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『深層の影――増殖する因果』
隔離処置が続いて三日目。
隔離室の壁は白く、何も映さないのに、
アシェルの瞳には“線”が見えていた。
(……増えている)
因果線が。
昨日よりも今日、今日よりも今。
まるで自分の内部から“生えてくる”ように。
胸の奥の黒い熱核が、
少しずつ膨張しているのがわかる。
――かえせ
――もどせ
――われらの……もの……
声も、日に日に鮮明になっていた。
(もう……聞こえないふりはできない)
アシェルは自分が“変質していく実感”を
恐怖ではなく、
妙な静けさで受け止めていた。
◆
◆軍内部の対立激化
隔離室の外。
軍本棟では怒号が飛び交っていた。
「アシェルを保持する価値はある!
あれは人類の未来だ!!」
「未来? あれは災害だ!
存在しているだけで世界の因果が歪む!!」
「ならば即刻処分するべきだ!!」
「馬鹿を言うな!
あんな力、敵国に盗まれたら終わりだ!!」
「なら尚更だ!! 敵に奪われる前に“消す”べきだ!!」
机を叩く音。
怒鳴り声。
疑念。
恐怖。
アシェルという一人の少年が、
国家の意思を分裂させていた。
そして、暗殺派の長は静かに言った。
「処分計画は続行する。
隔離中なら、事故死の処理は容易だ」
その言葉は、背筋を冷たくするほど無慈悲だった。
◆
◆カンデル、密かに訪れる
その夜。
隔離室の扉が小さく開いた。
「……よう」
カンデルが見回しながら入ってきた。
アシェルは驚きながらも言った。
「ここに来たらまずいだろ」
「知るか。
お前の顔を見ねぇと落ち着かん」
彼の声は強がっていたが、
その目は“何かを伝えに来た”と物語っていた。
「なぁ、アシェル」
カンデルは壁にもたれ、
しばらく黙ってから続けた。
「俺……もう誰も死なせたくねぇんだ」
アシェルは息を止める。
カンデルは淡々と、だが苦しげに語り出した。
「昔な……部隊で家族みたいに育ってきた仲間がいた。
因果災害で、一瞬で消えた。
何が起きたのかもわからねぇ。
そこに“いた事実”すら消されてた」
アシェルの胸が痛む。
(それは……俺の村と同じ……)
「俺は……守れなかった。
二度とあんな無力を味わいたくねぇ」
カンデルがアシェルの目を見据える。
「だから……お前の力が怖ぇんだよ。
あの時の災害を思い出す。
でも――」
一歩近づく。
「それでも、お前に死んでほしくねぇ。
お前は“選ばれちまった側”でも……
まだ、俺の仲間だ」
言葉が胸に重く刺さる。
アシェルは答えた。
「……ありがとう。
でも、俺はもう……戻れない場所にいる」
「戻る必要ねぇよ。
進めばいい。
ただ――進む方向を間違えるな」
その瞳は、
失った者の痛みと優しさの両方を宿していた。
そしてカンデルは、低く囁いた。
「――暗殺派が動いてる。
今夜、お前を“事故死”させる気だ」
アシェルの胸が脈打つ。
「……来るのか」
「ああ。止めようとしたが無理だった。
数時間以内だ」
◆
◆深層意識の揺れ
カンデルが去った後。
アシェルは壁にもたれ、
胸の奥の鼓動に意識を向けた。
(……俺は壊れるのか?
それとも……進化しているのか?)
――おまえは
――われとひとつになる
突然、声がはっきりと聞こえた。
アシェルの視界が白く染まる。
世界が反転し、
再び“深層の黒い輪”が現れた。
輪の前に――
アシェルと同じ姿の“もう一人のアシェル”が立っていた。
黒い影のような輪郭。
瞳は深淵のように暗く、
微かに笑っている。
「……誰だ」
影のアシェルは言った。
――おまえが
――奪われた側であるように
――われもまた、“奪われた存在”
アシェルの心がざわつく。
「お前は……俺なのか?」
――ちがう
――だが、おまえなしでは“戻れない”
「戻る……?
どこに?」
黒いアシェルは、胸の中心を指さした。
――そこだ
――おまえの中に“道”がある
――われをかえせ
――われらの、世界を……
アシェルは息を呑む。
(……こいつは……
俺の中にいる“何か”じゃない……
別の存在が……俺を通して戻ろうとしている……?)
深層の輪が震え、
現実世界の照明がちらつく。
アシェルは最後に問いかけた。
「お前は……敵なのか?」
影のアシェルは答えた。
――いずれ“同じ場所”へ行く
――敵か味方かは
――おまえの復讐の果てで決まる
そして影は消えた。
現実へ戻ると――
隔離室の扉の向こうで“足音”が響いた。
複数人の軍靴の音。
抹殺派が、ついに来た。
アシェルの胸の熱が、
かつてないほど力強く震えた。
(来るなら来い。
俺は――もう、止まらない)




