12
『境界へ――失われた存在の痕跡』
前線派遣任務の前日。
夕焼けが基地全体を血のような色に染めていた。
アシェルは装備整備室にいた。
兵士としての正式な装備を手渡される。
胸部プレート、通信機、簡易因果安定装置。
どれも体に馴染まない。
(俺には……“これら”は必要なのか?)
胸の熱は兵器よりよほど信頼できる。
そう感じてしまう自分に、薄い恐怖を覚えた。
◆
◆カンデルとの対話
「装備の調子はどうだ?」
聞き慣れた声。
カンデルが壁にもたれかかっている。
「重いよ。
俺には合ってない気がする」
「だろうな。
お前は“装備される側”じゃなくて、
“装備を支配する側”の感覚だ」
「兵士らしくないってことか?」
「違う。
お前は……“因果に選ばれちまってる”。
普通の兵士とは立ってる場所が違う」
アシェルは視線を落とす。
「それって……いいことなのか?」
カンデルは肩をすくめた。
「誰にもわからんさ。
ただ一つ言えるのは――
お前は生き残る。
他の誰よりも、強くな」
(生き残る……
俺は……何のために)
アシェルは胸の奥がざわつくのを感じた。
◆
◆軍内部の影――抹殺計画
同じ頃、司令部の別室で。
数名の高官が集まり、
ひそやかな声で話し合っていた。
「前線派遣は好機だ」
「あの少年は危険すぎる。制御できない」
「存在そのものが因果を乱す。
いずれ我々に災害が降りかかる」
「視察任務に見せかけて……事故死という形で処理する」
書類には、こう記されていた。
――《対象:アシェル・レイヴ
任務中の殉職として処理可能》
誰も気づかぬ暗闘が、静かに始まっていた。
オルドのみが、その企みを薄く察していたが……
それでも軍に逆らう力は持たない。
(……守りきれるか、アシェル)
オルドは初めて、自身の無力さを痛感した。
◆
◆任務当日――境界線へ
翌朝。
まだ太陽が昇る前、
選抜部隊は基地を出発した。
アシェル、カンデル、レフを含む小隊十一名。
そして部隊指揮官のミルザ中尉。
大型車両の中で、誰も口を開かない。
空気は張りつめ、
アシェルへの視線だけが鋭い。
「……見ろよ」
「本当に一緒に連れてくのかよ」
「危険はあいつの方じゃなくて、
“あいつが危険なんだろ”」
アシェルは無視した。
胸の奥の第二の鼓動が、
いつもより強く脈打っていた。
(……近い)
因果のひずみを感じる。
境界線が近づくにつれ、
空気そのものが重くなる。
まるで“世界の皮膜”が薄くなっているようだ。
◆
◆存在の消えた村
車両が止まる。
ミルザ中尉が言った。
「ここが、昨日の未明に“消失”の報告があった地点だ」
「消失……?」
兵士が呟く。
「敵国の新兵器かもしれん。
因果解析のため、アシェル、お前が先頭だ」
アシェルは頷き、村跡地へ足を踏み入れた。
だが――そこには。
家が消えているのではない。
“家のあった因果そのもの”が抉り取られていた。
地面が滑らかに凹み、
どこにも破片が存在しない。
(これは……俺の村で起きた現象と同じ……)
胸が高鳴る。
胸の熱が燃えるように共鳴し、
視界が一瞬白く染まった。
◆
◆幻視――“消滅の瞬間”
(見える……見える……!)
アシェルは手を伸ばす。
消滅の瞬間の因果線が、
まるで巻き戻しのように浮かび上がる。
線が絡まり、収束し、
一点から世界が削られていく。
“音もなく、理由もなく、結果だけが残る消滅。”
アシェルの息が震えた。
(これを使ったのは……
この世界のどこかにいる“誰か”だ)
胸の奥の熱が鋭く告げる。
“見つけろ”
“奪われたものを取り返せ”
その強烈な響きが、アシェルの心を撃つ。
(取り返す……?
それはつまり……復讐……?)
ぼやけていた動機が、初めて形になった。
「アシェル!」
カンデルの声で我に返る。
「どうした、顔色が……」
アシェルは静かに答えた。
「……これは、俺の村と同じ現象だった。
……俺はこの兵器を追う」
カンデルは息を呑む。
その言葉には、
これまでの迷いが一切なかった。
◆
◆第二の災害予兆
その瞬間。
ふたたび、空がひび割れた。
――キィィィ……ン。
今度の亀裂は長い。
空を裂く線が、赤黒い色を帯びている。
カンデルが叫ぶ。
「全員警戒ッ!! 因果の再崩壊が来るぞ!!」
レフが恐怖に震える。
「またかよ!? こんな場所でか!!」
アシェルの胸の熱が、灼けるように脈打つ。
(来る……!
昨日の比じゃない……これは――
完全な“因果災害”だ!!)
運命の裂け目が、
ゆっくりと開き始めた。
アシェルは息を吸い――
自分の意思で、胸の熱を操ろうとした。
“自らの力を使って、災害を止める”
初めての本格的な挑戦が、今始まる。




