シオン国 - State of Sion - 5
◯シオン国・エルサレム市・首相官邸・玄関前
官邸の外で待機しているルイ。
紫色の花の街路樹に寄りかかり、通りを行き交うシオン国の住民を眺めている。
5月の陽光の中を、恋人同士や親子連れが笑いさざめきながら歩いている。
ルイ(この人たちは、自分の国が隣のカナン地区に砲撃や侵攻をしていることを知っているのだろうか)
カナン地区の住民の張り詰めた表情を思い出し、ルイ、複雑な気持ちになる。
✕ ✕ ✕
首相官邸からアヴェスたちが出てくる。
ルイ、アヴェスたちのもとに向かう。
アヴェス、一行から離れてルイに駆け寄る。
「叔父さん、俺たち、これからスデロット市に移動するんだ。戻るまでもう少し待ってもらえる?」
ルイ「わかった。気を付けて」
アヴェス「うん」
アヴェスたち、シオン国防相とカストルム共和国営業ヨハンと共に、馬車に分乗して出発する。
✕ ✕ ✕
ルイ、アヴェス達の気を 探索で追いながら、シオン国とカナン地区の住民の気も 探索する。
シオン国は国土の広さに比べて人口が少ない。適度な間隔で気が点在し、人々がゆったりと暮らしている様子がわかる。
シオン国とは対照的に、カナン地区は狭い場所に多くの人がすし詰めになっている。
カナン地区の北部では、砲撃を逃れたわずかな建物に人々が集中している。
カナン地区の南部は、明らかに人口密度が高く、臨時の難民キャンプが各地に形成されているのがわかる。
(あのような過密状態では、通常の暮らしを送ることは難しいだろう)
ルイ、暗い表情で目を閉じる。
◯シオン国・スデロット市・小高い丘
アヴェスたち、カナン地区が見晴らせる高台に案内される。
国防相、イスマイール、ヨハンが並ぶ。後方に従者、ニザーム、アヴェスが控える。
国防相、カナン地区の方向を指し示す。
「ここからカナン地区がよく見えるのです」
シオン国から続く更地の緩衝地帯の先に、カナン地区を囲む焼成レンガの壁がそびえている。その壁の向こうに、びっしりと建物が並ぶカナン地区の街並みが見渡せる。
ヨハン、国防相の許可を仰ぐ。
「ハザノフ国防相、今からよろしいでしょうか?」
国防相「うむ」
ヨハン、イスマイールに向き直る。
「皇太子殿下、今日はシオン国の記念日で戦闘は行われていないのですが、今だけ特別にご覧いただきます」
アヴェス「えっ? まさか攻撃するのか!?」
ニザーム「シッ、アヴェス殿」
口に指をあててアヴェスを窘める。
ヨハン「今から、カナン地区にある軍事拠点に攻撃を行います」
右手前方に手を伸ばす。
「皇太子殿下から見て右手、2時の方向から来ますので、よくご覧ください」
ヨハン、手に持っていた小旗を、右斜め前へ高く掲げる。
しばらくすると、2時方向から白い玉のようなものが打ち上がり、カナン地区に吸い込まれていく。
カナン地区から白煙が上がる。
バァァァン
爆発音が届く。
「!!」
◯シオン国・エルサレム市・首相官邸・玄関前
街路樹に寄りかかっていたルイ、はっと顔を上げる。
カナン地区の人口密集地帯で気がいくつか消えたのを感じ、青ざめる。
◯シオン国・スデロット市・小高い丘
アヴェス、ヨハンに掴みかかろうとするが、ニザームが腕を強く引いて押し止める。
国防相、満足そうにパンパンと手を叩く。
「いつ見ても素晴らしい」
国防相、イスマイールに「普段の攻撃では、一度に十数発を撃ちます」
ヨハン、残念そうに「本日でなければご覧いただけたのですが…」
イスマイール、冷静さを装い尋ねる。
「他国の者が来る度に、こうして披露しているのか?」
ヨハン、笑みを浮かべて答える。
「ご要望があれば」
イスマイール「今までに、どの国に見せた?」
ヨハン「それは…、我々には、守秘義務がありますので…。ただ、西側の国が多いですね」
イスマイール「なるほど」
イスマイール、噴煙に目を凝らす。
「随分と飛距離のある大砲だ。シオン国が開発したのか?」
ヨハン「いいえ。当方が開発したものです。射程距離は自由自在、68ポンド砲よりも大きな破壊力があります」
イスマイール「…ほう。最大射程距離は何キロだ?」
ヨハン「何十キロメートルでも」
イスマイール「一体、どのような仕組みだ?」
ヨハン「魔法でございます」
イスマイール「魔法?」
ヨハン「我々は唐国の仙道士と提携しております。今の砲撃は、仙道士の魔法によるものなのです」
イスマイール「魔法の大砲か!?」
ヨハン「左様でございます」
イスマイール、食いつく。
「仙道士とは何者だ? 魔道士とは違うのか?」
ヨハン「両者とも魔法使いですが、仙道士は唐国に属する者、魔道士はバラトール共和国の魔道士協会に属する者を指します。
大きな違いは、戦場に立つかどうか、です。
魔道士は協会の掟により、いかなる戦争にも関与しません。一方、唐国の仙道士は皇帝直属の禁軍に仕える軍人であり、実戦に参加します。
我々はその唐国と独占契約を結び、仙道士の派遣を請け負っているのです」
イスマイール「仙道士…。そのような者が存在するとは…」
ヨハン、すかさずイスマイールに営業をかける。
「我々カストルムには3つの特徴があります。スパルタ国の屈強な兵士、唐国の仙道士の魔法、我がカストルムが開発した最新兵器。これらにより、大国の軍隊さえ打ち負かす軍事力を提供いたします。
特に、仙道士の魔法攻撃は一人の兵士の何倍もの破壊力があり、その効果はこの度の戦闘で大いに実証済みでございます。
傭兵や武器を斡旋する組織は数あれど、仙道士部隊を提供できるのは、我がカストルムだけでございます」
ヨハン、名刺入れから名刺を取り出し、イスマイールに差し出す。
「ご入用の際は、是非ともお声がけ頂きたくお願い申し上げます」
イスマイール「よし、一度話を聞こう」
アヴェス、咎める。
「皇子!?」
イスマイール、ヨハンから名刺を受け取る。
「エンパイア国のリュケイオン大学に、俺を訪ねて来い」
ヨハン、恭しくお辞儀をする。
「畏まりました」
◯シオン国・エルサレム市・首相官邸・玄関前
アヴェスたちを乗せた馬車が首相官邸の玄関前に到着する。
アヴェスたち、馬車を降りて国防相に挨拶し、別れを告げる。
ルイの元に戻りながら、アヴェス、イスマイールを問い詰める。
「おい、どういうつもりだ? なんで武器商人なんかと取引をする!?」
イスマイール「戦場に魔法使いを出せるのが良い」
アヴェス、カッとなる。
「お前もあんな事をしたいのか!? 武力で相手を制圧するような真似を!?
為政者なんて、外交だ何だと取り繕っても、本音はシオン国と同じだな!」
イスマイール、落ち着いた声で「火は、温めもすれば焼きもする。使う者次第だ」
なおも言い募るアヴェスを制して、
「それより、今日中に、世連にカナン地区の加盟申請書を提出してくれ」
虚を突かれたアヴェス「…今日は日曜日だから、明日な」
イスマイール、目を細める。
「明日提出するとして、…滞りなく進めば、翌週に理事会の特別会合、翌々週に緊急特別総会、か」
アヴェス「ああ」
イスマイール「その緊急特別総会で決着をつけたい。
俺は、カナン地区の建国宣言と借入金について話をする。
カナン地区の世連加盟と子供の避難の話は、お前がしろ」
アヴェス「…俺が? 世連の総会で?」
イスマイール、呆れた顔で「今さら何を言う。お前が始めた事だろう」
アヴェス、首長会合での苦い記憶が蘇る。
「…俺の話に加盟国の代表が納得してくれるかな…」
イスマイール、アヴェスを見据える。
「世連創設者、故・リュケイオン大学名誉教授リートゥスの息子、アヴェス。お前には、お前だけが持つ特別な切り札がある。父の名前でも功績でも何でも利用して、加盟国に賛成票を投じさせろ」
アヴェス、唾を飲み込む。
「…わかった」
イスマイール、瞳が燃えている。
「忙しい30日間になるぞ。大学に断っておかんとな」
前を向いて足早に歩き出す。
アヴェス「…そうだな」
歩調を速め、イスマイールに肩を並べて歩いていく。




