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カーディア  作者: アデル
第一章 第二項 軍訓練期
17/83

7

『因果乱流の兆し』


 


翌日。

アシェルは医療区画を出て、再び訓練場へ向かった。


体に疲労の残滓はあったが、胸の熱は落ち着いている。

むしろ昨日より“静かに深く”回っているようだった。


(あの夢……あの声……

 返して、かえして……

 俺の何を、返すっていうんだ……?)


胸を押さえながら歩いていると、

既に訓練兵たちは集まっていた。


アシェルが来ると、ざわつきが走る。


「来たぞ……“特異反応の男”」

「昨日の装置の件、まだ噂になってるらしい」

「やべぇよな……あれ暴走させずに止めたんだろ?」

「いや、逆に“装置が従った”って噂だぞ」


アシェルは無視して端に並んだ。


レフが舌打ちしながら横目で睨む。


(……また何か言いたそうだな)


しかし今日は違った。

レフは何も言わずただ不機嫌そうに口を閉じている。


その沈黙が、逆に刺々しい。


 



 


◆中級訓練――「因果乱流への対処」


教官が前に立った。


「今日から中級に入る。

 “乱流因果”への介入だ」


訓練兵たちが一斉に息を呑む。


「乱流因果……?」

「初級ですら苦労するのに……」


教官は続ける。


「安定した因果線ではなく、

 “ねじれ”や“歪み”を起こしている因果に触れ、

 正しい形へ戻す訓練だ」


アシェルの胸がざわつく。


(正しい形に戻す……

 昨日、俺はそれをやった……?)


教官はさらに説明する。


「乱流には三段階ある。

 《揺らぎ》→《偏向》→《うず》だ。

 今日は一番軽度の《揺らぎ》を扱う」


訓練兵たちは緊張を強める。


 



 


◆訓練開始


訓練場に浮かぶ透明球体の中で、

因果線がゆっくり揺れ乱れている。


ミラが最初に挑む。


「よ、よし……線を掴んで……」


だが触れた途端、線は跳ね飛び、

球体が弾けるような音を立てて消えた。


「ひっ……!」


教官が叫ぶ。


「ミラ、離れろ!

 揺らぎは跳ね返りが強いと言っただろう!」


次々挑むが、成功者はいない。


「くそ、線が見えづらい……!」

「揺れ方が読めねぇ……!」

「触れるだけで反発してくる……!」


アシェルは無言で見ていた。


(揺らぎ……

 俺にはどう見える……?)


 



 


◆アシェルの番


「アシェル・レイヴ、前へ」


訓練兵たちが静かになる。

期待ではない。

恐れに近い沈黙。


アシェルは球体の前に立った。


揺らぎは凶暴で、触れれば跳ね返し、

下手をすれば破砕して周囲に被害を及ぼす。


だが――

アシェルの胸の熱が静かに反応した。


視界に揺らぎが広がる。


(……これ、動きが読める……)


普通の兵士にはただの“乱れ”に見える線が、

アシェルには“流れ”として認識できる。


まるで風向きを感じるように。


(こうやって……流す……)


アシェルは手を伸ばし――


ふれた瞬間、


揺らぎが“安定した”。


訓練場がどよめく。


「は? なんで……?」

「触った瞬間に安定するなんて……」

「揺らぎが、アシェルを避けた……?」


違った。


避けたのではない。


“従った”のだ。


 



 


教官が驚きながら言う。


「アシェル……お前、揺らぎを抑えたのか?」


「……わからない。

 ただ……線の“行きたい方向”が見えた」


その言葉に、場の空気が凍りつく。


通常、因果線は“人の意思で動かす”もの。

“線の意思を見る”などありえない。


訓練兵の一人が呟いた。


「……気味が悪い……」


レフも拳を握ってつぶやく。


「なんで……なんでお前だけ……」


アシェルは聞こえないふりをした。


 



 


◆異常発生


その時だった。


突然、隣の球体が暴れ出した。


「な、なに!?」

「揺らぎが勝手に……!」

「誰も触ってないのに!?」


揺らぎが一気に増幅し、

因果線が“渦”を形成し始める。


教官が叫ぶ。


「全員下がれ!!

 これは《渦》だ! 初級訓練で扱えるレベルじゃない!!」


球体が破裂し、

因果線がむき出しで暴れる。


金属が歪み、床が波打ち、

空気が悲鳴を上げるように震えた。


「避難しろ!!」


アシェルは後退しようとした――

だが胸の熱が、強烈に跳ねた。


(……止めろ、と?

 止めろって……誰が……?)


耳元で誰かが囁く。


――「お前なら……戻せる……」


アシェルは無意識に前へ踏み出していた。


「アシェル!! 馬鹿、戻れ!!」

「死ぬぞ!!」


カンデルの叫びも聞こえない。


アシェルは暴走する因果渦へ手を伸ばし――


触れた。


その瞬間。


世界が無音になった。


揺らぎは止まり、

渦は縮み、

因果の乱れは一瞬で“正しい形”へ戻った。


球体は静かに再構築され、元の透明な状態へ落ち着いた。


あまりにも自然に。

あまりにも滑らかに。


――まるで何も起きなかったかのように。


 



 


訓練場全体が静まり返った。


「………………」


誰も言葉を発せない。


やがて教官が震える声で呟いた。


「……ありえない……

 《渦》を……素手で……収束させた……?」


カンデルが息を呑む。


レフは喉を鳴らしながら後退る。


誰もが理解した。


アシェルは、ただの優秀な訓練兵ではない。

“因果の領域”において違う次元に立っている。


そして――

その中心にあるのは、あの胸の熱。


 



 


オルド少佐がいつの間にか背後に立っていた。


教官が震える声で言う。


「少佐……あれは……なんなんです……?」


オルドはアシェルを見つめながら答えた。


「――“因果の中枢に触れ始めた人間”だ」


アシェルは自分の手を見つめた。


(……今、俺は……何をした……?)


胸の熱が静かに、

しかし確かに回っていた。


まるで「これからだ」と言うように。

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