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『訓練兵たちの視線』
因果操作の初訓練を終えたアシェルは、
汗ひとつかかず訓練室を出た。
胸の奥では、まだあの“熱”が静かに回っている。
(あの線……“再構築”なんて、どうやった……?
俺はただ触れただけだ……)
理解できない。
しかし、確かな実感があった。
(俺の中で……何かが動いている)
◆
兵舎へ戻ると、訓練兵たちの空気が変わっていた。
「おい見ろよ、あいつだ」
「特別訓練に連れていかれた新入りだろ」
「噂聞いたか? 装置を壊したって話だ」
「壊したっていうか……逆に直したとか……?」
完全に好奇と警戒の対象だ。
アシェルは無視して自分のベッドへ向かったが――
「おい」
またレフが立ちはだかった。
(……またか)
「お前、特別訓練だってな。
何をしたか知らねえけど、調子に乗るなよ」
「乗ってない」
「じゃあ態度を改めろ。
こっちは“努力してようやく”因果線を見る訓練してんだよ。
お前みたいな田舎出の徴兵が、突然できていいはずねぇだろ」
アシェルの胸に小さく怒りが灯る。
「俺だって……好きでできるわけじゃない」
「は? なにそれ」
「……俺は……必要に迫られてるだけだ」
「必要? なんだそれ。
“特別扱いされて当然”って言いたいのか?」
アシェルの拳が震えた瞬間――
「やめとけレフ」
カンデルがまた間に入った。
「何度言わせる。
お前があいつに手を出したら“お前が怪我する”」
「カンデル……本気で言ってんのか?」
「本気だ。
あいつはまだ自覚してねぇが――
“因果の流れそのものが、もう違う”」
兵舎がざわつく。
「因果の流れ……?」
「それ才能とかそういうレベルか?」
「いや……違う。もっと危ねえ奴ってことだ」
レフがアシェルを睨む。
「特別扱いされてたってことか……?」
アシェルは、否定しようと口を開いたが――
言葉が喉で止まった。
(俺は……特別扱いされたいわけじゃない。
ただ……“原因を知りたい”だけなんだ)
エルマを奪ったあの現象。
胸の奥の熱。
昨日から続く“異常な感覚”。
(全部……繋がってる気がする)
◆
そのとき、基地の非常ベルが短く鳴った。
――ビッ!
「訓練開始、訓練場に集合!」
「おい、新入りも来いよ」
レフが鼻で笑う。
「お前がどれだけ“特別”か見せてもらおうじゃねえか」
◆
『実地訓練場』
訓練場は広く、中央に因果調整装置がいくつも設置されている。
教官が怒鳴った。
「今日は“因果干渉の初歩”――
物体の運動因果を“逸らす”訓練だ!」
鉄球が宙に浮き、装置によって下降軌道が強制設定された。
「この落下の“結果”を変えろ!
軌道が変われば合格だ!」
訓練兵たちは次々挑むが、
光が弾けて失敗する者が続く。
「くそっ……集中できねぇ!」
「線がブレる!」
「軌道の向きがわからねぇ!」
教官はがなり立てた。
「次! アシェル・レイヴ!」
視線がアシェルに集中する。
(これも……線を見る訓練……?)
胸が熱を帯びる。
因果線が視界に浮かぶ。
鉄球の落下軌道が“矢印”のように見える。
(……あれか)
アシェルは手を伸ばした。
触れるだけ――
ほんの一瞬。
“結果が揺らぐ。”
鉄球の軌道が、
滑らかに“左へ逸れた”。
ガンッ――!
と台座に当たる。
教官が目を見開く。
「……成功……だと? 一発で……?」
訓練兵たちがざわめく。
「おい、あれ一瞬だったぞ」
「線が……見えてるのか?」
「ってか、普通はもっと力かけないと軌道変わらねぇだろ!」
アシェルは自分の手を見つめた。
(今の……何だ……?
力を入れてない……ただ“向きを触っただけ”だ)
胸の熱がまた脈打つ。
“これは力ではない。
理解だ。”
そんな声が、
どこからともなく響いた気がした。
◆
訓練を見ていたカンデルがぼそりと言った。
「……やっぱりな」
「何が?」
「アイツ……『線』を触ってねぇ」
「は?」
「線の“答え”に触れてる」
レフが凍りつく。
「答え……?」
「通常の因果操作は“因果線を揺らす”ことで
結果を変える。
だがアイツは逆だ」
カンデルはアシェルを指し、低く断じた。
「“結果のほうを動かしている”。
まだ無意識だが……
ありゃ本物の怪物になるぞ」
レフはアシェルを見た。
胸の奥を、
理解できない恐怖がなぞっていった。
アシェル自身も、
再び胸の熱に触れた。
(……これは何なんだ?
何かが……俺の中で目覚めようとしている)
それは、
まだ名も形もない“因果の核心”。
やがてアシェルが辿りつく
新・因果律操作法 の胎動だった。




