首長会合 - Majlis of Sheikhs - 5
◯カナン地区・ハーン・ユーニス県・ハーンユーニス市(夕方)
カリドたち一行、重い足取りで再びハーンユーニス市に戻ってくる。
先頭に、ハサンの担架を運ぶカリドとユスフ、子供たちと女教師たちを挟み、後尾にカースィムの担架を運ぶヤットとミロが続く。
カースィム「…俺はラファフ県から出なくてもよかったのに…」
ハサン「お前のためじゃねえよ。こっちの都合さ。
お前を残して何かあったら、後味が悪ぃんだよ」
街には、シオン軍による攻撃の跡が生々しく残っている。
大通り沿いの店舗や家屋が倒壊し、がれきの山が、そこかしこに積み上がっている。
カリド、テクラに声をかける。
「昨日の攻撃で、病院は患者を受け入れられる状態じゃないかもしれない。
宿を探そうと思うんだが、いいか?
俺たちは野宿もできるが、ハサンさんたちは、もう少しちゃんとした所じゃないと駄目だろう」
ユスフ、半壊した建物を見回す。
「そもそも、宿なんてあるのか…? 宿代も相当上がってるんじゃ?」
カースィムが急に、ごそごそと服の中を探る。
「…あの…、これ…宿代の足しにしてください」
差し出した手のひらに、金の粒が乗っている。
テクラ、驚く。
「こ…これは…!?」
カースィム「俺のものです。侵攻が始まった頃に、親から渡されました」
カースィム、目を伏せる。
「…俺が選ばれたのは、きっと、これを持っていたから」
テクラ「病院の医師方は、知っていたの?」
カースィム「…ナセル病院に着いた時、俺は怪我で昏睡状態でした。
目が覚めたら、服の中に隠していたコレが、枕の下に置いてあったんです。
たぶん、医師が置いたんだと思う」
テクラ、カースィムの手のひらを閉じさせて、押し戻す。
「ありがたいけれど…これは、あなたのために使うべきです」
カースィム、なおも手を突き出す。
「いいんです。俺は、これを持っていたから選ばれたんだ」
テクラ、きっぱりと首を振る。
「いいえ」
カースィムを安心させるように微笑む。
「狭いけれど、私たちのテントで一緒に過ごしましょう」
カースィム、一瞬、怯えたような表情を浮かべる。
カリドが、金の粒を掴む。
「──いや、やっぱり使わせてもらおう。
ユスフ、ヘナン、ライラ。手分けして宿を探そう」
◯ハーンユーニス市・破壊の跡の残るアパート・1DK・外壁の壊れた部屋(翌朝・日曜日)
朝の光が、石造りの部屋の、外壁の代わりに張られた帆布を照らし始める。
ドォン
遠くから響く砲撃音に、ヤット、ハッと身を起こす。
カリド・ユスフ・ミロも同時に体を起こし、顔を見合わせる。
ボォン
バァァン
ハサンとカースィムも、肘をついて身を起こす。
ハサン「…ラファフ県への攻撃が始まったんだ。
ラファフ県とハーン・ユーニス県は隣同士だから、ここまで聞こえるんだな」
カリド「この部屋は外壁がないから、余計にはっきり聞こえますね」
ハサン「壁がないおかげで空いてたんだろ? ラッキーだったな」
カリド、カースィムに、
「お前さんの金のおかげで、話がすぐにまとまった。助かったよ」
カースィム、無言で目を伏せる。
カリド「今日の予定だが、俺とユスフは市場に行って食料を調達するつもりだ」
ハサン「なあ、そのついでに俺をナセル病院に連れてってくれねぇか?
院長たちがどうなったか、心配なんだ」
カリド「じゃあ、午前中は俺とユスフで市場へ行って、午後にハサンさんと病院に行く、でいいですか?」
ハサン「悪ぃな。頼むよ」
カースィム「…俺は行かない」
ユスフ「それなら、ヤットたちと留守番だな」
✕ ✕ ✕
カリド、そわそわし始める。
「…そろそろ、鉢を使いますか?」
ハサン「ああ、そうさせてもらうよ」
カリドとユスフが、浅い鉢をハサンとカースィムの腰の下にあてがう。
「じゃあ、部屋を出ます。終わったら呼んでください」
カリド、隣のダイニングキッチンに通じるドアをノックする。
「みんな、もう起きたか?」
子供たちの元気な声が返ってくる。
「カリドおじさん! 起きてるよ!」
男たち、ハサンとカースィムが用を足せるよう、部屋を出る。
✕ ✕ ✕
◯ハーンユーニス市・市場(午前)
ラファフ県の方角から、くぐもった砲撃音が断続的に響いている。
カリドとユスフ、大通りを抜け、市場の入り口へ向かう。
カリド「昨日、買い出しができなかったのは痛かったな。食材が残っているといいが」
ユスフ「どんな売れ残りでも、絶品料理にしてやるさ。腕が鳴るぜ」
市場の中に足を踏み入れた二人、思わず立ち止まる。
カリド「…なんだ、こりゃ…」
かつてナセル病院に寝泊まりしていた頃に通った店が、ことごとく破壊されている。
石壁とがれきが散乱し、木の屋根がひしゃげ、地面には血のような染みが、あちらこちらに残っている。
カリド「一昨日の砲撃でやられたのか…」
「パン屋もダメになってる…」
ユスフ、砲撃で破壊されたパン屋の前に佇み、低い声で呟く。
「…そうだよな。ベイト・ラヒア市でも、シオン軍は生活に必要な場所から狙っていったじゃないか」
崩壊した市場の片隅で、マットの上にわずかな食料品を並べて、営業を再開している店がある。
豆類、しなびた野菜、砲撃を免れた小麦粉の残り──。
それでも、人だかりができている。
カリドとユスフ、手に入る限りの食料を買い、言葉少なに市場を後にする。
✕ ✕ ✕
◯ハーンユーニス市・破壊の跡の残るアパート・1DK・外壁の壊れた部屋(午後)
ハサン・カリド・ユスフがナセル病院へ出かけた後、女教師たちと子供たちも外出の支度をしている。
ライラが、ヤットとミロを誘う。
「アパートの近所を少し散歩するのだけど、一緒に行かない?」
ヤット「俺は…残るよ」
ミロ「俺は、行こうかな」
女教師たちと子供たち、そしてミロが、部屋を出ていく。
✕ ✕ ✕
皆が出かけ、静かになる。
遠くで鳴り続けるラファフ県の砲撃音だけが、外壁のない室内に響く。
カースィムが、低い声でヤットに声をかける。
「…鉢をくれ」
ヤット「あ…、うん」
ヤット、脚を動かせないカースィムの腰の下に、浅い鉢を差し入れる。
ヤット「俺は隣の部屋に行く。終わったら呼んでくれ」
カースィム、視線を伏せたまま黙っている。
◯破壊の跡の残るアパート・1DK・ダイニングキッチン
ヤット、扉を閉める。
(ハサンさんとカースィムが、最低限でもプライバシーを保てる部屋があって良かった)
ラファフ県で拾ってきたビラを、クシャクシャと揉みながら待つ。
しばらくして、
「…終わった」
カースィムの声が扉越しに聞こえる。
◯破壊の跡の残るアパート・1DK・外壁の壊れた部屋
ヤット、カースィムの体を横向きにする。
揉んで柔らかくしたビラで、尻とその周囲を拭う。
清浄し終えると、
「捨ててくる」
鉢を持って、部屋の外へ向かう。
黙ったまま、暗い目で天井を見つめているカースィム。
✕ ✕ ✕
◯ハーンユーニス市・ナセル病院
担架を持ったカリドとユスフ、そして担架の上のハサン、変わり果てたナセル病院の前で、呆然と立ちつくす。
正門から見える敷地は、がれきに埋もれ、全ての病棟に破壊の跡が残っている。
ハサン「…ひでぇ…」
通りかかった老人が、3人に声をかける。
「この病院は、2日前にシオン軍に滅茶苦茶に壊されちまったよ。
医者に診てもらいたきゃ、ラファフ県かディール・バラフ県に行くんだな」
ハサン、老人の方を向く。
「…じいさん、この病院で何があったか、知ってるのか?」
老人、斜め向かいの建物を指さしながら、
「…ああ。一部始終を見ていた。
うちは、すぐそこなんでな」
ハサン、肘をついて必死に身を起こす。
「院長はどうなった!? 医師たちは? 患者たちは!?」
老人、ハサンをまじまじと見る。
「あんた…、この病院に居たのか?」
ハサン「入院していた。2日前に退避したんだよ」
老人、ゆっくりと目を伏せる。
「院長はな…、連れて行かれたよ…」
ハサン「連れて行かれた!? どこに!?」
老人「さあな…。
医者たちも、裸に剥かれて縛られて…、連れて行かれた…」
ハサン「…か、患者たちは…?」
老人、声を落とす。
「一人残らず殺されて…中庭に埋められていた…。
シオン軍が去った後に、掘り返して埋葬しようとしたんだが…、数が多すぎて、とてもとても…。
…どの遺体も、手足を縛られて…、撃たれた跡や、銃剣で刺された跡があった…。
生き埋めにされたような者も…いた…」
ハサン、言葉を失う。
老人、俯いたまま、小さく呟く。
「…ひどい…。ひどいもんだよ…」
「……」
ハサン、こわばった表情のまま、病院に視線を移す。
「…アフマド…、ムスタファ…、ナビール、…タリク…」
同室で親しくなった者たちの名前を呼ぶ。
「アブドゥッラー…、サーミル…、ファイサル…」
一人一人の顔を思い浮かべる。涙が頬を伝う。
「ちくしょう…、動けねぇ怪我人だぞ…!
なんで殺すんだよ…! 悪魔どもが…!
ちくしょう…、ちくしょう…、ちくしょうー…!!」
病院の残骸に向かって、声をあげて泣き崩れる。




