緊急特別総会 - Emergency Special Session - 5
◯エンパイア国・アテナイ市・世界連帯構想本部・会議棟・総会ホール(昼休憩)
議長「午前の審議を終了します。これより2時間の昼休憩に入ります」
議長の宣言と同時に、すぐさま各国代表団が動き出す。
控えていた伝達係の魔道士たちに、母国の政府への緊急書簡を託す。
魔道士たち、次々と高速移動していく。
✕ ✕ ✕
怒気を纏ったアッバース国代表団が、イスマイールの席へ詰め寄る。
「皇太子殿下!」
アヴェス、さっと立ち上がる。
「先にリュケイオンに行っている」
短く言い残し、出口へ向かう。
アッバース国代表、真っ赤な顔でイスマイールを問い詰める。
「殿下…何をお考えか!
我が国の財源を世界に差し出すなど、正気とは思えませぬ!
直ちに、バグダードへ報告いたしますぞ!」
イスマイール、椅子の背にもたれたまま、微動だにしない。
「構わん、好きに報告しろ」
瞳をわずかに細める。
「だが、忘れるな。
総督返上を迫られていようと、公式のホラーサーン総督は、現在は、俺だ。
法的権限は、俺にある」
アッバース国代表、声を震わせる。
「下手をすれば…国家反逆罪ですぞ!」
イスマイールの瞳が、冷たく光る。
「そもそも、バグダードが手をこまぬいてカナン地区の惨状を傍観していたから、俺がここに立っている。
父上なら、火種が小さいうちに消し止めていたぞ」
なおも言い募ろうとした代表の襟首を、イスマイール、不意に掴んで引き寄せる。
「理解しているな。午後の決議で反対に回れば──」
視線だけで、議場を示す。
「〝帝国の不和〟は〝噂〟では済まなくなる。世界が確信するだろう」
✕ ✕ ✕
◯シオン国・東・エルサレム市から西方30km
一路、聖地エルサレムを目指し、街道を疾走するアッコ県の騎馬隊。
アッコ県首長の槍の穂先に結ばれた4色の旗が、激しい風をはらんで音を立てる。
遠くに、丘陵の連なりが見え始める。
アッコ県首長、丘陵を指さし、
「皆、あの丘が見えるか? あの向こうが、エルサレムだ!」
その瞬間──
──シュウゥゥゥ…
ドガァァンッ!!
隊員1「わあッ!!」
砲弾が騎馬隊を直撃し、嘶きと共に人馬が倒れる。
隊員2「ラシードっ!!」
砲撃に驚いた馬が暴れ、隊列が大きく乱れる。
アッコ県首長、手綱を強く引きながら、
「密集するな! 狙われるぞ!」
上空を見上げた隊員3が叫ぶ。
「また砲撃が来るぞーッ!」
隊員4「避けろーっ!」
アッコ県首長、隊員たちに向かって叫ぶ。
「ここで、散開する!
各自、別々のルートでエルサレムを目指せ!
死ぬなよ──聖地で会おう!」
アッコ県の騎馬隊、執拗な砲撃に散り散りになりながらも、丘の向こうのエルサレム市を目指して、駆け続ける。
✕ ✕ ✕
◯エンパイア国・アテナイ市・リュケイオン大学・食堂
世界連帯構想本部ビルに隣接するリュケイオン大学。
講義を終えた学生たちでごった返している学生食堂。
ランチプレートを持ったアヴェスとフレイ、ようやくテーブル席を確保する。
そこに、代表団から解放されたイスマイールが合流する。
「…最初から、ホラーサーン地方を担保にするつもりだったな」
アヴェス、パンをちぎりながら、低く言う。
「反対されるのが分かっていたから、黙っていたんだろう?」
イスマイール、肩を竦める。
「仕方がない。カナン地区では誰も喰い付かない」
アヴェス「もし返済できなかったら、どうするんだ?
皇子の管轄地の権益が、債権国に渡るんだぞ?」
イスマイール、スープを一口すする。
「確実に返済できる条件で借りる。そのための利息ゼロ、100年償還だ」
アヴェス、小さく息を吐く。
「ニザームさんが聞いたら卒倒するぞ。ホラーサーンの人なんだろ?」
イスマイール、しれっと視線を外す。
「だから、今日は連れて来なかった」
フレイ、身を乗り出す。
「それで、俺が呼ばれたわけですね。
ニザームさんの代わりに実務を引き受ける、と」
イスマイール「ああ。融資が決まれば、借入手続きと債権者管理が始まる。債権者は一国では済まない。商人の息子なら、数字には強いだろう?」
フレイ「任せてください。債権の優先順位整理も、利払いの試算もできます。
債権者名簿の雛形なら、昼休み中に作れます」
アヴェス、割って入る。
「…だが、肝心の権利証書は、まだ手元に無いんだろう?
カリフをどう説得するつもりだ?」
イスマイールの手が一瞬、止まる。
「そこなんだ。喧嘩をしなければならん」
アヴェス「喧嘩…って…」
イスマイール、かすかに笑う。
「…だが、避けられない喧嘩だったからな」
アヴェス「……」
イスマイール、早々に食事を終え、立ち上がる。
「立て。のんびりしている暇はない。
ロビーには、獲物を待つハイエナが群れている。
あれをカナン地区の味方に変える。交渉に向かうぞ」
✕ ✕ ✕
◯シオン国・北東・ラトルン周辺
整然とした隊列を保ち、乾いた平原を疾駆するナザレ県の騎馬隊。
先頭を走るナザレ県首長の槍には、4色の旗が風を受けはためいている。
前方に、低い丘の帯が現れる。目印となる、朽ちた修道院の尖塔が見え始める。
ナザレ県首長「ここからは、登りになるぞ! 速度を落とすな!」
──シュウゥゥゥ…
ドガッ!!
ナザレ県首長のわずか数メートル前方で、大地が爆ぜる。
「──っ!!」
続いて、
ボォォン! バァァン! ガァァン! ドォォォン!!
前方、後方、そして左右。騎馬隊を囲むように、ほぼ同時に砲弾が炸裂する。
隊員たち「わああッ!」
砲撃で舞い上がった土煙が視界を奪う。
ドォォン! ガァァン!
周囲に次々と砲弾を撃ち込まれ、隊員たち、身動きが取れない。
嘶き、暴れ、パニックに陥った馬を必死になだめる。
ナザレ県首長、懸命に手綱を引き、声を振り絞る。
「落ち着け! 陣形を立て直せ!」
──シュウゥゥゥ…
──ヒュウゥゥゥ…
──シュウゥゥゥ…
上空を見上げた隊員、ヒュッと息を呑む。
青空を埋め尽くす砲弾が、騎馬隊に降り注ぐ。




