病院 - Hospital - 6
◯カナン地区・ハーン・ユーニス県・ハーンユーニス市・ナセル病院・門
総攻撃の時が、刻一刻と近づいている。
病院の門の前と敷地の周囲は、シオン国防軍によって完全に封鎖されている。
即席の検問所の前には、セキュリティチェックを受ける避難民と患者の長い列が、途切れることなく続いている。
行列の手前で、子供たちを連れたヤットとミロが待っている。
ハサンとカースィムの担架を運ぶ一行が、ヤットたちに合流する。
テクラ「みんな、お待たせ。こちらが、ハサンさんとカースィムさんよ」
ハサン、片手を軽く上げる。
「よう、ちびっ子たち。ラファフ県までよろしくな」
カースィム、視線を伏せたまま、
「…よろしく」
ヤットとミロが、ライラ・ヘナンと交替して、カースィムの担架を持つ。
女教師たちが子供たちを先導し、セキュリティチェックの列に並ぶ。
ハサンの担架を持ったカリドとユスフ、続いて、カースィムの担架を持ったヤットとミロが並ぶ。
カリド、太陽の位置を確かめる。
「この時間なら、夜にはラファフ県に着けるな」
セキュリティチェックの順番が、ようやく回ってくる。
テクラが代表して、兵士に申告する。
「ベイト・ラヒア市から避難してきた、小学校教諭とその親族です。
この子たちは皆、ベイト・ラヒア市の孤児です」
ハサンとカースィムを指し示し、
「こちらの二人は、ナセル病院の入院患者です。彼らの移動に協力しています」
テクラ・ヘナン・ライラが、順に荷物検査とボディーチェックを受ける。
シオン国防軍兵士1「よし、行け」
門の外を指し、出るように促す。
女教師たち、皆に振り向き、安心させるように笑顔を見せる。
子供たちも、ほとんど形式的な確認だけで通過する。
ハサンの担架を持ったカリドとユスフの番になる。
ハサン、偽装松葉杖をぎゅっと身体に引き寄せ、唾を飲み込む。
シオン国防軍兵士1、ハサンを一瞥する。
「そいつを、地面に置け」
ユスフ、ギクリとする。
「え…」
シオン国防軍兵士1、ユスフを睨む。
「担架を持ったままじゃ、お前のチェックができないだろ」
ユスフ「あ…、ああ…」
「私たちが代わりに持ちます」
ライラとヘナンが門の外から駆け寄り、ハサンの担架をユスフとカリドから受け取る。
ハサン「カースィムより重くて、悪ぃな」
「いいえ、大丈夫です」
ライラとヘナン、ハサンが見咎められなかったことに安堵しながら応える。
ユスフがボディーチェックを受け、背負子の中身も一通り調べられる。
シオン国防軍兵士1、カリドに向かって、人差し指を動かす。
「次はお前だ。背負子をよこせ」
カリド、担いでいた背負子を外し、テーブルの上に置く。
その瞬間──
シオン国防軍兵士1が、カリドの腕を後ろにねじり上げ、足を払うようにして、地面へ引き倒す。
「ぐぅッ」
カリド、顔面から地面に叩きつけられる。
テクラと子供たちが悲鳴を上げる。
シオン国防軍兵士1、カリドの背中に両膝を乗せ、体重をかけて押さえつける。
「ただの避難民にしちゃ、ガタイがいいな…。うまく紛れ込んだつもりでも、そうはいかねぇ」
テクラ「乱暴はやめてください! その人は私の夫です!」
詰め寄るテクラを、シオン国防軍兵士1、睨み付ける。
肺を圧迫されているカリド、かすれ声で、
「テクラ…大丈夫だ…」
ググッ…と、シオン国防軍兵士1がさらに体重をかける。
「おい、木偶、テロリストなんだろ? ん?」
シオン国防軍兵士2が、わざと揺さぶるように、乱暴にボディーチェックをする。
「ったく…、お前らがさっさとカナンから出て行かねぇから、いつまでもこんな事しなきゃならねぇんだよ」
カリドの額が、地面に擦れる。
門の外から、ラマが泣きそうな顔で駆け寄る。
「パパ!」
「カリドおじさん!」
他の子供たちも、カリドと兵士の周りを取り囲む。
シオン国防軍兵士2、なおも執拗にカリドの身体を探っていたが、やがて、舌打ちして手を離す。
シオン国防軍兵士1も、カリドの背中から膝を離し、解放する。
カリド、よろよろと起き上がり、鼻血を拭う。
「パパ…」
ラマが泣きながらカリドの脚にしがみつく。
背負子を調べていたシオン国防軍兵士3、カリドに背負子を押し付ける。
「とっとと行け」
シオン国防軍兵士1、ヤットたちに向かって怒鳴る。
「次! 来い!」
シオン国防軍兵士2、まだ自分たちを取り囲んでいる子供たちに罵声を浴びせる。
「散れ! 犬っころ!」
テクラ、とっさにラマの両耳を塞ぎ、シオン国防軍兵士2を睨む。
カリドが、掌でテクラの表情を兵士から隠すように覆い、そのまま肩を引き寄せる。
テクラの肩を抱いたまま、無言で門の外へ出る。
◯ハーンユーニス市・ナセル病院から少し離れた場所
テクラ、大きく息を吐き、額に手をやる。
「…ごめんなさい。どうかしていました。
彼らを怒らせたら、子供たちが危険な目に遭ってもおかしくなかった。
…あなただって…何も言わずに我慢したのに…」
涙ぐんでいる。
カリド、妻に優しく首を振る。
ハサンの担架をユスフと運んできたヘナン、唇を噛みしめる。
「…子供たちにあんな口汚い言葉を聞かせたくなかったわ」
ハサン、カリドに「あんた、立派だったよ。よく耐えたな」
ユスフ、吐き捨てるように、
「…もし銃を持ってたら、あいつらにぶっ放してた」
カリド、苦笑いする。
「持たせて、悪かった」
ヘナンから担架を受け取る。
カリド、歩きながら呟く。
「…どうして、こうなっちまったんだろうな。
3年前までは、カナン人もシオン教徒も、隣り合わせで協力して暮らしてたってのに…。
いつから彼らは、隣人を悪しざまに罵るようになっちまったんだろう」
◯ハーン・ユーニス県・ハーンユーニス市(昼)
一行、ラファフ県へ向かう避難民に交ざり、黙々と歩く。
ドガァン──
病院の方角から、砲撃音が響く。
皆、一斉に顔色を失う。
ドオオオーン
バァァァン
続いて、パパパパンッ…と一斉射撃の音。
「…う、うぅ…」
担架に揺られながら、ハサンが天を仰ぐ。
「神よ…、院長をお守り下さい…。
…なんでだよ…、なんで院長を攻撃するんだよ…。
あんな良い人、他にいねぇだろ…院長が何したってんだよ…ちくしょう…」
カースィム、硬い表情のまま押し黙っている。
カリドとユスフの脳裏に、最後まで微笑みを絶やさなかった医療従事者たちの姿が浮かぶ。
女教師たち、病院に残っている子供たちの顔を一人ひとり思い返す。
間断なく聞こえる射撃音に、ミロ、視線を落とす。
「…『無事でいて欲しい』なんて…とても言えないね…」
ヤット(…せめて、あの人たちが苦しまないように祈ることしかできない)




