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『初動訓練―因果律基礎操作』
翌朝、アシェルはまだ薄暗い時間に兵舎を抜け出し、
オルドから指示された訓練棟へ向かった。
基地の朝は早い。
すでに遠くから怒号と爆音が聞こえる。
しかし、アシェルが向かうのはそれとは別区画――
“特別班訓練場”。
扉を開けた瞬間、
冷たく張りつめた空気が全身を包んだ。
広い空間に、
金属製の台座と円形の線が床に描かれている。
その中央に、一人の人物が立っていた。
「来たか、アシェル・レイヴ」
オルドだ。
白衣の上に軍用外套を羽織り、腕組みをしている。
「まずは因果律操作の基礎、
“因果線認識”からだ」
「因果線……?」
「この世界のありとあらゆる事象には、
“結果へ至る見えない線”が存在する。
因果律操作とは、その線に“触れる技術”だ」
オルドは指を鳴らした。
すると空間に薄い光の線が浮かび上がった。
多数の糸が絡まり、震え、
微かに色を変えながら空間を満たしている。
「普通の兵士には、訓練数ヶ月を経てようやく“薄ぼんやり”見える。
だが――」
オルドはアシェルをじっと見つめた。
「お前は昨日、装置を壊しかけた。
つまり……既に何かを“見ている”可能性がある」
(……俺が……?)
アシェルは光の線を見つめる。
すると胸が熱くなった。
脈動するたび、視界に揺らぎが走る。
線が――
“蠢いて”見える。
いや……
違う。
(線の……“向き”が見える……?)
普通ならただの光にしか見えない線が、
アシェルにはまるで弾道のように“動きの意図”を示して見える。
オルドは気づいたように言う。
「見えているな?」
「……わからない。
だけど……線が、生きてるように……」
「それで十分だ。触れろ」
「触れる……?」
オルドは指でひとつ線を弾いた。
「触れれば揺らぐ。
揺らげば、結果が変わる。
火が燃える、石が落ちる、傷が塞がる……
すべては因果の線が決めている。
触れれば、それを“書き換えられる”」
アシェルは手を伸ばした。
その瞬間――
胸の奥の熱が、
強烈に脈打った。
「……っ!」
視界が一瞬、白く染まった。
線の形が変わった。
いや、形ではない。
線の“答え”が変わった。
オルドが驚愕する。
「おい、何をした……!?
線が……“増えて”いる……?」
線が一本ではなく、
複数に枝分かれしていく。
アシェル自身は、ただ触れただけ。
しかし因果線は、まるで歓喜するように増殖した。
(これ……俺がやったのか……?)
線が複雑に絡まったそのとき――
金属台座が突然、音もなく“変形”した。
「……っ!?」
鋼鉄がねじれ、
内部構造が違う何かへと変わっていく。
オルドが叫ぶ。
「離れろ!!
因果過多だ、暴走する!!」
アシェルは線から手を離す。
次の瞬間――
金属は静かに元の形に戻った。
暴走は……起きなかった。
オルドは目を見開き、言葉を失っていた。
「……普通なら破壊するはずだ。
だが元に戻った……?
因果の“答え直し”をした……?」
(答えを直した……?
そんなこと、俺にできるのか……?)
胸の熱が静かに揺れた。
まるで自分の意志とは別に動いたような、奇妙な感覚。
「アシェル……
お前の因果反応は、普通の兵士とは完全に違う」
オルドは低く言った。
「因果線を“変える”のではなく……
因果線の“答えそのもの”を別の形に“再構築”している。」
アシェルは眉をひそめた。
「そんなこと、できるのか?」
「理論上……否。
だが、お前はやった。
これは“従来の因果律操作法”では説明できない」
オルドの目は、恐れと興味の両方に染まっていた。
「アシェル・レイヴ。
お前は“新しい因果の理”に触れている可能性がある」
(新しい……因果……)
アシェルの胸で、あの熱がゆっくり、ゆっくりと回転を始めた。
それはまるで、
「目覚めの序章」 のように。




