シオン国 - State of Sion - 3
◯シオン国・エルサレム市・首相官邸・応接室
シオン国首相イツハク・ベンダビッド、立ち上がる。
「皇太子殿下、シオン国建国の必然性を説明させてください」
首相、ややくぐもった低い声で語り始める。
「皇太子殿下、シオン教徒は、世界で最も悲惨な歴史を歩んできた民です。
我々はカナンの地から強制的に追放されたのち、逃れた先の西側諸国で差別と憎悪の対象となり、過酷な時代を生きてきました。
土地の所有を禁じられ、職業組合を追放され、指定された区域に隔離され、移動の自由を奪われ、幾度となく迫害を受けました。
我々の罪はただ一つ、シオン教徒であることでした。
繰り返される組織的な襲撃、略奪、虐殺──改宗を拒めば虐殺、流言飛語によって虐殺、政情が乱れれば虐殺。
さらに、シオン教徒識別標の着用義務、遺産と財産の没収、異端審問、強制改宗、追放令…。
我々は幾度も国を移り、安息の地を求めました。しかし、庇護を約束されたはずのルーシ帝国でも同じ運命が待っていました。同化を望み、友好を求め、努力を重ねた我々を、共生していた隣人たちが襲撃したのです。その時も、助けの手を差し伸べる者は誰一人としていませんでした」
首相、ぐっと拳を握る。
「迫害の歴史の中で、我々は国を持たぬ者がどのように扱われるかを身をもって学びました。
そして、生命と信仰、尊厳、自由、生活の権利を守るためには、シオン国家の建設しか道はない──その結論に至ったのです」
首相、真っ直ぐイスマイールを見据える。
「以上が、シオン国建国の必然性です」
イスマイールが静かに頷くと、首相、さらに言葉を続ける。
「建国以来、我々は離散したシオン教徒に呼びかけています。
移民と建国の仕事のためにシオン国に結集し、何世代にもわたる夢の実現──すなわち、神の贖いを成し遂げる偉大なる闘争に共に立ち上がるように、と」
軍主席祭司エイラム・カリマン、大きく頷きながら聞いている。
首相「我々は平和と善き隣人であるために近隣諸国の政府と国民に手を差し伸べています。祖国に入植した主権を持つシオン教徒と協力および相互扶助の絆を樹立するよう呼びかけております。
そして、アルビオン王国をはじめとする西側諸国も次々にシオン国を承認しました。彼らは、我々が移民を呼び寄せる際には協力を惜しまないと約束しています」
イスマイール「…そうであったか」
深く頷きながら額に手をやる。
(──西側諸国は体のいい厄介払いをしたな)
イスマイールの後方で、従者、ニザームと並んで控えていたアヴェス、声を上げる。
「ベンダビッド首相、あなたがたの苦難の歴史に深く同情し、その建国の志も理解いたしました。しかし、カナンの地には古くからカナン人が住んでいます。彼らを武力で追放して国を建てたことを、あなたはどのようにお考えでしょうか?」
首相、少し驚いたようにアヴェスに目を向ける。
「移住したカナンの人々は、自発的に移住したのです。
シオン国は、宗教、人種、性別に関わらず全ての住民の完全に平等な社会的、政治的権利を保証し、全ての宗教の聖地を保護しています。ですから、シオン国にはカナン人も大勢住んでいます。
悲しいことに、一部のカナン人は我々に敵意を抱き、シオン国が独立を宣言した翌日から、テロ攻撃を仕掛けてきました。移住したカナンの人々は、テロリストが自由に行き来できるよう、自発的に住居や村を明け渡したのです」
隣に立っているニザームがアヴェスの足を靴の上から強く踏んで思い留まらせようとするが、アヴェス、反論する。
「自発的ではありません。武力攻撃を伴う強制的な移住です。一つの街を破壊するほどの無差別攻撃で大勢の住民が死傷しています。被害者のうち7割が女性と子供です」
シオン国家治安相レオニード・カプランが立ち上がり、口をはさむ。
「殺された子供はテロリストだったのだ。カナン地区に民間人はいない。全員がテロリストなのだ。我々の防衛行動を悪の侵略と決めつけないでいただきたい」
「な…っ」
アヴェス、気色ばむ。
シオン国防相エフラム・ハザノフが、その場を収めようとして発言する。
「我々は報復攻撃の前に必ずビラを撒いています。その上で戦闘地域に留まりシオン国防軍に敵対する者は、テロリストとその支援者とみなされても仕方がありません」
アヴェス、再び口を開きかけるが、イスマイールが鋭く制する。
「控えよ」
イスマイール、シオン国の閣僚たちに向かって頭を下げる。
「最近召し抱えたばかりの者でな。私の監督不行き届き、誠に面目ない。不愉快な思いをさせたこと、深くお詫び申し上げる」




