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『因果災害の午後――覚醒の兆し』
午後、訓練を終えたアシェルは、
オルドに呼ばれて研究棟の最奥へ向かった。
機械の振動、因果場の低い共鳴音が空気を震わせている。
扉が閉まると同時に、オルドは切り出した。
「アシェル。
――前線へ向かう任務が決まった」
アシェルは答えられなかった。
「いきなり、実戦……?」
「厳密には実戦前の“視察任務”だ。
だが、お前の目が必要だ」
「目……?」
「因果の亀裂を感じ取れるのは、
現時点でお前だけだ」
胸が微かに跳ねた。
(俺だけ……?
あれは、俺にしか見えてない……?)
オルドは続ける。
「敵国の削除兵器が新型を用意している。
その因果不安定領域を察知できれば、
こちらが優位に立てる」
アシェルは息を呑む。
「つまり俺を……兵器のセンサー扱いするということですね」
「言い方を変えれば、
“お前だけが救える命がある”ということだ」
その言葉はアシェルの胸に刺さった。
救える命。
救えなかった命。
失われた命。
エルマの顔が脳裏に浮かぶ。
「……わかりました。行きます」
オルドは深くうなずいた。
「決断したか。
その覚悟があれば、お前は壊れない」
(壊れる……?
壊れる前提なのか……?)
だが問い返すことはしなかった。
任務は三日後。
しかしその前に――
“大きな揺らぎ”が訪れる。
◆
◆訓練兵たちの拒絶
翌朝、訓練場に向かうと、
訓練兵たちが異様な空気の中にいた。
囁き声がまとわりつく。
「おい、聞いたか?」
「アシェル、前線任務に出るってよ」
「軍が気に入ってんじゃなくて……使い捨てにする気なんだろ?」
「いや逆だ、アイツを前線で使うってことは……
“周囲の兵は巻き添えになる”」
アシェルが近づくと、レフが前に出た。
「おいアシェル。
本当に俺たちと同じ戦場に来るつもりか?」
「……来るつもり、というより……行く必要がある」
「必要?
必要って何だよ。
俺らはお前の暴走で死ぬのはごめんだ」
「暴走なんて……」
「昨日の訓練見てねぇのか?
因果渦が“お前にだけ従った”んだぞ!」
レフは真正面から恐怖を晒した。
「……お前はもう兵士じゃねぇ。
人間じゃねぇんだよ……!」
周囲の兵も動揺を隠せない。
アシェルは拳を握った。
(まただ……
俺は、また“違うもの”として扱われる)
胸の熱が反応する。
嫌悪ではない。
怒りでもない。
“肯定”に近い動きだった。
(肯定……ってなんだ……?
何を……肯定している……?)
胸の奥の鼓動が、不気味なほど静かに回る。
「……お前が危険なことは、俺たちもわかる。
でも、だからって――」
カンデルが割って入った。
「アシェルを責めるな。
お前らは恐怖を言葉にしてるだけだ」
レフが食ってかかる。
「じゃあお前は怖くねぇのか!」
「怖いさ」
カンデルはあっけらかんと言った。
「でも俺は、
“こいつは味方であれば最強だ”と思ってる」
訓練兵たちは言葉を失う。
「お前らはただ、
“理解できない力を見たくないだけ”だ」
アシェルの胸に、
何かが少しだけ温かく灯った。
◆
◆空間亀裂、再発
訓練に戻ろうとした瞬間――
胸の奥で、
再び“線が擦れる音”がした。
――キィイ……
アシェルは空を見上げた。
(……まただ……!)
訓練場の空中に、
うっすらと白い裂け目が走っている。
昨日よりも大きい。
(近い……災害が近い……!)
「アシェル? どうした」
「……逃げろ」
「は?」
アシェルが叫んだ。
「全員ッ!! 逃げろ!!!
“因果災害”が来る!!」
訓練兵たちは状況が掴めずに戸惑う。
そのとき――
裂け目が開いた。
空間が裂け、
眼に見えない“圧力”が溢れ出す。
地面が波打ち、
金属器具が宙に浮き、
訓練場全体がきしむように震えた。
教官が叫ぶ。
「全員退避!! このレベルは防げない!!」
兵たちが逃げ惑う中――
アシェルの胸の熱が暴走寸前まで膨れ上がる。
(止めなきゃ……!
止めなきゃ……!!
俺なら……“見える”!!)
裂け目の向こうには、
無数の因果線が“壊れながら”渦を形成していた。
世界の仕組みが崩れかけている。
アシェルは叫んだ。
「……収束……!」
無意識ではない。
生まれて初めて――
自分の意思で因果を操作した瞬間。
胸の熱が燃え上がり、
伸ばした手から見えない衝撃が走る。
裂け目の線が震え、
ひとつ、またひとつ――
“正しい位置”に戻っていく。
世界が縫われていく。
最後の線が音もなく閉じた。
災害は止まった。
◆
訓練場は静まり返る。
誰もがアシェルを見ている。
恐怖と、畏怖と、理解不能の混ざった視線で。
カンデルだけが、絞り出すように言った。
「お前……
本当に……“因果そのもの”に触れ始めてるんだな」
アシェルは息を荒くしながら呟いた。
「……俺は……もう……戻れないのか……?」
胸の熱は、
悲しみでも怒りでもない鼓動を刻んでいた。
それはただひとつの意思。
“進め”
そう言っているように、
確かに脈打っていた。




