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『初めての暴走兆候』
午後の訓練は、
午前よりもはるかに危険な実践形式だった。
訓練場中央に、
巨大な立方体の装置が設置されている。
これは 《局所因果場》 を形成し、
内部空間の重力・運動・熱などの因果を
“管理された範囲で”歪ませる装置だった。
(つまり……異常を安全に体験するための訓練か)
アシェルは胸の奥の熱を意識しながら列に並んだ。
◆
教官が説明する。
「この中では因果が安定しない。
物体の動きも、熱の伝わりも……時に“逆再生”する。
そこに飛び込み、“乱れた因果”を修正するのが訓練だ!」
訓練兵たちはざわついた。
「逆再生ってなんだよ?」
「物が勝手に戻ったりするってことだろ」
「聞くだけで嫌な訓練だな……」
教官が装置を起動すると、
内部空間は淡く歪んだ光で満たされた。
◆
「まずはレフ、行け!」
「ちっ……俺からかよ!」
レフが渋々中へ入る。
次の瞬間、内部の空間が“波打つ”ように揺れた。
レフが投げた訓練用ブロックが、
落ちる直前に――“逆再生”した。
「うおっ!? 戻るのかよ!?」
「落ちる因果が巻き戻ったな。
線を安定させろ、レフ!」
レフは必死に両手で因果線をつかもうとする。
だが線は硬く、震えて掴めない。
「くそっ……ぜんぜん反応しねえ!」
「下がれレフ! 時間切れだ!」
レフが飛び退くと、装置は静かに収束し始めた。
「次、ミラ!」
訓練は淡々と続いていく。
成功者は少ない。
◆
「アシェル・レイヴ、入れ」
教官の声に、
兵士たちの視線が一斉に集まった。
(俺の番か……)
アシェルが装置に足を踏み入れると――
胸の熱が、
突然、鋭く跳ねた。
(……っ!)
心臓が締め付けられるような痛み。
視界の端が暗くなる。
次の瞬間。
――ザァァ……
装置内部の因果線が、
“アシェルの方向へ”流れ込んできた。
教官が叫ぶ。
「おい!? 線が集中してるぞ!?」
「なんでだ!? 装置がアシェルを“中心”に見てる!?」
アシェルは息が止まりそうだった。
(熱が……勝手に……動いてる……)
胸の奥で、
黒い熱が“回転”を始めた。
それは暴走というより、
“何かに共鳴している”ようだった。
因果線が揺れ、
装置が悲鳴のように唸った。
――ギィイィ……
「やばい、線が全部乱れてる!」
「装置が耐えられないぞ!」
「止めろ、停止しろ!」
技師が緊急停止を押すが――
止まらない。
「因果の乱れがひどくて停止処理が通らない……!」
緊迫した空気が走る。
◆
(止めなきゃ……)
アシェルは無意識に手を伸ばした。
(線に触れる……違う……“答えに触れる”)
胸の熱が脈打つ。
次の瞬間。
――カンッ!
世界が一瞬止まった。
装置の内部で空間が“滑らか”に整い、
暴走していた線が静かに収束した。
まるで何事もなかったかのように。
「…………は?」
訓練兵全員が呆然とした顔で立ち尽くす。
教官は口元を引きつらせながら言った。
「お……お前……今……何を……」
だが答えるより早く、
アシェルの身体は膝をついた。
「アシェル!!」
カンデルが駆け寄る。
アシェルの胸の熱はまだ収まらず、
心臓の鼓動が身体の外に漏れ出すように震えていた。
「……なんだこれ……
何が起きて……」
「アシェル、意識を保て! 息をしろ!」
視界が揺れ、遠ざかる。
そのとき、
アシェルの中で声のようなものが聞こえた。
──「戻した……だけ……」
──「正しい形に……」
──「因果の……端を……」
意味はわからない。
しかし誰かの“概念”が、自分の中に流れ込んだ感覚があった。
◆
オルド少佐が駆け込んでくる。
「全員下がれ!!」
アシェルを抱えながら、状況を一瞥する。
「装置の因果乱れ……完全に整っている……?
暴走寸前だったのに……」
そしてアシェルを見る。
「……胸の熱が暴走したか」
カンデルが言う。
「これ……なんなんだ?
いつもと違う反応だったぞ少佐。
因果が……あいつを中心に渦になってた」
オルドは短く答えた。
「――“核”を持つ者によくある現象だ」
その言葉にカンデルが息を呑む。
「核……?
まさか、因果の……心臓……?」
オルドが静かにうなずく。
「アシェル・レイヴは、
因果を“受ける側”ではなく、
因果を“生み出す中心”として動き始めている」
◆
その言葉は、
胸の奥で渦巻く熱と、
昨日から続く“奇妙な感覚”の正体を示しているようだった。
アシェルは意識が薄れながら思う。
(俺は……なにを……持っている……?
エルマを奪ったあの現象と……
これが……繋がっているのか……?)
胸の熱が最後にもう一度脈打ち、
意識は暗闇へ沈んだ。




