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『適性審査区画』
アシェルが案内されたのは、
基地の中心奥――研究棟のさらに地下深くにある区画だった。
重い鋼鉄扉がいくつも続き、
扉を開けるたびに温度が下がり、空気が硬くなるような感覚があった。
「ここは……何をする場所なんだ?」
「“命の振り分け”だよ」
オルドの淡々とした答えに、アシェルは眉をしかめる。
「……物騒だな」
「物騒ではない。事実だ。
ここでの適性で、お前が前線か後方か、それとも――“特異任務班”かが決まる」
「特異任務?」
「因果災害の再発を防ぐ部隊だ。
……なお、死者の九割はそこで出る」
アシェルは無言で前を見る。
(死ぬ覚悟は……とっくにできている)
◆
最深部には、巨大な円形のホールが広がっていた。
白い壁の中央に、円柱状の装置が鎮座している。
まるで巨大な目玉が空洞に据え付けられているような不気味さがあった。
装置の名は――
《因果共鳴検査機》。
アシェルの心臓の奥の熱が、ここに来た瞬間に跳ねた。
(……嫌な感覚だ。けど、懐かしいような……?)
「アシェル・レイヴ、装置の中央へ立て」
指示されるまま歩みを進める。
円の中央に立った瞬間――
空気が“密度を増した”ように重くなった。
視界の端で、光が歪む。
(……まただ。昨日、俺の胸で起きた違和感と同じ……)
◆
オルドの声が響く。
「開始しろ。出力は最低値からだ」
技師がパネルを操作すると、
アシェルの身体を中心に、薄い光の“輪”が複数生成された。
輪はゆっくり回転し、アシェルの周囲をスキャンする。
(なんだ……胸の熱が……動く……?)
まるで熱が“応える”ように震え始めた。
「出力、第二段階へ」
輪が増える。
重力が変わるような違和感がアシェルを包む。
アシェルは思わず息を呑んだ。
(力が……引かれていく?
いや、違う……これは……探られている……?)
「第三段階……いや、待て。反応値が異常だ」
「どういうことだ?」
「測定限界値に……いや、突破している!?」
技師たちがざわつく。
アシェルの周囲の光の輪は、逆回転し始めた。
本来安定した一定方向の回転が“乱流”のように乱れ、一部が消えては出現する。
そして――
“ふっ” と音もなく、輪がひとつ消えた。
「え……?」
「輪が……壊れた!? 第三区画、出力停止!!」
技師たちが慌てふためく。
オルドは目を細めた。
(……やはりか)
◆
「……アシェル・レイヴ」
オルドが静かに言った。
「お前は、“因果式の読み違い”を起こす体質だ」
「読み違い……?」
「因果というのは、本来、固定した構造だ。
しかしごく稀に、それを“別の解釈で上書きできる”人間がいる。
そういう者の周囲では、装置の式そのものが“破綻”する」
アシェルは理解できずに眉をひそめる。
「それは……何なんだ?」
「――欠陥であり、才能だ」
オルドは近づき、低い声で囁くように言う。
「通常は不安定さを生むだけの“危険因子”。
だが極めれば、敵国の因果兵器を“逆に崩す”力になる」
アシェルの胸で、あの熱が強く脈打った。
(俺の中の“これ”が……因果を壊す……?)
その瞬間、装置の欠片が床にこぼれ落ちるように消えた。
物理的破損ではなく、存在ごと“削れた”消え方だった。
「……っ!」
「落ち着け。お前のせいじゃない」
オルドが言う。
「因果災害の中心にいた者は、
“因果律の再配列”が起きることがある。
つまり、常人には見えない因果の層を知覚し始める」
「知覚……?」
「ああ。
そして――その層を“違う答えに書き換える”こともある」
それは、
アシェルが後に編み出す “新・因果律操作法” の根幹そのものだった。
◆
「アシェル、お前には特別班への配属が適している」
オルドは言い切った。
「拒否権は?」
「聞くな。お前は自分で“必要だ”と理解しているはずだ」
アシェルは胸に手を当てた。
そこには、確かに“熱”があった。
怒りでも悲しみでもない。
もっと根源的な何か。
(……これが、俺の武器になるのか)
エルマを奪った敵を辿るための。
◆
「最後にひとつだけ言っておく」
オルドが振り返る。
「敵国は因果律を操作し、“存在削除兵器”を使用している。
お前の村を襲ったのは、その“試験型”だ」
「……っ!」
胸が焼けるように熱を増した。
「お前が強くなれば、同じ被害を防げる。そして……」
オルドは言葉を区切り、鋭い目でアシェルを見つめた。
「――奪われたものの“本当の所在”にも辿り着けるかもしれん」
(エルマ……)
アシェルは唇を噛んだ。
(もし……どこかに……まだ何かが残っているのなら……
俺は……絶対にそこに行く)
復讐と希望――
相反する二つの感情が胸に宿る。
そして、
アシェルの運命はここから本格的に動き始めた。




