表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
d+d【先行公開版】  作者: Hilde
【先行公開版】第二章 灯火 - Torch -

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/59

病院 - Hospital - 5

◯カナン地区・ハーン・ユーニス県・ハーンユーニス市・ナセル病院・外科病棟・病室


女教師たち、ナジーヤに案内されて外科病棟の病室を訪ねる。

すでに多くの患者が退避したらしく、廊下に寝かされていた患者の姿はなく、病室のマットレスも半分ほどが空いている。


ナジーヤ「ハサンさんです」


両脚に包帯を巻かれた50代ほどの男が、マットレスに横たわっている。

「ラファフ県に居る親族の所へ行きてえんだが、この脚じゃ自力では無理だ。

運んでもらえたら、ありがたい」


テクラ、部屋に残っている他の患者に聞こえないよう小声で話しかける。

「私たちの事情は、ご存知ですか?」


ハサン、にやっと笑う。

「ああ。面白そうじゃねぇか。

あいつら(シオン兵)に一泡吹かせてやろう」


テクラ「感謝いたします」


ハサン、肘をついて、少し身を起こす。

「それで? どう運ぶつもりだ?」


テクラ「銃を背中に隠して、担架に寝ていただこうかと…」


ハサン、顔をしかめる。

「そんなんじゃ、すぐバレちまうよ」


テクラ「えっ…、では、どうすれば…」


ハサン、両手で何かを外すしぐさをする。

「銃ってのは、銃身と銃床が外れるだろ」


続けて、自分の左右の脚を指さす。

「脚の添え木を銃身に替えて、上から包帯で巻いちまえば分からねぇ。1本ずつ、両脚で2丁いける」


さらに、顎で自分の脇を指す。

「銃床は棒を継ぎ足して、即席の松葉杖って言えば、ごまかせるだろ」


ナジーヤ、思わず手を打ち合わせる。

「いいアイデアだと思います。松葉杖は、私のほうで作りますよ」


ハサン「…だが、この方法だと、もう一人、協力者が要る。銃は4丁なんだろ?」


テクラ、ナジーヤに向き直る。

「私たちは、あと一人なら運べます」


ナジーヤ「では、他の方にも声を掛けてみます」


テクラ「ありがとうございます。よろしくお願いします」



◯ナセル病院・中庭(夜)


子供たちと女教師たちがテントで休み、男たちはテントの外で毛布を敷いて寝る。


ドオオオーン!


大きな砲撃音と共に、大地が揺れる。


ヤット、ハッと身を起こす。

カリド・ユスフ・ミロも同時に体を起こし、顔を見合わせる。


ボッォォン!


バァァァン!


周囲の避難民たちも、次々とテントから顔を出し、暗い空を仰ぎ見る。

あちこちのテントから、赤ん坊の泣き声が上がる。


ドォォン!


ガァン!


病院の周囲で、立て続けに砲撃音が響く。

砲撃音の合間に、悲鳴が混じって聞こえてくる。


ユスフの顔が引きつる。

「…あんなのが、ここ(中庭)に落ちたら、ひとたまりもないぞ…」



◯テントの中


薄いテントの布越しに、砲撃音が響き、地響きが伝わる。


女教師たち、暗闇の中で互いの顔を見合わせる。


子供たちも全員目を覚まし、不安そうに周囲を見回す。


「う、うえええん」

恐怖に耐えきれず、ラマが泣き出す。


テクラ、ラマを抱き寄せて背中をさする。

「大丈夫…大丈夫よ…。全ては神の御手(みて)の中よ」


女の子たちが女教師たちにしがみつく。

男の子たちも不安そうに互いに身を寄せ合う。


激しい砲撃音と地響きが続く中、誰も一言も喋らず、ただ夜が明けるのを待ち続ける。



◯ナセル病院・中庭(翌朝)


朝の光が、中庭のテント群を照らし始める。



◯ナセル病院・周辺


避難民たちが目を覚ます頃、

病院の門の前に、シオン国防軍の追加部隊が続々と集結している。



◯ナセル病院・病棟・2階(午前)


退避のための身支度を終えた女教師たちと、カリドとユスフが、足早にナースステーションへ向かう。


渡り廊下の窓越しに、パンッ、パンッ、と乾いた銃声が響く。


思わず足を止めた一同、2階の窓から見下ろす。


病院の門の前から周辺にかけて、シオン国防軍が完全な包囲網を敷いている。

銃を構えたシオン兵が、病院に近付く者に威嚇射撃をしている。

昨夜の砲撃で重傷を負った住民たちが、病院に入れないまま追い返されていく。


門の内側では、即席の検問所の前に避難民と患者の長い列ができている。


「もたもたするな!」

兵士の怒鳴り声が響く。


テクラ「…私たちも、急がないと」



◯ナセル病院・外科病棟・病室


一同、ナジーヤに案内されて外科病棟の病室を訪れる。

昨日のうちにまた患者が退避したらしく、残っている患者も2割ほどに減っている。


すでに担架に乗せられ、準備の整ったハサンが、テクラたちに手を上げる。

「よう。今日は、よろしく頼むな」


ハサン、銃床を仕込んだ偽装の松葉杖を両脇に抱え、両脚は真新しい包帯に包まれている。


ハサンの側には、病院長と男性医師1が立っている。


病院長「私が処置しておきました。外から見ただけでは、まず分からないでしょう」


テクラ、うなずく。

「ええ。全く分かりませんね」


カリド、胸に手を当てる。

「心から感謝します」


男性医師二人が、若い青年を担架に乗せて、病室へ入ってくる。傍らに女医が付き添っている。

若い青年、ハサンと同じように偽装の松葉杖を抱え、両脚を包帯で固められている。


ナジーヤ「もう一人の患者さんです。17歳のカースィムです」


カースィム、テクラたちを見ると、視線を落とす。

「今からでも、人を代われませんか? 俺は出なくてもいいんですから」


テクラ「えっ…」


女医が、穏やかだが有無を言わせない声で言い聞かせる。

「条件に合う患者さんの中で、あなたが一番若いの。皆で決めたことよ」


「…その分、長く苦しむってことだろ…」

暗い目でボソッと呟き、カースィム、顔を背ける。


カースィムの様子に戸惑うライラとヘナンに、男性医師たちが無言で担架を託す。


病院長「この子を、どうかよろしくお願いします」


テクラ、声を落として病院長に尋ねる。

「あの…、院長先生や医師(せんせい)方は…いつこちら(病院)を退避なさるおつもりなのですか…?」


ハサン、我が意を得たりとばかりに口を挟む。

「ほら、院長、言われちまったじゃねぇか。今からでも遅くねぇ。皆で一緒に出ようぜ」


病院長、穏やかに、だが、きっぱりと断る。

「当院は、私の祖父の代から60年以上、地域の人々を診てきました。患者さんが居る限り、私はこの病院を去ることはできません。…私は最後まで診察衣を脱ぎません」


カリド「え…、…それは、退避しない、ということですか?」


男性医師1、静かに微笑む。

「私たちが病院を去ったら、患者さんは誰に診てもらえばいいのでしょう。

患者さんには、適切な医療を受ける権利がありますから」


男性医師2「全ての患者さんが安全に退避できたなら、我々も病院を去ります。それまでは、病院に留まり患者さんの治療を続けます。これは人道的使命です」


女医「当院には女性の患者も多く残っています。マジディーヤ(女性のディーン教徒)の診察は、女医でなければできません。

医療が必要とされている限り、私たちは病院を離れません」


ユスフ「…でも…、ここ(病院)に居たら…シオン軍に攻撃されますよ…」


男性医師3、少しだけ視線を伏せて答える。

「…人間(ひと)として本当に大切なことは、私たちを必要としている人たちを、決して見捨てないことなのだと、私は信じています」


ナジーヤ、笑顔で小さくガッツポーズをしてみせる。

「こんな状況だからこそ、患者さんの(そば)にいないと」


皆が、穏やかな微笑みを浮かべ、瞳に強い光を湛えている。


テクラ、震える声で胸に手を当てる。

「…どうか、神が皆さまに慈悲と守護をお授けくださいますように。

皆さまの行いが、必ずや御前に受け入れられますように…」


 ✕ ✕ ✕


「短い間でしたが、お世話になりました。皆さまのご無事を、心からお祈りしています」

女教師たちが、病院長や医師たち、ナジーヤに別れを告げる。


カリドとユスフが、ハサンの担架を持ち上げる。

一同、後ろ髪を引かれる思いで病室の出口へ向かう。


病院長が呼び止める。

「…ああ、一つだけお願いしてもよろしいですかな?」


テクラ、振り返る。

「はい。一つだけと言わず、いくらでもおっしゃってください」


病院長「もし、誰かに私どものことを問われたら、こう伝えてください。

私どもは人間(ひと)としての責務を選び、人道的使命に従って、ここに留まったのだと。

言葉だけで『人道』を語る者たちより、私どもは、行いによってそれを示したのだと。

医師としての崇高な使命を放棄せず、その結末を神に委ねたのだ、と」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ