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『実験兵登録――変質する身体』
訓練場で小規模因果災害を止めた翌朝。
アシェルは軍医療区画に呼び出され、
全身の診断と因果反応測定を受けていた。
白い部屋の中で、脈音だけが響いている。
――ドクン……
――ドクン……
自分の心臓の音ではない。
胸の奥に“もう一つの鼓動”がある。
(……昨日からずっとだ。
俺の中で、何かが……別のリズムを刻んでいる)
医療官がモニターを見ながら言う。
「アシェル・レイヴ。
君の因果反応……また上昇してるぞ。
しかも通常の兵士とは“位相”が違う」
「違う……?」
「他の兵士は因果線が身体を取り巻く程度だが、
君のは胸の中心で“渦”になっている。
しかも……これは何だ……?」
モニターに映ったのは、
アシェルの胸の奥――
黒い輝きを帯びた、回転する核のようなもの。
医療官は言葉を失った。
「……この形状……兵士じゃない……
“因果観測者”の構造だ……」
(観測者……?
そんな分類、聞いたことない……)
医療官が震える声で続ける。
「君……いつか世界を見る“位置”が、
人間じゃなくなるかもしれない」
アシェルの心臓が痛いほど締めつけられた。
(人間じゃなくなる……?
もう……なり始めているのか……)
だが恐怖は、不思議と薄かった。
それよりも――
(俺は……進まなきゃいけない)
胸の熱は、そう言っている気がした。
◆
◆“実験兵”登録
医療区画を出たところで、
待っていたのはオルド少佐だった。
「アシェル。説明しなければならないことがある」
オルドが差し出したのは
軍の“特別命令書”。
――《因果実験兵・暫定登録》
アシェルは目を見開く。
「……実験兵……?」
「昨日の災害を止めたことで、
お前はもう“通常兵士”の枠には収まらない。
軍はお前を“研究対象を兼ねた兵士”として扱う」
「つまり……監視と利用か」
「……ああ」
アシェルは深く息を吐いた。
(これが……俺の道か)
拒否すれば、村の人々と同じように「存在ごと消される」。
軍という組織は、そういう場所だ。
オルドは続ける。
「ただしこれは――
お前の力を“守るため”の措置でもある」
「守る……?」
「軍上層部には、
“お前を兵器として使い捨てにしよう”とする派閥がある」
アシェルはゆっくりと顔を上げた。
オルドはまっすぐ見つめ返す。
「だが私はお前を守りたい。
力を奪わせたくない。
……だからこそ、登録という形式で“手を伸ばした”」
アシェルはその言葉が嘘ではないと感じた。
(この人は……
俺の力を恐れているだけじゃない。
興味と……責任を持っている)
胸の熱がわずかに共鳴した。
◆
◆訓練兵たちの空気――そして裏切りの芽
兵舎に戻ると、空気が明らかに変わっていた。
ささやき声が刺のように飛び交う。
「あいつ、正式に実験兵になったらしい」
「もう俺らとは別世界の奴だ」
「前線に行けば、どうせ“あいつ一人で全部片付く”んだろ」
「いや……逆だ。アイツが災害を呼ぶんだよ」
嫉妬と恐怖。
そして“存在そのものを否定したい”という感情。
アシェルは無言で通り過ぎた。
だが、気がつかなかった。
――その視線の中に、
ひとりだけ「深い憎悪」を宿す者がいたことに。
後にアシェルを襲う“裏切り”の種は、
この時点で静かに芽を付けていた。
◆
◆前線派遣部隊の編成
夕方、広間に兵士たちが集められた。
司令官が前に立つ。
「三日後、敵国境界線へ視察任務を行う。
選抜された者の名を読み上げる」
その中に――
「アシェル・レイヴ」
ざわつく訓練兵たち。
「やっぱりか……」
「アイツが行くんじゃ、俺らは盾だな」
「いや、むしろアイツが敵だろ……あれもう化け物だ」
アシェルは無表情のまま立っていた。
(この任務で……
俺は何を見るんだろう)
胸の奥で、
第二の心臓が静かに脈打つ。
◆
◆幻視――“力の片鱗”
その夜。
アシェルは眠れずに外へ出た。
人影のない格納庫裏で、胸に手を当てる。
(熱は……まだ動いている)
瞼を閉じた瞬間――
視界が、ひらりと裏返った。
世界が“層”になって見える。
表面を覆う薄い因果層
その奥にうごめく深層
さらに奥に――黒い、巨大な輪
(……これは……?)
胸の熱が応える。
“これが、おまえの触れ始めた領域だ”
それは言葉ではない。
感覚による理解。
黒い輪の中心には――
“存在の空白”があった。
(これは……俺の……能力の……?)
次の瞬間、輪が震えた。
その震えが“現実に干渉している”のが分かる。
アシェルは恐怖より先に理解した。
(俺は……世界の奥にある“構造の欠片”を見ている)
幻視がゆっくりと収束していく。
◆
目を開くと、夜空が広がっていた。
アシェルはつぶやく。
「……俺は、どこへ向かってるんだ……?」
胸の熱は静かに答えるように――
いつもと違う“規則正しいリズム”で脈動していた。
それは、
まるで何かが“目覚めつつある”証だった。




