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d+d【先行公開版】  作者: Hilde
【先行公開版】第三章 戦闘 - Battles -

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ホラーサーン - Khorasan - 2

◯アッバース国・ホラーサーン州・マルウ市(夜)


総督府のある官庁区を背に、夜の闇に紛れて商業区を横切るサフル。

回廊の油灯が、市内に張り巡らされた細い運河の水面に光を落とす。

巡回する夜番の兵を避け、サフル、官舎区の石畳を急ぐ。



◯マルウ市・行政官舎・ニザーム宅


行政官舎の狭い一室。


使い古された書机と文書束は隅へ押しやられ、

イスマイール・従者・見慣れぬ仙道士・ニザームが、絨毯の上に腰を下ろしている。


サフル、ニザームの顔色が紙のように白いことにも気付かず、イスマイールに駆け寄って膝を折る。

「閣下に平安を! 忠僕サフル、御前に参じました」


イスマイール「サフル、我が忠実なる(しもべ)よ」


サフル「この地(ホラーサーン)が、どれほど閣下を待ちわびたことか」


イスマイール「随分と待たせたな」


サフル「書簡の指示通り、バグダードとの急使を遮断する手配は完了しております」

感極まった顔を上げる。

「遂に、お起ちになるご決意をされたのですね」


イスマイール「ああ」


サフル、再びお辞儀をする。

「この日のために、兵たちは訓練を重ねてまいりました。

閣下を正統なる次代カリフとして奉じ、バグダードへ入る準備は整っております」


イスマイール、サフルを静かに手で制する。

「そう逸るな。

俺は、カリフになるつもりはない。ラフィが座にある限り、俺はあれを支える。

父上との誓約を違えることはない」


サフルは、弾かれたように顔を上げる。

「なんと…! しかし閣下」


イスマイール「バグダードには、上る。

だが、それは総督職の安堵と、次代カリフの権利をラフィに確約させるためだ」


「…甘い。甘いですぞ、閣下」

サフル、首を振る。

「バグダードの目的は明白。

閣下を廃し、ムーサ殿下を次代カリフに据えること。

今ここで根を絶たねば、バグダードとの争いは永劫に続きますぞ」


イスマイール「わかっている。

…だが、バグダードと本気で()り合えば、国が荒れる。

俺とラフィ、どちらが欠けても、アッバースは傾く」


サフル、ぐっと詰まる。


イスマイール「実質的に国を動かしているのは、母后とその一族だ。

彼らとは均衡を保ちながら進める必要がある」


イスマイール、声を低くする。

「…ただし、母后の野心はここで一度、へし折らねばならん。

──この機に、母后の手先、宰相ファドルを処刑する」


サフル「…宰相一人で、母后の牙が抜けましょうか?」


まだ納得していないサフルに、イスマイール重ねて告げる。

「それにな、サフル。俺がバグダードへ行く理由が、もう一つある。

お前には、伝えておかねばならん」


 × × ×


イスマイールの口から「カナン地区への融資」と、その「担保」が告げられた瞬間、サフルの顔色が、紙のように白くなる。


サフル、こわばった表情のまま視線だけを動かし、ニザームを見る。

紙のように白い顔のニザーム、固い表情でうなずく。


サフル、イスマイールに向き直り、抗議の声を絞り出す。

「バグダードの重税に喘ぐこのホラーサーンの権益を、他国へ、それもカナン地区の担保に差し出すとは、あまりに酷きご決断。

行政長官として、到底容認できません」


イスマイール、諫言(かんげん)する忠臣の目を見つめる。

「サフル…。だが、聞いてくれ」


「考えようによっては、ホラーサーンの権益は今後100年間、債権国たる列強諸国によって守られるのだ。

16兆の債権を持つ国々は、担保であるこの地を全力で保護するだろう。

──バグダードですら、ホラーサーンには手出しできん」


サフル「しかし100年後には全て他国のものになるのでは…」


イスマイール「カナン地区が無事に完済すれば済む話だ。俺は可能だと思っている」


サフル「希望的観測に過ぎません」


イスマイール「先の心配をしてもきりがない。

それよりも、サフル。

外患なき100年で、この地が富を生み続ける仕組みを、ニザームと共に築け。

16兆で揺らぐ国ではならぬ。100兆が動く地を創り出せ。

それこそが、行政長官たるお前の任だ」


サフル、呆然とイスマイールを見つめる。

「…100年かけて…、100兆の富…」


イスマイール、挑戦的な笑みを浮かべる。

「ああ。100年先を見据えた執政を行い、ホラーサーンを繁栄させろ。

──お前なら、できるだろう?」


サフルの呼吸が変わる。

かねて温めていた施策が次々と脳裏に浮かび上がる。


その横から、ニザームが、震える声で割り込む。

「…しかし、融資契約には…カリフの自署と印章が押された権利証書が不可欠です。

バグダードが承服するとは、到底思えませんが…」


イスマイール「…そこは、武力で通すほかあるまい」


イスマイール立ち上がり、腰の剣に手をかける。

「ターヒル将軍を呼べ。──軍議だ」



 × × ×



◯マルウ市・総督府・総督の私室(翌日・早朝)


内庭の水音が、低く響いている。

豪奢なペルシア絨毯が(めく)れ、長椅子が横倒しになっている。壁のアラベスク模様が刀傷により欠けている。


室内の中央に、ホラーサーン総督代理のアフマドが倒れている。

アフマド、背中を滅多刺しにされ、事切れている。



 × × ×



◯マルウ市・総督府前・広場


総督府正門前の大広場。


夜明けの光の中、1万の軽騎兵が静かに隊列を組む。

その先頭に、漆黒の駿馬に跨るイスマイールと、隻眼の司令官ターヒル将軍が並ぶ。


歴戦の名将ターヒル、双剣遣いとして鳴らした太い腕を組む。

「バグダードは3万から5万の正規軍を差し向けるでしょうな。

本当に我が軍は、この1万のみで?」


イスマイール「短期決戦だ。機動力こそが最大の武器になる。

我らが動くのは、バグダードを開門させる時と、宮殿守備隊を黙らせる時だけだ」


イスマイール、視線を上げる。

「後は──あの者たちが盾になる」


ターヒル、右目を細めて、上空を見る。

白い長衣をはためかせて浮遊(フローサド)している4人の仙道士たち。

その1人は、猿ぐつわを噛まされ、縄で縛られた総督ムーサを抱えている。


ターヒル「仙道士とやら…あれを当てにするおつもりで?」


イスマイール「使いようで騎兵の数倍は働く。あやつらに積んだ金は、我が精鋭1万の給金を上回る。無駄にはせん」


 × × ×


イスマイール、馬の向きを変え、居並ぶ兵士たちを見渡す。

「我が忠勇なるホラーサーンの戦士たちよ、神の御名において、我が声を聞け!」


暁光が兜に反射する。


「我らは正義の道を歩み、アッバースの旗を守るために、都へ向かう!

バグダードの城壁は高く、敵は我らの数を上回る。

だが、神の加護と、互いへの信頼がある限り、いかなる城壁も我らを止められぬ!」


イスマイール、右手を天高く掲げる。


「我は約束する!

この戦、無駄な血は流させぬ。

そして、必ず勝利へ導く。

疾風のごとく都を制圧し、秩序を取り戻す!」


「──進め、ホラーサーンの獅子たちよ! 栄光をこの手に掴め!」


「おおおおおーーーッ!!」


(とき)の声が地を揺らす。


イスマイール、馬を翻し、ターヒル将軍と共に駆け出す。

騎兵が一斉に蹄を轟かせ、バグダードへと出陣する。

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