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『隔離――声が聞こえる』
大規模因果災害が収束した後の村跡地は、
まるで世界そのものが息を止めたように静まり返っていた。
亀裂は閉じ、
因果流は正常に戻り、
空気はただ冷たい。
だが――
部隊の内部は、静寂どころではなかった。
◆
◆ミルザ中尉の拘束
ミルザ中尉は、アシェルへ銃を向けたまま叫んでいた。
「世界を守るためだ!!
あの少年は存在そのものが災害だ!!
今すぐ処分を――」
バシッ!!
カンデルの拳が中尉の頬を撃ち抜く。
「てめぇ……“守る”って言葉を使うな」
ミルザが倒れ、数名の兵士が駆け寄る。
だが、兵士たちの視線はアシェルではなく――
ミルザへ向けられていた。
「中尉……正気じゃなかったのか……?」
「今の状況で、どっちが危険だったか……」
無線が割れる。
『ミルザ中尉に拘束命令。
任務の指揮権は一時的に凍結する。』
カンデルがアシェルを支える。
「……戻るぞ」
アシェルは頷いたが、
その瞳はミルザではなく――
遠く、閉じられた亀裂の跡を見ていた。
(今……“声”が聞こえた)
◆
◆帰還中の車両
車両の中は重苦しい沈黙で満たされていた。
誰もアシェルに近づかない。
誰も話さない。
レフですら、怯えと悔しさが混じった目でアシェルを見つめるだけだ。
カンデルが小声で話しかける。
「……さっきの言葉、
“取り返す”って言ってたな」
アシェルは視線を前に向けたまま答えた。
「俺は……奪われた。
何もかも……奪われた」
車両の振動が静かに響く。
「だから……
返してもらうんだ。
――誰が奪ったのか、必ず見つける」
その声は、穏やかなのに冷たい。
胸の奥で、第二の鼓動が
“それでいい”とでも言うように脈動する。
カンデルはほんの少しだけ、不安げに眉をひそめた。
「……お前、誰かに“操られてない”よな?」
アシェルは首を振る。
「操られてるんじゃない。
“応えている”んだ」
「何に?」
アシェルは答えなかった。
答えられなかった。
胸の中で聞こえた声が、
何かを求めて囁きかけるのを感じたからだ。
――かえせ
――うばわれたものを
――かえせ
◆
◆基地帰還――隔離措置
帰還後、アシェルはそのまま隔離室に案内された。
部屋は白く無機質。
窓はなく、外部との通信も制限されている。
軍医が淡々と説明する。
「大規模因果災害後の通常手順だ。
精神と因果反応の検査だよ」
アシェルは壁にもたれ、質問に答えていく。
だが――異常が一つ、明確に現れた。
医療官が震える声で告げる。
「……アシェル君。
君の因果反応……
“二重構造”になっている」
「二重……?」
医療官はモニターを見せた。
そこには、アシェル自身の生命因果の上に――
別の“外因果”の波長が重なっていた。
「君が災害を抑え込んだ時、
君の中に外部から“因果が流入した”可能性がある」
アシェルは胸の熱を押さえた。
(だから……声が聞こえる?)
――かえせ
――かえせ
――かえせ
今までより明瞭に聞こえる。
医療官はさらに青ざめる。
「しかも……その外因果は……
構造が……“人間ではない”」
◆
◆オルド少佐との対面
隔離室の扉が開き、
オルドが入って来た。
その顔には、これまでで最も深い緊張が刻まれている。
「アシェル……
お前の中に“何か”がある」
「……知っています」
「声が聞こえるのか?」
アシェルは沈黙した。
オルドは静かに息を吸い、
初めて“恐れている”表情で言った。
「アシェル。
私は今までお前を“観測者の才能を持つ兵士”と見ていた。
だが――今は違う見方をしている」
アシェルは顔を上げた。
「……どう、見ているんですか?」
オルドは答えた。
「“何かに選ばれた器”だと。」
アシェルの胸が強く脈動した。
その瞬間、隔離室の照明がわずかに揺らいだ。
まるでアシェルの反応に呼応するように。
オルドは続ける。
「これは……非常に危険だ。
だが同時に……
この世界の因果を解き明かす“鍵”でもある」
アシェルの瞳は揺れない。
ただ一つの言葉だけが心の奥に沈んでいた。
――奪い返す。
オルドはその表情を見て、小さく呟く。
「アシェル……
お前の力は、世界を救うかもしれない。
だが――世界を滅ぼす可能性の方が高い」
アシェルは静かに答えた。
「それでも……進むしかないんです」
胸の熱が、
その言葉を肯定するように脈を打った。




