第11話:思い出としての成長
あの夜から、私は少しずつ変わっていった。
からすと出会い、そして別れて。短い間だったけれど、私の十八年の人生に刻み込まれた色は、他のどんな日常よりも鮮やかで、そしてどんな記憶よりも切なかった。
春が過ぎ、夏が来て、気がつけば制服の袖が少し窮屈に感じられるようになっていた。鏡の中の自分は、あのときの私と同じ顔をしているはずなのに、どこか違って見えた。
――子どもから大人に変わる途中の顔。
母に「最近、大人びたね」と言われるたびに、胸の奥がくすぐったくて、少し苦しかった。
からすと過ごした夜は、誰にも話していない。
友人に打ち明けようと考えたこともあったけれど、言葉にした途端に、あの夜が幻になって消えてしまいそうで、私は口を閉ざした。秘密であることが、むしろ私とからすをつなぎとめているように思えたから。
放課後の教室、窓から射し込む西陽を眺めていると、ふとあのときのからすの横顔が浮かぶ。少し不良っぽくて、でもどこか孤独そうで、私の知らない世界を知っている人。
その横顔に触れたくて、必死に背伸びをしたのが、私の初恋だった。
思い返すと、私はずっと「置いていかれる」ことを恐れていたのかもしれない。
大人の世界を知っているからすに、どうにかして追いつきたかった。
だけど、無理に背伸びをしても、届かないものがあることを知った。
だからこそ、あの別れは、私にとって必要だったのだと、今なら思える。
日々の生活は淡々と続いていく。
テストの点数に一喜一憂したり、友人とコンビニに寄ってアイスを分け合ったり。そういう時間はたしかに楽しいのに、心のどこかでは「からすがいたら、どう感じるだろう」と考えてしまう。
そのたびに、胸の奥に小さな痛みが生まれる。けれど、その痛みこそが、私を大人にしてくれるような気がした。
夜の街をひとりで歩くことは、もうしなくなった。
あの夜を超えるものは、きっとないと分かっていたし、無理に探す必要もなかった。
でも、夜空を見上げるとき、どこかでからすも同じ星を見ているのではないかと思うと、不思議と心が温かくなった。
――私の初恋は、終わったのだろうか。
それとも、まだ心の中で続いているのだろうか。
答えは出ない。
けれど、確かなのは「からすと出会ったことで、私は大人になるための一歩を踏み出せた」ということだ。
いつか、彼女の名前を知る日が来るのだろうか。
それとも、このままずっと「からす」として心に残るのだろうか。
胸の奥に沈めたままのその問いを抱えて、私は新しい季節を迎えた。
初恋は終わりではなく、始まりだったのだ。
そう信じることで、私は少しずつ強くなっていった。




