緊急特別総会 - Emergency Special Session - 4
◯エンパイア国・アテナイ市・世界連帯構想本部・会議棟・総会ホール
アヴェスと入れ替わるように、イスマイールが立ち上がる。
アッバース国の意匠を凝らした正装が、天窓から差す光を受け、重厚な輝きを放つ。
イスマイール、悠然と演壇へ進み、放射状に広がる各国代表席を見渡す。
「アッバース国皇太子、イスマイール・イブン・ハーリド・アル・シャリーフである。
この度、カナン地区16首長の総意を預かり、同地区の暫定国家元首に指名された。
これより、首長会合において採択された『独立宣言』を読み上げる」
イスマイール、手にした厚手の羊皮紙を広げる。
「
──カナンの大地は、カナンの民に帰属する。
我らの民はこの地に根を下ろし、発展し、その創造性を発揮してきた。
この地と民の関係は、歴史、法、そして精神において不可分であり、何人もこれを断つことはできない。
絶え間ない侵略、土地の剥奪、そして忘却を強いる試みにもかかわらず、カナンの魂は屈することはなかった。
我らは自決の権利を求め、自らの民族的・文化的アイデンティティを守るために立ち上がり続ける。
カナン十六首長会合は、神の名において、またカナンの民衆の名において、政治的独立および領土主権の行使を宣言し、カナンの地に主権国家を樹立する。
本国家は、カナン人がいかなる地に在ろうとも、その帰属を認める国家である。
彼らが共同の歴史と文化を継承し、完全かつ平等な権利を追求する国家である。
本国家は、世界連帯構想憲章および世界の人権宣言を遵守し、武力による領土占領を拒絶する。
我らは、平和共存という新たな夜明けの門に立ち、殉教者たちの神聖な精神に敬意を表しつつ、全てのカナン人の自由と尊厳のために歩み続けることを、ここに誓う。
」
議長、重々しく木槌を打ち鳴らす。
「本宣言は受理され、本総会の議題として正式に付託されます」
イスマイール、胸に手を当て、議長に一礼する。
✕ ✕ ✕
イスマイール、再び各国代表席に向き直る。
「続いて、カナン地区暫定元首として、各加盟国に要望する。
カナン地区は、シオン国の侵攻により、人的・物的・経済的損失が甚大である。
よって、停戦までの人道支援及び防衛支援、さらに停戦後の復興資金として、
世界連帯構想に対し、16兆ディナールの融資を要請する」
ざわっ
議場が揺れる。
加盟国代表1「法外な額だ」
加盟国代表2「我が国の国家予算を上回る」
イスマイール「壊滅的な破壊の中からの復興だ。
瓦礫の撤去だけで15年、完全な再建には30年を要すると見積もっている。
返済は復興完了後、すなわち30年後に開始。
償還期限は設けない。利息はゼロを希望する」
再び、どよめきが広がる。
加盟国代表3「返済の意思がないということか?」
議長、木槌を打つ。
「発言を求める代表は、挙手の上、順次発言を」
加盟国代表4が手を挙げ、立ち上がる。
「何故、アッバース国の皇太子が、カナン地区の元首なのか?
これは貴国の領土的野心と受け取られかねない」
イスマイール、即座に応じる。
「これは、アッバース国の政策ではない。私個人の決断だ。
国際社会が無関心を貫き、誰も火中の栗を拾おうとしないからだ。
他に名乗りを上げる者が居るなら、私は、今この場で退こう。
──誰か、カナン地区を救う者は居るか?」
議場を見渡す。
誰もが視線を落とし、重い沈黙に包まれる。
加盟国代表5が手を挙げる。
「償還期限が無期限とは、完済の意思がないと解されるが?」
イスマイール「では、100年の長期割賦としよう」
加盟国代表6「16兆ディナールとは大金だが、世連にその資金はあるのか?」
議場後方の世連事務局職員が起立する。
「お答えします。
世界連帯構想の予算は、分担金委員会の公表通りであり、現状、その規模の余剰資金はございません。
加盟国の追加拠出なくしては、16兆という額は不可能です」
「…ならば、加盟国に問おう」
イスマイール、手を挙げて議場の加盟国代表団を見回す。
指に嵌めた大ぶりな宝石が光を反射して瞬く。
「カナン地区に資金を貸し付ける国はあるか?
少額でも構わん。複数の国から受け付ける」
イスマイール、列強の席に座るアッバース国の代表団を指す。
「我が祖国アッバースよ。お前が応じてもよいのだぞ?」
アッバース国代表、狼狽しながら立ち上がる。
「…本国財務局の承認なく、この場での回答は致しかねます」
イスマイール「ふん」
加盟国代表7が手を挙げ、立ち上がる。
「融資には通常、担保が必要となる。
何も持たぬカナン地区を、何で担保とするのか?」
アヴェス、固唾を呑んでイスマイールを見つめる。
イスマイール、表情を変えずに告げる。
「借り入れの担保は──
アッバース国東部、ホラーサーン地方」
一瞬の静寂──
どよどよっ
議場が大きくどよめく。
アルテラシア大陸最大の経済圏の一翼を担う大帝国、アッバース国。
その東半分のホラーサーン地方を差し出され、各国代表の目の色が変わる。
イスマイール「ホラーサーン地方の歳入権、銀山および銅山の採掘権、東方交易に課す関税収入──これら全てを充てる。
完済まで、これらを優先的な償還原資とする」
アッバース国代表団の1人、衝撃のあまり椅子から滑り落ちる。
加盟国代表4が鋭く問う。
「先ほど、アッバース国に領土的野心はないと述べられた。
しかし国家の財源を担保とする以上、アッバース国の関与は不可避ではないか?」
イスマイール「アッバース国の決定ではない。私の決断だ。
私がホラーサーン地方の総督であるがゆえ、その権益を担保とする。それだけだ」
加盟国代表8が慎重に口を開く。
「融資契約には、アッバース国カリフによる正式な権利証書が必要となるが…」
イスマイール「当然だ。契約日までに、必要な法的書類を用意する」
議場の空気が変わる。
各国代表、互いに視線を交わし、
ホラーサーン地方の利権、関税、資源、交易路──
その価値を計算し始める。
加盟国代表9「…ホラーサーンの歳入は帝国全体の3割を占めるはずだ」
加盟国代表10「東方交易の関税収入まで含むというのか…?」
加盟国代表11「銀山だけで年5000億は下らぬ。銅を合わせれば…」
加盟国代表12「16兆どころか、100年で倍は回収できるぞ…」
「静粛に! 静粛に──!」
議長が木槌を打ち鳴らすが、欲望に満ちたざわめきに虚しくかき消される。




