シオン国 - State of Sion - 4
◯シオン国・エルサレム市・首相官邸・応接室
シオン国防相エフラム・ハザノフ、ゆっくりと立ち上がり、軍式に敬礼する。
「皇太子殿下、シオン国防相エフラム・ハザノフです。私からも、我が国の立場を申し上げます」
国防相、敬礼を解くと両手を前で軽く組み、落ち着いた声で話し始める。
「『シオン国防軍が計画的に大量虐殺を行っている、あるいは政府がそれを黙認している』という主張は、事実とは異なります。
我々の行動は、家族と国家を守るための防衛行為であり、一般市民を標的にする意図は全くありません」
国防相、言葉を選ぶように一呼吸置く。
「我々は、国家の存続をかけた交戦状態にあります。
我々は平和を望んでいますが、我々の消滅を狙う残忍なテロリストから幾度となく攻撃を受け、自国の防衛を余儀なくされているのが現状です。
シオン国防軍は世界で最も道徳的な軍隊です。
対テロ作戦を実施する際には、民間人の犠牲が最小限に抑えられるよう指令を出しています。女性や子どもが確認された場合は攻撃を中止する権限を現場に与えており、意図的な殺害は断じて行っていません。
さらに、報復攻撃の前には、大量のビラを投下して避難を促すなど、警告措置も取っております。
しかしながら、カナン地区のテロリストとその支援者が同胞を人間の盾として用いる戦術を採るため、民間人が巻き込まれる事態も生じています。我々はその被害を最小限に抑えるべく尽力していますが、完全には防げないのが現実です」
国防相、目を少し伏せてから再びイスマイールを見据える。
「皇太子殿下、シオン国は平和を愛する国です。時には我々は力を示すこともありますが、それは選択ではなく、他に選択肢がないからです。何故ならカナン人がシオン教徒を殺すと誓っているからです。
世界は屠殺される者に同情しません。世界が敬意を払うのは、最後まで戦う者だけです。
我々は三千年続くシオン教徒の生存をかけた戦いに勝利しなければなりません。降伏も撤退も選ばない──それが我々の立場です」
国防相、ゆっくりと前に一歩踏み出し、言葉を結ぶ。
「皇太子殿下、強くあらねば生き残れない我々の事情を、どうかご理解ください」
国防相、最後に軽く顎を引き、席に戻る。
イスマイール、手を組み、問いかける。
「シオン国の立場は理解した。
して、シオン国の防衛行動はどうなれば止むのだ?」
国防相「我々がテロリストに打ち勝ち、カナン地区が非武装化し、新しい安全保障が確立されれば、部隊の段階的縮小を検討します」
イスマイール「カナン地区の住民が抵抗運動を止めれば、シオン国も行動を止めるということか?」
国防相「カナン地区のテロリストが停戦に合意すれば、我々は対応を緩和します。しかし、我々は安全保障は手放しません。カナン人が武器を置けば平和が訪れますが、シオン教徒が武器を置けばシオン国は消滅するからです」
イスマイール「安全を保障するために、具体的にどうするのだ?」
国防相「カナン地区は、我々が選んだカナン人と我々が招聘した国際的な専門家で構成された、新たな暫定機関で統治します。我々が制圧した地域から優先的に再建を進め、カナン地区の再開発を行います。
同時に、安定化部隊を新設し、カナン地区に速やかに展開して、テロ再燃の防止と治安回復を図ります」
ニザームに足を踏みつけられたままのアヴェス、
(カナン地区から主権と治安権限を取り上げるのか? 事実上の併合じゃないか)
イスマイール「その形が、シオン国が目指す〝カナン人との平和な共存〟か?」
国防相「その通りです」
◯首相官邸・応接室前の廊下
会談が終わり、首相や閣僚らに見送られて、一行、イスマイールを先頭に廊下に出る。
柱の陰に控えていた中年の男が、一歩前に出て帽子を胸に当て、恭しく一礼する。
濃紺のフロックコートに控えめな灰色のクラバット。使い込まれた黒革の鞄を下げている。
黒革の鞄の男、見送りに出ていた国防相に声を掛ける。
「ハザノフ国防相、差し支えなければ、皇太子殿下に我が国の商品をお見せしたいのですが…」
国防相、含み笑いを浮かべる。
「またか。抜け目のない」
男、笑みを返す。
「せっかくの機会ですから」
国防相、イスマイールに男を紹介する。
「皇太子殿下、この者はカストルム共和国の営業代表です。
我が国では、同国の傭兵および兵器を広く採用しております」
男、胸に手を当てイスマイールに一礼する。
「イスマイール・イブン・ハーリド殿下、お目にかかれて大変光栄に存じます。殿下のご聡明は我が国にも伝わっております。
カストルム共和国攻城部営業ヨハンと申します。
もしお時間をいただけるならば、我がカストルムの最新兵器をご覧に入れたいのですが…」
国防相、口添えをする。
「シオン国防軍が敵なしであるのも、彼らの貢献によるところが大きいのは確かです」
イスマイール「そうか。よい機会だ。見せてもらおう」




