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『因果の夢と軍議の影』
◆アシェルの意識の内側――
暗闇。
色彩も形もない虚無の空間。
アシェルは“どこか”に立っていた。
自分の足場があるのかすら曖昧な、不定形の世界。
(……ここは……)
胸の奥がぼうっと熱い。
その熱が“視界”を作っていく。
やがて、暗闇の奥に細い糸のようなものが浮かび始めた。
一本。
二本。
三本……
無数の線が、アシェルの周囲に広がっていく。
(……因果線……?)
いや、違う。
訓練場で見た“人が扱う因果”とは異質だった。
もっと巨大で、もっと古く、重さがあり、
“結果”ではなく“根源そのもの”に触れているような感覚。
触れれば壊れる。
でも、触れずにはいられない。
そんな危うい吸引力を持つ線。
――「……かえ……して……」
(……え?)
どこからか声がした。
男か女か、近いのか遠いのかさえ分からない。
――「……返して……よ……」
(返す? 何を……?)
その時、
胸の熱が突然、激しく燃え上がった。
線がざわめき、揺れ始める。
(っ……!)
アシェルの視界は焼けつくように白く染まり、
次の瞬間――
意識が一気に現実へ引き戻された。
◆
◆医療区画・簡易治療室
アシェルはベッドの上で目を開けた。
天井の白い光が、やけに冷たく感じる。
「やっと起きたか」
声の主はカンデルだった。
腕を組み、壁にもたれている。
「……俺は……倒れたのか」
「倒れたどころか、
因果装置をひとつ“手で黙らせて”気絶したんだ。
もっと誇っていい」
「誇れない……」
「だろうな。お前の性格なら」
カンデルは苦笑した。
彼が笑うのを見るのは初めてだった。
「……痛みは?」
「少し……胸が重い」
「ならまだ大丈夫だ。
本当に壊れる奴は、胸じゃなくて“頭”が先に逝く」
「脅しか?」
「事実だ」
軽口のように言うが、目は真剣だった。
◆
ふいに足音が響く。
扉が開き、オルド少佐が入ってきた。
「アシェル、意識は戻ったか」
「はい……」
「ならそのまま聞け。
今、お前に関する会議が行われた」
アシェルは顔を上げる。
「会議……?」
「お前の能力は、“戦力”としても“危険性”としても
前例がない。
よってお前は今後――」
言いかけた言葉を区切り、
慎重に続ける。
「“特別班候補”としての扱いから、
“極秘研究対象・注視指定”へ格上げされた」
(研究……対象……?)
アシェルの眉がわずかに動く。
◆
◆軍上層部会議(回想)
重苦しい部屋。
円卓に並ぶ高官たち。
モニターにはアシェルの適性検査の数値が映っている。
「これは……兵士というより脅威だ」
「因果線そのものを再構築……? ありえん」
「敵国が求める“因果破壊兵器”そのものではないか」
「だが……味方につければ、
存在削除兵器に対抗できる唯一の駒だ」
議論はまとまらない。
だが一点だけ、全員の意見は一致していた。
――「自由にはしておけない」
――「管理下に置くべきだ」
そして決まったのは、
“極秘注視対象” という扱い。
保護でもあり、監視でもある。
軍の常套手段だった。
◆
◆現実へ
「……つまり俺を監視する、ということですか」
「ああ。だが閉じ込めるわけじゃない。
行動の自由も訓練も与えられる。
ただし――常に見られることになる」
アシェルは黙った。
(俺は……危険なんだろうか)
胸に手を当てる。
あの熱。
あの夢の線。
“返して”という声。
全てが、自分が何かに近づきつつあることを示していた。
「アシェル」
オルドが静かに言う。
「お前がどれほど危険でも……
私は利用する側に立つ」
「……俺を武器にするってことですか」
「違う。
お前が“知りたいもの”に辿り着かせるためだ」
アシェルの心臓が一度、大きく跳ねた。
「……俺が知りたいもの……」
「エルマの消失の原因。
因果崩壊の正体。
敵の兵器の構造。
すべてだ」
オルドの目は、
他の軍人とは違う“研究者の光”で満ちていた。
「私はお前を危険視しない。
むしろ、“鍵”と見ている」
(鍵……?
俺が……?)
胸の熱が、ゆっくりと応えるように脈を打った。
◆
カンデルが言った。
「起き上がれるか?
兵舎に戻れ。まだ休め」
「……ああ」
アシェルは立ち上がりながら、
カンデルに問いかけた。
「カンデル。
お前……どうして俺にこんなに気をかける?」
「簡単だ」
カンデルは壁にもたれながら言った。
「お前は……“死なせたくないタイプ”だ」
「……理由は?」
「俺の勘だ」
そう言って、カンデルは笑った。
その笑みは、軍の男としてではない。
“かつて誰かを失った人間”の、
どこか哀しさを帯びた笑みだった。
(この人も……何かを失ってるんだな)
アシェルはそう感じた。
胸の熱が静まり、
少しだけ軽くなったような気がした。




