地酒の名所、知りたいです
ある山間の道にブレーキ痕が幾重にも刻まれたカーブがある。
カーブでハンドルを切るとすぐに岩の壁。
右に曲がる時に死角となるため、急ブレーキをかけても壁に追突する人が相次いだ。
致命傷ではない。
しかし、この事故の後崖から自殺が起きるとここは“自殺者”で溢れることになる。
死に方は皆同じ。
車で来た自殺志願者はその壁に追突。
その後、百メートル先の崖から車ごと海へ転落してしまう。
不可解な出来事だ。
自殺するなら岩壁に衝突するより海に突っ込む方が手っ取り早い。
それなのにわざわざ死ぬのに衝撃が足りない崖に一度車をぶつけてから海に入る。
その人数は十二月から三月に急増。
そこで地元の警察も現地調査に乗り込んだ。
* * *
ある地酒マニアはある酒蔵を探していた。
酒好き界隈では有名な酒蔵。
しかしカーブの多い山道で分岐点も多い。
辿り着く人がほとんどいないと言われる。
地図で言うと下って他県の県境の近くにあるというのだが⋯⋯。
先程から似たような道を通っている気がする。
ナビで示す自分の位置も白い道から少し外れているため、何本もある白い道のどの部分か分からない。
マニアは半ば諦めていた時、人を発見した。
クラクションを短く鳴らし、その人の注意を引く。
音に反応して振り返った女性は穏やかな雰囲気。
「すみません!」
「あら、道にでも迷われましたの?」
感じの良い中年女性が笑顔でこちらに近づいてきた。
「地酒の名所、知りたいです」
「はい? あー、あなたもなんですね。最近増えてるみたいですね」
マニアは酒蔵に一気に近づいたように感じて嬉しくなる。
「はい、それでどこにありますか?」
「この先を道なりに進んでいくと右に急カーブが出てくるんです。気をつけてくださいね。その百メートルほど先ですよ」
マニアに丁寧に教える中年女性。
それを聞いて笑顔でお礼を述べた。
マニアは車を出すと、すぐ右の曲がり角が現れた。
「なんだ、思っていたより急じゃないな」
その後もカーブが続く。
どの曲がり角が急だったのか、もう分からない。
見晴らしの良い道でスピードを少し上げた。
地酒の酒蔵に向けて、期待が高まる。
すると、見えにくかったが急に右の曲がり角が出てきた。
慌ててハンドルを切る。
しかし、間に合わない。
マニアはそのまま目の前の壁に正面から衝突してしまった。
エアバッグは作動したが、ぶつかった衝撃で気を失ってしまった。
──────────────
警察の取調室──。
目の前の調査官の問いに、人の良さそうな笑顔を向けた中年女性はインタビューでも受けるかのような、穏やかな雰囲気が流れた。
「えぇ、最近急増していますね?」
女性は軽く笑って言葉を継いだ。
「はい? あー、ここ最近、道を聞く人がすごく多いの。それで決まってこう言うんです
『自殺の名所。死にたいです』って。
だから、教えてあげるんです。もちろん止めたい気持ちもありますよ。でもそれぞれの人が色んな気持ちを胸に抱いているでしょう?
だから、教えてあげるしかないんですよ。
なんであんな場所を皆選ぶんでしょうね?
だって死にもしない岩壁に追突して、その百メートル先の崖から車ごと落ちるんですよ。
壁に追突しても死なない方が多いでしょう?
だから可哀想だし私が手伝ってあげることにしたんです。
でも、中には可哀想に呻いてる人もいるんです。
死にきれなくて苦しいんだなって。
だから頑張って崖まで車を押してあげましたよ」
──────────────
以上が連続殺人犯の供述である。
彼女が捕まる直前に殺された地酒マニアの車のドライブレコーダーの記録が残っていた。
岩壁にぶつかった衝撃で作動したようだ。
その男の呻く声が記録されている。
「ぃたい⋯⋯やめて⋯⋯くれ⋯⋯」
男の息遣いが聞こえてくる。
その喘ぎは絶え間なく続いている。
「エアバッグに⋯⋯助けてく──」
金属が軋む音が、祈りを押し潰した。
無音。
男の喉から苦しく息を吸い込む音に声が混じる。
金切り声。
男の断末魔のような悲痛の叫びが音割れする。
耳の奥にこびりつくざらついた男の悲しみ。
タイヤが岩にぶつかったような固い音がした後、全体を包むような大きな音。
絶叫。
さらに続く悲鳴は枯れた声に喉から空気が混じる。
それでも続く。
音割れした悲鳴は聞いていた調査官の顔を大きく曇らせ歪ませた。
くぐもった呻き。
その悲鳴は水の流れる音と共に五分後に途切れた。
* * *
記録は、そこまでだった。
犯人の特徴。
──難聴。耳につけている補聴器は電池切れ。
[補足]
十二月から三月は新酒の時期と聞いて
お読みいただきありがとうございました。
[注意追記]
難聴と記載しておりますが、本人の空耳の部分を補填する記載です。




