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カーディア  作者: アデル
第一章 第二項 軍訓練期
15/83

5

『初めての暴走兆候』


 


 午後の訓練は、

 午前よりもはるかに危険な実践形式だった。


 訓練場中央に、

 巨大な立方体の装置が設置されている。


 これは 《局所因果場フィールド》 を形成し、

 内部空間の重力・運動・熱などの因果を

 “管理された範囲で”歪ませる装置だった。


(つまり……異常を安全に体験するための訓練か)


 アシェルは胸の奥の熱を意識しながら列に並んだ。


 



 


 教官が説明する。


「この中では因果が安定しない。

 物体の動きも、熱の伝わりも……時に“逆再生”する。

 そこに飛び込み、“乱れた因果”を修正するのが訓練だ!」


 訓練兵たちはざわついた。


「逆再生ってなんだよ?」

「物が勝手に戻ったりするってことだろ」

「聞くだけで嫌な訓練だな……」


 教官が装置を起動すると、

 内部空間は淡く歪んだ光で満たされた。


 



 


「まずはレフ、行け!」


「ちっ……俺からかよ!」


 レフが渋々中へ入る。

 次の瞬間、内部の空間が“波打つ”ように揺れた。


 レフが投げた訓練用ブロックが、

 落ちる直前に――“逆再生”した。


「うおっ!? 戻るのかよ!?」


「落ちる因果が巻き戻ったな。

 線を安定させろ、レフ!」


 レフは必死に両手で因果線をつかもうとする。

 だが線は硬く、震えて掴めない。


「くそっ……ぜんぜん反応しねえ!」


「下がれレフ! 時間切れだ!」


 レフが飛び退くと、装置は静かに収束し始めた。


「次、ミラ!」


 訓練は淡々と続いていく。

 成功者は少ない。


 



 


「アシェル・レイヴ、入れ」


 教官の声に、

 兵士たちの視線が一斉に集まった。


(俺の番か……)


 アシェルが装置に足を踏み入れると――


 胸の熱が、

 突然、鋭く跳ねた。


(……っ!)


 心臓が締め付けられるような痛み。

 視界の端が暗くなる。


 次の瞬間。


――ザァァ……


 装置内部の因果線が、

 “アシェルの方向へ”流れ込んできた。


 教官が叫ぶ。


「おい!? 線が集中してるぞ!?」


「なんでだ!? 装置がアシェルを“中心”に見てる!?」


 アシェルは息が止まりそうだった。


(熱が……勝手に……動いてる……)


 胸の奥で、

 黒い熱が“回転”を始めた。


 それは暴走というより、

 “何かに共鳴している”ようだった。


 因果線が揺れ、

 装置が悲鳴のように唸った。


――ギィイィ……


「やばい、線が全部乱れてる!」

「装置が耐えられないぞ!」

「止めろ、停止しろ!」


 技師が緊急停止を押すが――


 止まらない。


「因果の乱れがひどくて停止処理が通らない……!」


 緊迫した空気が走る。


 



 


(止めなきゃ……)


 アシェルは無意識に手を伸ばした。


(線に触れる……違う……“答えに触れる”)


 胸の熱が脈打つ。


 次の瞬間。


――カンッ!


 世界が一瞬止まった。


 装置の内部で空間が“滑らか”に整い、

 暴走していた線が静かに収束した。


 まるで何事もなかったかのように。


「…………は?」


 訓練兵全員が呆然とした顔で立ち尽くす。


教官は口元を引きつらせながら言った。


「お……お前……今……何を……」


 だが答えるより早く、

 アシェルの身体は膝をついた。


「アシェル!!」


 カンデルが駆け寄る。


 アシェルの胸の熱はまだ収まらず、

 心臓の鼓動が身体の外に漏れ出すように震えていた。


「……なんだこれ……

 何が起きて……」


「アシェル、意識を保て! 息をしろ!」


 視界が揺れ、遠ざかる。


 そのとき、

 アシェルの中で声のようなものが聞こえた。


──「戻した……だけ……」

──「正しい形に……」

──「因果の……端を……」


 意味はわからない。

 しかし誰かの“概念”が、自分の中に流れ込んだ感覚があった。


 



 


 オルド少佐が駆け込んでくる。


「全員下がれ!!」


 アシェルを抱えながら、状況を一瞥する。


「装置の因果乱れ……完全に整っている……?

 暴走寸前だったのに……」


 そしてアシェルを見る。


「……胸の熱が暴走したか」


 カンデルが言う。


「これ……なんなんだ?

 いつもと違う反応だったぞ少佐。

 因果が……あいつを中心に渦になってた」


オルドは短く答えた。


「――“コア”を持つ者によくある現象だ」


 その言葉にカンデルが息を呑む。


「核……?

 まさか、因果の……心臓……?」


 オルドが静かにうなずく。


「アシェル・レイヴは、

 因果を“受ける側”ではなく、

 因果を“生み出す中心”として動き始めている」


 



 


その言葉は、

胸の奥で渦巻く熱と、

昨日から続く“奇妙な感覚”の正体を示しているようだった。


アシェルは意識が薄れながら思う。


(俺は……なにを……持っている……?

 エルマを奪ったあの現象と……

 これが……繋がっているのか……?)


 胸の熱が最後にもう一度脈打ち、

 意識は暗闇へ沈んだ。

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