
この状況を“歓迎”でもするかのように
黒い渦が胸から広がっていく。
扉の向こうで囁き声。
「対象は疲弊している。抵抗は少ないだろう」
「問題は因果暴走だけだ……素早く終わらせろ」
「内部報告は“隔離中の自殺反応”でまとめる」
金属音。
鍵が外れる音。
アシェルはゆっくりと立ち上がった。
「……自殺、ね」
声は乾いていた。
「俺を殺す理由を作るために、何でも言うんだな」
扉が開く。
五名の兵士が銃を構えて入ってくる。
銃口の先には“因果安定弾”――
人間の因果流を強制停止させ、
内側から崩壊させる特殊弾。
一撃でも被弾すれば、アシェルは“死ぬ”。
先頭の兵士が告げる。
「アシェル・レイヴ。
軍は貴様を“因果危険個体”と判定した。
抵抗すれば即座に処分する」
アシェルは静かに問い返した。
「抵抗しなかったら?」
「……抵抗しなくても処分だ」
(そういうことか)
アシェルの胸の熱が、深く脈動した。
◆
◆因果の声が囁く
――なぜ にげる?
――なぜ てをつかわぬ?
――かえせばよい
――おまえの ものを
アシェルは目を閉じた。
(お前は俺を操ろうとしている……
でも……今だけは、少し借りる)
――よい、かす
――われは おまえ
その瞬間、
アシェルの背後に“黒い影”がゆらぎとして立ち上がる。
兵士たちが一歩後ずさる。
「っ!? なんだ……影が……立っている……?」
「因果反応、急上昇! 撃て!」
銃口が整列し、
引き金が引かれようとした瞬間――
◆
◆暴走寸前の膨張
アシェルの胸の“核”が爆発的に光った。
――ドン。
空気が震え、
隔離室の壁が歪む。
兵士たちの因果補正装置が一斉に悲鳴を上げた。
「なっ……制御値が跳ね上がってる!!」
「こいつの因果が……膨張して……っ!?」
アシェルは声を失った兵士たちを見つめる。
視界の中に、兵士たちの“因果線”が見えてしまう。
それは生命の軌跡で、
触れれば簡単に折れてしまう細い糸だ。
(こんなにも……脆い……?)
胸の熱が震える。
――おまえが きれば
――かんたんに おちる
アシェルは拳を握り、
黒い声を押し殺した。
(違う……違う……俺は……殺すために力を得たんじゃない……)
だが――
兵士たちが叫ぶ。
「暴走だ!! 今撃てば巻き込まれる!!」
「引くな! 今しかない!!」
数本の銃口がアシェルへ向けられた。
◆
◆カンデル、乱入
「やめろ!!」
隔離室の扉が破られ、
カンデルが飛び込んできた。
彼は2人の兵士を一瞬で殴り倒す。
「アシェルは暴走してねぇ!!
お前らが追い詰めてるだけだろ!!」
兵士の一人が怒鳴り返す。
「カンデル、お前こそ裏切りだ!!
この化物を野放しにすれば……!」
「黙れ!!」
カンデルの叫びが響く。
「アシェルは……まだ“人間”だ!!
壊すな!!
壊したら……もう戻れねぇんだぞ!!」
その叫びに、アシェルの胸がわずかに揺れた。
熱の暴走が、一瞬だけ止まる。
(……俺は……まだ……人間……?)
――ちがう
――おまえは すでに“ひとではない”
影が囁く。
アシェルの瞳が揺れる。
だが、その瞬間。
カンデルがアシェルに向けて――
両手を広げ、暴走を止めようと抱きしめた。
「頼む……アシェル……
お前を失いたくない……!!」
その声は、
力でも命令でもなく――祈りだった。
アシェルの胸の黒い核が、
ひときわ強く震え――
静かに回転を落とした。
暴走が止まった。
兵士たちは呆然と立ち尽くす。
◆
◆オルドの極秘命令
隔離棟の外では、
オルドが上層部との通信を受けていた。
『オルド少佐。
アシェル・レイヴの暴走反応を確認。
これは国家レベルの脅威である。』
オルドの眉がわずかに動く。
『少佐に命じる。
アシェル・レイヴを抹殺せよ。』
……静寂。
オルドは低く問う。
「……本気か?」
『国家の判断だ。
抵抗は許されない』
オルドは、アシェルの方角へ目を向けた。
その瞳に宿ったのは――
嫌悪でも憤怒でもない。
深い悲しみと決意だった。
「…………了解した」
その声は、かすかに震えていた。
◆
◆影が現実に触れる
隔離室。
カンデルの必死の抱擁の中で、
アシェルの黒い影がゆらぎ、
初めて実体めいた形を持った。
兵士たちが息を呑む。
「な……なんだ……あれ……
影が……床に影として存在しない……?」
影はアシェルの肩越しに、
現実世界へ顔を覗かせた。
兵士たち全員が“見えた”。
アシェルそっくりの瞳。
底のない黒。
微笑みとも嘲笑ともつかない表情。
影は、確かに“世界に触れていた”。
アシェルは恐る恐る呟いた。
「……お前……出てきたのか……?」
影は言った。
――われは
――おまえの うしろを
――ずっと あるいている
そして影は壁に吸い込まれて消えた。
しかし、兵士たちは理解してしまった。
アシェルは、何か別のものを連れている。
それは既に“この世界に干渉できる”。
そして――
軍はそれを見逃さない。
隔離棟の外で、
オルドがゆっくりと歩き出す。
「アシェル……
どうか……俺に殺させないでくれ……」
その声は
かつての親しさの欠片もなかった。




