シオン国 - State of Sion - 1
◯カナン地区・北の検問所(日曜日)
アヴェス・イスマイール・イスマイールの従者・ニザーム・ルイ、カナン地区から検問所に近づく。
検問所にはテーブルが置かれ、警備兵が椅子に座っている。
警備兵、フスハー語で声を掛ける。
「カナン人か?」
ニザーム「いいえ、私たちは違う」
ニザーム、前に出る。
「こちらは、偉大なるアッバース国の皇太子、知識と勇気の守護者、イスマイール・イブン・ハーリド殿下である。皇太子殿下は見聞を広げるために諸国を巡遊されており、この度、シオン国の指導者との面会を希望されている。その旨、上官へ伝達されたい」
途端に警備兵、鋭い視線でイスマイールとニザームの身なりをジロジロと確かめる。
「しばらくお待ちを」
警備兵、上官に報告に行く。
アヴェス「王族って身分、使えるな」
イスマイール、ふふんと笑う。
「そうだろう」
◯シオン国・エルサレム市・新市街
一行、シオン国が用意した馬車で、舗装された広い道路を進む。
道路の舗装に使われているベージュがかった石灰岩は、真新しい建物にも使用されており、街全体に統一感をもたらしている。
街路樹にはカナン地区と異なる植生の植物が植えられ、紫色の花が今を見頃に咲き誇っている。
通り沿いの商店はシオン語の看板が掛かり、カフェや屋台が賑わっている。
歩道を行き交う人々の服装は様々で、軍服の袖を捲り上げた若者、黒ずくめの服の男たち、買い物袋から花やパンを覗かせているスカーフを被った女たち、大荷物を抱えた西側諸国からの移民らしき家族も行き交っている。
街の各所で、最新式の銃を持った警備兵がパトロールをしている。
イスマイール「カナン地区とは景観が全く異なるな…」
警護のために騎馬で並走している警察高官、胸を張る。
「この地を取得してから我々が整備しました。
聖地のある旧市街は昔ながらの街並みを残してあるので、もう少し道が入り組んでいますよ。
ああ、見えてきました」
◯エルサレム市・旧市街近く
丘の上に差し掛かると、歴史を感じさせる古い建物群の尖塔と、黄金の丸屋根が見える。
時を同じくして、前方から大合唱が聞こえてくる。
シオン教徒1「シオンの民は生きている!」
シオン教徒2「カナン地区を破壊しよう!」
シオン教徒3「奴らの預言者は死んだ!」
手に手にシオン国の旗を持った大集団が見えてくる。
シオン教徒4「カナン人に死を!」
シオン教徒5「あいつらの村を焼き払え!」
シオン教徒たちが声を合わせて叫び、旧市街の門に向かって続々と集まり行進している。
集団の中心では、歓声を上げ指笛を吹き鳴らし、肩を組んで飛び跳ねている若者たちがいる。
皆一様に高揚した表情をしている。
ニザーム「あの者たちは…?」
警察高官「今日はシオン国の記念日なのです。故郷を追放されて流浪の民だった我々が、聖地を奪還して独立を宣言した記念日なので、行進して祝っているのです」
集団から少し離れた場所で、恰幅のいい男が手を振っている。男に気付いたシオン教徒たちが大きく手を振り返している。
「レオニード・カプラン国家治安相です」
警察高官、国家治安相に向かって敬礼する。
国家治安相、警察高官に気付き答礼する。
「そちらは?」
警察高官「はっ、アッバース国皇太子イスマイール・イブン・ハーリド殿下御一行でございます。これから首相官邸にて首相と面会されます」
国家治安相、車中のイスマイールに胸に手を当て挨拶する。
「私も同席しよう」
◯エルサレム市・首相官邸前
直線的でモダンな外観に、赤く塗られた壁が印象的な建物の前で、馬車が停まる。
アーチ型の玄関の前には、シオン国の国旗がはためいている。
警察高官「首相官邸です」
◯首相官邸・玄関前
出迎えた職員、エスペラント語で「皇太子殿下とお付きの方々のみご面会いただけます」
イスマイール、アヴェスの肩を掴む。
「こいつも従者だ」
アヴェス、むっとするが黙っている。
◯首相官邸・応接室
ルイは官邸の外で待機することになり、ルイ以外の一行が応接室に通される。
応接室の内装もシンプルでモダンな作りになっている。
室内に居た数人の男が立ち上がる。
一番奥に居た小柄な男が歩み寄る。
「ご高名なる皇太子殿下、シオン国建国以来、初めての御訪問を心より歓迎いたします。
シオン国首相イツハク・ベンダビッドです」
イスマイール「アッバース国皇太子イスマイール・イブン・ハーリドだ。
ベンダビッド首相、突然の訪問にもかかわらず、このような場を設けていただき感謝する」
首相「とんでもございません。アッバース国は自由と交易において大いなる影響力を持つ大国であり、我が国の民もその恩恵を受けております。本日の御訪問が、両国の理解と友好を深める第一歩となることを願ってやみません」
イスマイールと握手を交わす。
イスマイール、勧められたソファに身を沈める。
「さっそくだが、私は見識を深めるために世界各地を巡っている。
たまたまカナン地区を訪れたところ、父が存命だった頃とは随分と様変わりしていたので気になってな。
一体どのような経緯でこうなったのか、話を聞かせてもらおうと立ち寄った次第だ」
「その件につきまして、私からご説明申し上げてよろしいでしょうか」
黒い帽子を被り、黒いローブを着た男が、イスマイールに挨拶をする。
「皇太子殿下に神のご加護がありますように。
シオン国防軍主席祭司、エイラム・カリマンと申します」




