緊急特別総会 - Emergency Special Session - 3
◯エンパイア国・アテナイ市・世界連帯構想本部・会議棟・総会ホール(午前会議)
加盟国代表団が一堂に会するための巨大な半円形の総会ホール。
高い天井には幾何学模様の装飾が施され、天窓から差し込む光が議場全体を穏やかに照らしている。
ホール最前方、最上段に議長席。
その真正面、やや下段に演壇が設けられ、
各国代表席がそれらを中心に、放射状に取り囲むよう配置されている。
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開場時間となり、各国の代表団が続々と入場する。
自国の国名標識が置かれた席に着き、あらかじめ配布されていた文書に目を通していく。
議長席に近い中央寄りの前列には、歴代の理事国や大国が並び、後列に、その他の加盟国が連なる。
各国代表席の後方、側壁沿いには、世連事務局の職員が部署ごとに控え、必要に応じて加盟国代表団の案内や連絡対応を行っている。
ステファンも政治部の先輩と共に着席し、速記用のメモを整える。
総務部のルーカスは、進行表や参加国名簿を手に後方の壁際に立ち、全体を見渡しながら、進行に滞りがないか目を光らせる。
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アヴェスとイスマイールには、演壇に近い席が割り当てられている。
「いい席だな」
アッバース国の正装をしたイスマイールが、豪華な装束を揺らしながら従者と共に現れる。
普段はシンプルな装いを好むイスマイールだが、胸元に金の鎖を重ね、ターバンの留め具には大振りのエメラルドが燦然と輝いている。
アヴェス「…凄い格好だな」
イスマイール「ここは、国力を示威する場でもある。
それより、カナン地区の加盟と子供の避難の件、準備はいいか?」
アヴェス「ああ。そっちこそ、借入金の話はできるのか?」
イスマイール「全く問題ない」
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世連事務総長ターハ・マンスールを先頭に、総会議長、副議長、書記官が入場し、ホール最前方へと進む。
中央の議長席に、総会議長が着席する。
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開始時間になる。
議長が壇上で木槌を打つ。
乾いた音がホールに響き渡り、ざわめきが引いていく。
議長「只今より、世界連帯構想・緊急特別総会を開会いたします」
事務総長が立ち上がり、理事会による加盟申請の報告書を読み上げる。
「カナン地区より正式な加盟申請が提出され、理事会はこれを総会に付託しました。
本日は、本件を議題として審議いたします」
議長「それでは議題について、まずバラトール共和国代表、アヴェス君。続いて、アッバース国イスマイール皇太子殿下に発言を許可します。
──アヴェス君、演壇へ」
アヴェス、席を立つ。
議長席の正面に設けられた演壇へ歩み寄り、議長に一礼する。
続いて、静かに前を向く。
議場に列席している加盟国代表団の視線が、アヴェスに集まる。
「事務総長閣下、議長閣下、そして各国代表の皆様。発言の機会をいただき、心より感謝申し上げます」
アヴェス、右手を胸に当て、一礼する。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「私は、バラトール共和国代表、リュケイオン大学学生のアヴェスと申します。
また私は、世界連帯構想の創設者、故・リュケイオン大学名誉教授リートゥス法学博士の息子でもあります」
議場が少しどよめく。
「私の父は、皆さんが加盟されているこの世界連帯構想を設立し、その後の加盟国拡大にも力を尽くしました。
では、父の目的は何だったのか。
その原動力は、どこにあったのか。
ご存知の方は、どれほどいらっしゃるでしょうか」
アヴェス、演壇を取り囲むように広がる各国代表席を、ゆっくりと見渡す。
「平和、共生、繁栄──
これらは、父が世界連帯構想の理念として掲げていた言葉です。
──しかし、父の真の目的は、別のところにあったと、私は考えています」
アヴェス、視線を各国代表席の後方、世連事務局職員たちへと移す。
「私は現在、世界連帯構想事務局でインターンとして働いています。
職員の方と日々接する中で、私は、自身のメシーカ国での体験を思い出しました」
各国代表席の後列に座るメシーカ国代表団へ、視線を向ける。
「──かつて、メシーカ国はアルマダ国によるコンキスタを受けていました。
父はメシーカ国に世連加盟を働きかけ、加盟は実現しましたが、交渉の過程で父は命を落としました。
…父の死から4年後、当時11歳だった私は、メシーカ国を訪れました。
そこには、コンキスタによる破壊の爪痕がまだ生々しく残っていました。
しかし、それ以上に私の目を奪ったのは、瓦礫の上で遊び、駆け回る子供たちの笑顔でした」
アヴェス、翡翠色の瞳を細める。
「満腹になり、安心して眠る事ができて、両親に愛されていなければ、子供は笑顔になりません。
私が見たメシーカ国の子供たちは、笑顔がとても美しく輝いていました。
──これこそが、父が世界連帯構想を設立した本当の目的だったのだと、私は今も確信しています」
アヴェス、一拍置いて、息を吸い込む。
「現在、かつてのメシーカ国と同じく、不当な侵略にさらされている地域があります。
アルテラシア大陸の中東部に位置する、カナン地区です。
カナン地区の住人は、シオン国によって、組織的かつ暴力的な侵略を受けています」
議場の空気が、わずかに張り詰める。
「カナン地区は高い壁によって封鎖され、検問所は閉ざされ、シオン国の軍隊が常時監視しています。
住人は食料の供給を絶たれ、病院を始めとした生活インフラを破壊され、住居を追われ、空と地上から攻撃を受けています。
シオン国の目的は、カナン人の排除。──すなわち、ジェノサイドです」
アヴェス、演壇から各国代表団一人ひとりを見渡す。
「カナン西側地域では、建物の8割が破壊されました。
住民の75%が住処を失い、劣悪な衛生環境の中で、飢えと病に震えています。
犠牲者の8割は民間人。そして──その半数は子供です」
議場のあちこちで、代表団がお互いに顔を見合わせる。
「想像してください。人口のおよそ45%が14歳以下の子供であるこの地域で、今、何が起きているのかを。
親を亡くした子供の半数は、両親を同時に失っています。
手足を切断された者の4人に1人は、これから未来を歩むべき子供です。
餓死者の8割は、ミルクを求める乳児や幼子なのです」
アヴェス、最前列に並ぶ列強の代表団をまっすぐに見据える。
「恐らく、ここにお集まりの諸国の首脳、あるいは大国の代表の方々は、この状況をすでにご存知なのでしょう。
でも、沈黙している。
誰も手を差し伸べない。
手を差し伸べようともしない。
関わり合いになることを避けたいから。
シオン国の反感を買うのを恐れているから。
そして──
カナン地区が消滅したほうが、都合がいいと考えているから」
議場がざわめき、動揺が広がる。
「領土の火種も、宗教の対立も、難民の問題も──カナン人がこの地上から一人残らず消えてしまえば──すべて解決する。
耳を塞ぎ、目を背け、口を閉ざし、カナン地区が消え去るのを待っている」
アヴェス、拳を強く握りしめる。
「──私は、沈黙しない。
ジェノサイドを決して許さない。
救いの手を差し伸べる事を諦めない。
困難な状況に置かれた人々を見捨てない。
カナン地区の子供たちの笑顔と希望を守りたい。
──かつて、私の父が、メシーカ国の子供たちにしたように」
アヴェス、翡翠色の瞳をまっすぐに見開く。
「私とアッバース国イスマイール皇太子は、彼らを不当な侵攻から守るため、
カナン地区の国家承認と、世界連帯構想への即時加盟を、ここに正式に求めます」
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(あいつ、ティボーに負けず劣らず、熱いじゃないか)
議事録の速記を取りながら、ステファン、にっとする。
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アヴェス、あらためて各国代表席を見渡す。
「併せて、各加盟国に対し、カナン地区の子供たちの緊急受け入れを要請します」
「私たちは、カナン地区が再建されるまでの期間、子供たちを生活に適した安全な地域へ移送し、保護する必要があると考えています。
現在、バラトール共和国魔道士協会とアッバース国が受け入れを表明していますが、子供の人数に対し、保護施設は圧倒的に不足しています。
各加盟国による、人道的受け入れを求めます。
──かつて私の父が、メシーカ国の子供たちの手を引いたように、
今度は私たちが、沈黙を打ち破り、カナン地区の子供たちの手を取る番です。
私の発言は以上です。ご清聴、ありがとうございました」
アヴェス、右手を胸に当て一礼し、静かに自席へと戻る。




