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カーディア  作者: アデル
第一章 第二項 軍訓練期
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2

『訓練兵舎にて』


 


 適性検査が終わった後、

 オルド少佐は何も説明せず、ただ短く言った。


「――兵舎へ案内する。ついてこい」


 研究棟の冷たい空気から出ると、

 基地の騒音が一気に押し寄せてくる。


 怒号、走る足音、重機の唸り、訓練の爆音。

 アシェルの村ではありえなかった“生の戦場の音”だった。


(ここが……俺のこれから生きる場所か)


 胸が重くなる。

 しかし歩みは止まらなかった。


 



 


 兵舎の扉をくぐると、

 汗と鉄の匂いが混ざった空気が鼻をついた。


 狭いベッドが規則正しく並べられ、

 壁には因果技術用の端末が雑に掛けられている。


 アシェルが足を踏み入れると、

 中にいた数人の訓練兵が一斉に視線を向けた。


「……なんだあいつ」

「徴兵組か? また厄介なのが来たな」

「見ろよあの目。寝てねぇ野犬みたいじゃねぇか」


 軽口とも挑発ともつかない声が飛ぶ。


(……気にするな。今は何も必要ない)


 アシェルが無言で通り過ぎようとした時――


「おい、お前」


 ひとりの男が前に出た。


 筋肉質で背が高く、髪を短く刈った青年。

 腕には既に何度か訓練を受けた痕跡が見える。


「徴兵なら徴兵らしく、まずは挨拶くらいあるだろ?」


「……挨拶?」


 アシェルは表情を変えずに答える。


「悪いが、必要性を感じない」


 その一言で、兵舎の空気がざわついた。


「なんだと……?」

「喧嘩売ってんのか?」

「あーあ、やらかしたな徴兵くん」


(最悪な方向に進んでるな……)


 外から眺めていたオルドが、だが止めようとはしない。


(……試しているのか?)


 



 


 筋肉質の青年が歩み寄ってきた。


「新人がデカい顔するんじゃねえよ。ここでは“序列”がある」


「……ああ、あるらしいな」


「だったら――」


「だが、俺には関係ない」


 アシェルは淡々と言った。

 怒りでも挑発でもない。

 ただ事実として。


 その“無感情さ”が、逆に相手の神経を刺激した。


「てめぇ……!」


 青年が拳を振り上げ――


「やめとけ、レフ」


 低い声が響いた。


 兵舎奥のベッドから、ひとりの男が立ち上がった。

 長いコートを羽織り、無精髭を生やした男。

 年は三十代半ばほどだろうか。


「なんだよカンデル。こいつムカつくだろ」


「ムカつくのはわかる。だが……殴るな。お前が怪我する」


「……は?」


 レフだけでなく、周囲の兵士も黙り込む。


 カンデルと呼ばれた男はアシェルを観察するように見つめた。


「お前、昨日この基地に来たばかりだろう?」

「そうだ」

「……戦場の匂いがする」


 アシェルはわずかに眉をひそめた。


(戦場……? 俺はまだ戦ってすらいない)


 しかしカンデルの言葉は続く。


「目が死んでるんじゃない。

 “何かを失った人間の目”だ。

 それも――普通じゃない喪失だ」


 兵舎が静まり返った。


 アシェルはその言葉に一瞬だけ反応したが、

 すぐに視線を逸らした。


「……関係ない」


「いや、あるさ」


 カンデルは言葉を選びながら言う。


「そういう人間はな……とんでもない力を出す。

 軍に来る前に何があったかは知らねえが――」


 その目が鋭くなる。


「“死なれると困る”タイプだ」


 レフが呆れたように言った。


「相変わらずだなカンデル、お前の直感は」


「外すことは少ない」


 カンデルは肩をすくめ、アシェルに歩み寄った。


「アシェル、だったか?」


「……そうだ」


「ここじゃ、強い奴も弱い奴も同じだ。

 死んだ奴は強くても弱くても“ただの死体”だ」


「……」


「だから、ひとつだけ忠告しておく」


 カンデルは声を低くして言った。


「――ここで生きたければ、“心を殺すな”。

 心が死んだ奴は、因果技術に呑まれる」


(心を……殺すな……?)


 その言葉だけは、アシェルの胸にひっかかった。


 カンデルは背を向けて言う。


「お前の中に“熱”があるなら、絶対に手放すな。

 それが、お前を生かす」


(熱……)


 胸の奥にある、あの奇妙な熱。


 エルマを喪った時に生まれ、

 検査室で反応し、

 今もわずかに脈打っている“黒い熱”。


(これが……俺を生かす……?)


 アシェルは胸に手を当てた。


 それは憎しみでも怒りでもない。

 もっと曖昧で、深く、静かな熱。


 それが何なのかを理解するまでには、

 まだ時間が必要だった。


 



 


 オルドが兵舎の入口で言った。


「アシェル・レイヴ。

 お前には“特別訓練”が割り当てられる。

 通常兵とは別の時間帯だ」


「……どうして俺だけなんだ?」


「理由はお前の胸に聞け」


 そう言い残し、オルドは去った。


(胸に……?)


 アシェルは深く息を吸う。


(俺の中の“熱”……

 あれが何を意味するのか……確かめてやる)


 その決意は、

 アシェルをさらに深い戦いの渦中へ導いていく。

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