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第9話 別れの予兆

 からすと出会ってから、どれくらいの時間が経ったのだろう。

 あの夜の、バーの扉を開けたときの緊張と高揚は、今でも鮮やかに思い出せる。けれど、時間が流れれば流れるほど、私たちの歩いている道は少しずつ違う方向へと伸びているように思えた。


 私はまだ制服を着て、教科書を抱えて教室に通う毎日。

 一方で、からすはもう大人の世界に立っている。夜の店で働き、昼間は眠って、また夜に街へ出かけていく。


 約束を取りつけても、からすの「ごめん、今日は無理かも」というメッセージが増えた。

 そんな言葉に傷つきながらも、「忙しいのだから仕方ない」と自分に言い聞かせる。

 でも、本当は寂しくて仕方なかった。


 ある放課後、私は校門の外に立ち止まり、ポケットの中のスマホを見つめた。

 ――今日こそ会いたい。そう思ってメッセージを打つ指は震えていた。

「今日、少しでも会えない?」

 送信ボタンを押したあと、心臓が嫌なほど早く打ち始める。


 数分後に返ってきた返信は、たった一言だった。

「ごめん」


 それだけ。

 言葉を重ねてほしかった。「またね」とか「次は必ず」とか。

 けれど、からすはそれ以上何も書いてくれなかった。


 胸の奥で、ひび割れるような音がした気がした。


 家に帰ってからも、ノートを広げては文字が目に入らず、ただ机に突っ伏すしかなかった。

 私の手の中に残っているのは、からすの手の温もりと、夜の街を並んで歩いたときの心の高鳴り。

 けれど、その思い出にすがればすがるほど、「これ以上は続かないのでは」という予感が濃くなっていく。


 夜、布団に入っても眠れない。

 暗闇の中で天井を見つめ、涙が頬を伝った。

 ――このまま、からすとすれ違ったまま終わってしまうのだろうか。

 そんな考えが頭をかすめるたび、心臓を誰かにぎゅっと握られているみたいに痛かった。


 だけど、嫌いになったわけじゃない。

 むしろ、今もなお、彼女の笑顔や声を思い出すだけで、胸の奥があたたかくなる。

 だからこそ、怖かった。

 大切すぎて、壊れてしまう未来を考えることが。


 私は布団を握りしめながら、声にならない言葉をつぶやいた。

「からす……どうか、私を置いていかないで」


 その願いが届くことはないと、どこかで分かっていた。

 けれど、まだ信じていたい。

 別れの予兆に怯えながらも、私は必死に「大丈夫」と自分をだまし続けていた。

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