加盟申請 - The Submission - 3
◯シオン国・エルサレム市・首相官邸・会議室
シオン国防軍司令官、慌てて言い繕う。
「前線には民兵上がりの兵も多く、教育が行き届いていない面は確かに…」
司令官が言い終わらないうちに、シオン国防相エフラム・ハザノフ、怒りの声を上げる。
「我が軍を貶める讒言など容認できん! シオン国防軍は世界で最も道徳的な軍隊だ!
兵士らが残虐行為に及んでいるなどと中傷を広める者は、シオン国防軍の軍服を着る資格などない!」
シオン国首相イツハク・ベンダビッドも、低く鋭い口調で続く。
「流言を吹聴することは、我が国への反逆行為に等しい」
スパルタ国傭兵部隊隊長、青くなって何か言いかけ、しかし飲み込む。
唐国仙道士部隊隊長、表情を悟られぬよう卓上へ視線を落とす。
シオン国防軍主席祭司エイラム・カリマン、静かに手を組む。
「…たとえ、それらの行為が実際に行われたとしても、問題はありません。
テロリストを人間として扱う必要はありません。彼らは結局、動物なのですから。 我が国防軍の兵士は、敵を挫いただけのこと」
国防相、強く頷く。
「そうだな」
傭兵部隊隊長、なおも食い下がる。
「しかし…、捕らえられた者の中には、子供や女性──テロリストとは呼び難い者も居ます。 彼らにまで暴行を加えるのは、いかがなものかと」
軍主席祭司、冷ややかに返す。
「兵士の士気を保ち、戦闘能力を維持するためならば、カナン人で欲望を満たすことは赦されます」
シオン国家治安相レオニード・カプラン、肩をすくめて大げさに手を広げる。
「全くその通りだ。敵には何をしても構わん。そんな連中を屈服させた兵士こそ、最高の英雄ではないか」
傭兵部隊隊長、再び口を開きかけるが、この国の閣僚には届かないと悟り、虚しく口を噤む。
仙道士部隊隊長も、視線を落としたまま置物のように動かない。
◯首相官邸・会議室前の廊下
軍議が終わり、一同が廊下に出る。
カストルム共和国営業ヨハン、国防相の背に静かに近づき、囁く。
「ハザノフ国防相、先ほどはお耳障りな発言があり、誠に失礼いたしました。
傭兵部隊隊長は、こちらで速やかに人員を差し替えます。
後日、伝令の増員の件と併せて新たな契約書をお持ちいたします」
国防相、足を止めずにヨハンを一瞥し、
「…うむ。頼んだぞ」
ヨハン、頭を下げ、その背中を見送る。
✕ ✕ ✕
◯エンパイア国・アテナイ市・リュケイオン大学・応接室(翌日・放課後)
エンパイア国の学術の中心都市、アテナイ市にあるリュケイオン大学。
授業を終えたイスマイールが、従者を伴って応接室へ入ってくる。
「待たせたな。講義が長引いた」
応接室の椅子に座っていた2人の男が立ち上がる。
カストルム共和国営業ヨハンと、幅広い袖の白い長衣をまとった唐国人。
ヨハン、胸に手を当て恭しく一礼する。
「とんでもございません、皇太子殿下。お忙しい中お時間を賜り、誠に恐れ入ります」
続けて隣の男を紹介する。
「本日は、唐国の仙門より、仙道士を同行しております」
仙道士、右手の拳を左手で包む拱手礼をし、唐語訛りの残るエスペラント語で挨拶する。
「皇太子殿下、お目にかかり光栄に存じマス。仙道士シュアンミンと申しマス。唐国仙道士部隊の渉外を担当しておりマス」
イスマイール「うむ。今日はよろしく頼む」
✕ ✕ ✕
ヨハン、黒革の鞄から最新の兵器カタログを取り出し、卓上に並べ始める。
イスマイール、手を上げて制する。
「武器なら足りている。今日は仙道士部隊の話を聞きたい」
ヨハン、笑みを崩さず、銃のカタログを広げる。
「そう仰らずに…。こちらの新型銃など、いかがでしょうか。現在、我が国とシオン国防軍の特殊部隊にしか配備されておりません」
「…ほう」
イスマイール、〝シオン国防軍〟の言葉に反応する。
ヨハン、その機を逃さず、
「この銃は画期的な装填方式により、射撃速度、射程ともに従来品を大きく上回ります」
さらに声を落とし、
「僭越ながら、戦術的な観点のみを申し上げますと、殿下の軍がこの銃を装備なされば、例えアッバース国軍といえど容易には対処できないかと」
「…面白いことを言う」
イスマイール、片頬を上げる。
ヨハン、意味ありげな笑みを返す。
イスマイール、椅子の背もたれに体を預けてしばし思案し、
「ならば、2週間で1万丁、納められるか?」
ヨハン、非常識な要求に思わず声を上ずらせる。
「い、1万…、それを、2週間で、でございますか?」
イスマイール「カストルム共和国は軍需産業が国家の柱であろう。相応の在庫があるのではないか?」
ヨハン「在庫自体はございますが…、なにぶん最新式につき、大量生産体制が整っておりません。現時点で即納できるのは1,300丁が限度です。不眠不休で増産しても、3週間後に3,000丁。それ以上となりますと品質保証が難しくなりますので、残りは段階的な納品とさせていただきたく…」
渋い顔をするイスマイールに、
「加えて、新型銃は従来品と仕組みが異なるため、導入訓練には最低でも1か月は必要となります。
生産と訓練を並行する形でお考えいただくのがよろしいかと」
イスマイール、額に手をやる。
「では、こうしよう。現物が軍に行き渡らぬうちは、我が国の士官を貴国へ留学させ、基礎訓練を受けさせよう。
1週間で仕上げられるか?」
ヨハン、慎重に言葉を選ぶ。
「殿下…通常、移行訓練は最低でも2、3か月は要します」
イスマイール、さらに迫る。
「優秀な者を送る。基礎の射撃・整備・運用だけでよい」
ヨハン、小さく息をつき、折れる。
「…では、必要項目を習得次第修了するという契約でいかがでしょうか。それでも3週間はかかるとお考えください」
イスマイール、短くうなずく。
「…よかろう」
✕ ✕ ✕
イスマイール、カタログから視線を外し、仙道士部隊渉外担当シュアンミンへ向き直る。
「仙道士部隊の話を聞きたい。
1万の軍隊を空中に浮かせて移動させると、いくらになる?」
シュアンミン、丁寧に答える。
「1万デスか、兵のみで、およそ10億ディルハムになりマス。軍馬も加えるなら、その10倍は必要になりマス」
イスマイール「10億!? 魔道士協会は3億でできると言っていたぞ」
シュアンミン、ぐっと詰まるが、
「…我々は戦場で活動しマス。その分、単価が上がるノデス」
イスマイール、即座に切り替え、
「では、3億で何ができる? 兵の周囲に魔法の壁を作ることはできるか?」
シュアンミン「壁…デスか。壁を張れる者はおりマスが、現在は他国で従軍中デス」
ヨハン、静かに口を挟む。
「殿下、いつ頃のご入用か、教えていただけますか?」
イスマイール「…まだ正式に決まっておらぬ。だが、2週間以降の予定を知りたい」
ヨハン、丁寧に説明を重ねる。
「殿下、新型銃の移行訓練に最低3週間、軍全体への展開と訓練に更に1か月は必要となります。
仙道士の配備も、おそらくその頃が現実的かと存じます」
イスマイール「急を要する事態になるかもしれぬのでな。仙道士部隊をいつ動かせるか把握しておきたいのだ」
ヨハン「…承知いたしました。該当の仙道士のスケジュールを確認し、追ってご連絡差し上げます」
イスマイール「うむ。待っているぞ」
ヨハン、深く頭を下げながら、
(…アッバース国を二分する〝兄弟喧嘩〟は2か月を待たずに勃発する、ということか)




