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装甲車が土道から舗装路へ乗り上げると、
アシェルは揺れの変化に気づいた。
ガタガタとした農村の振動は消え、
都市へ続く“軍専用道路”のなめらかな感触に変わった。
(もう……ロマルに戻る道じゃない)
胸の奥がまた痛んだ。
だがその痛みは、もう悲しみだけではなくなっていた。
(あれを仕掛けた敵……必ず見つける)
黒い熱が背骨を這い上がる。
◆
数時間後。
装甲車は巨大な壁に囲まれた施設へ到着した。
王国軍・第七前線基地。
扉が開くと、金属と油の匂いがアシェルを包む。
訓練場、兵舎、研究棟、装甲倉庫――
どれもロマルでは見たことのない巨大な建物ばかりだ。
(ここが……戦争の中心……)
アシェルが外へ降りると、
兵士たちの視線が一斉に突き刺さる。
「あれが新入りか」
「徴兵組だろ。使い捨てじゃねぇか?」
「でも目が違うな……あいつ、壊れ方が“均一”だ」
均一――
つまり、“感情の壊れ方に偏りがない”という意味だ。
(馬鹿にしてるのか……?)
アシェルが睨み返そうとすると、
横から声が飛んだ。
「よせ。ここでは“死人の目”は珍しくない」
振り向くと、
昨日アシェルに話しかけた、階級の高い男が立っていた。
名は オルド・ファリエン少佐。
「ここでは、生き残っている者の方が稀だ。
お前ほどの喪失を抱えている新兵など珍しくもない」
オルドは淡々と言う。
「ついてこい。まずは適性検査だ」
◆
アシェルは研究棟へ案内された。
中は農村の世界とは別次元だった。
白い壁、光るパネル、天井を走るケーブル。
そして部屋ごとに置かれた巨大な装置。
(全部……因果技術に関係しているのか……?)
通路の窓越しに、奇妙な光景が見えた。
兵士が空中に“見えない糸”を引くように手を動かすと、
重い金属板が滑らかに持ち上がった。
だが次の瞬間、
板が急に“暴れ”、彼の腕を弾き飛ばす。
「くそっ! 不安定化したぞ!」
「因果裂けが混ざってる! 制御しろ!」
青白い火花が散り、装置が唸った。
(これが……因果律操作……?)
アシェルは初めて“因果を人為的に触る現場”を目にした。
同時に気づく。
(扱う側でさえ……完全には理解できてないんだ)
この不安定さこそ、後のアシェルが気づく
“致命的な欠点” である。
◆
検査室に入ると、透明な床の中央に円形の装置があった。
「そこに立て。因果素反応を調べる」
アシェルが装置に足を踏み入れた瞬間――
胸が痛んだ。
(……熱?)
心臓の奥が、焼け付くように熱を帯びる。
昨日エルマを喪った時とは違う熱。
もっと“静かで、重い熱”だった。
「……ん?」
オルドが端末を覗く。
「……数値が高いな。
一般兵の許容量を超えている。
まるで……因果災害の中心にいた者のようだ」
(俺は……中心にいた。
あの裂け目の……エルマが……消えた場所に)
アシェルは胸元を押さえた。
(この熱……なんだ……?)
すると装置が低く唸り、
アシェルの周囲に“揺らぎ”が発生した。
空気が波打ち、白い粒子のようなものが浮かび上がる。
――ぅ……ん……
(音……?)
聞こえてきたのは、
言葉ではなく“揺らぎの声”だった。
装置が警告音を鳴らす。
「反応値急上昇! やめろ、離れろ!!」
オルドがアシェルを引き離した。
装置は軋み、光を失い、沈黙する。
◆
「……お前、ただの農村の青年じゃないな」
オルドはアシェルの目を強く見つめた。
「因果災害を“直に受けた者”は稀だ。
だがそういう者は……時として“因果そのものの構造”を理解し始める」
「構造……?」
「言っても理解できんだろう。
因果は“見えない回路”のようなものだ。
本来、人は触れることすらできない。
だが……お前は触れかけた」
アシェルは胸の熱に手を当てた。
(熱は……昨日からだ。でも今日のは違う……
何か……動いている……)
「アシェル・レイヴ、君には特別訓練を受けてもらう」
「特別……?」
「あの災害の“中心にいた者”の脳は、
時に“因果を逆算する”能力を獲得することがある。
――敵国の兵器に対抗できる希少な人材だ」
(俺が……?)
オルドは続けた。
「そしてその能力を極めれば、
災害を引き起こした敵の痕跡にも辿れる。
お前が望む“答え”にもな」
アシェルの目が揺れた。
(エルマを奪ったものの正体……
それが……わかる……?)
黒い熱が心臓奥底で強く脈打った。
オルドは静かに言った。
「復讐したいか?」
アシェルは迷わなかった。
「……したい。
俺のすべてを奪った相手を……許さない」
その瞬間、
アシェルの心は完全に“復讐”の一点へ向けて固定された。
胸の熱が、静かに形を変える。
この熱こそ――
後にアシェルが“誰よりも深く因果を理解する鍵”となる。
そして、
“新・因果律操作法”発見の最初の起点 となるのだった。




