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きみは幸せでしたか?

作者: 黒楓

今日は爛れてます(^^;)





 雑司ヶ谷の霊園に彼のお墓(正確に言うと彼のお家の)はある。


 ただの市井の人に過ぎなかったのだけど、彼のお祖父さんが江戸っ子気取りで……ここにお墓を立てたそうだ。


 彼の事は……大学のサークルで後輩だったコの結婚式の二次会で紹介された。


 池袋に本店のある老舗の信用金庫にお勤めで、線が細めで物静かな印象だったけど……一夜の過ちから始まった道ならぬ恋に溺れていた私が……そこから抜け出したくて、藁にも縋る思いで始めたお付き合いだった。


 彼は非常に紳士的で、家柄?やその立ち振る舞いに私の両親はとても喜んだけれど、私自身は彼に対して“暖簾に腕押し”みたいな違和感があって、お付き合いはしたもののなかなか先に進めずに居た。

 でも、お付き合いを始めてちょうど半年後、彼はご両親を伴って我が家を訪れ、彼から正式に結婚を申し込まれた。


 オンナとしては……元カレにまだまだ未練があったけれど……元カレとの不毛な関係を知る私のごく親しい友人たちが口を揃えて「元カレを断ち切るいい機会だから」とこの“お話”を後押ししたので……結局、彼のプロポーズを受ける事にした。


 それからの私は彼に積極的になり、土、日だけで無く平日もデートをする為に、忙しい彼の負担にならない様にと電車を乗り継ぎ、池袋に足繁く通った。

 エンゲージリングだってティフ●ニー西武池袋店で選び、今年の5月に結納を取り交わした。


 そういえば、去年のクリスマスイヴは家で過ごしたんだ。

 クリスマスは元カレと逢えたけど、()()()を交えた僅か数時間。

 その体の火照りを冷ましたのは、独りで座ったラブホ近くの公園のベンチだった。


「今年のクリスマスイヴはきっとこの人と……」

 私の目の前でお行儀よく料理を口に運ぶ彼を見て、次に自分の左手に視線を移す。

 薬指の真新しいエンゲージリングがお店の照明を集めてまばゆく光っている。


「ああ!今、私は明るい光の中でキラキラと輝いているんだ!もう、真っ暗なベンチに独り座っている私じゃないんだ!」

 幸せとワインに上気した私は……自分から彼を“お誘い”した。



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 でも彼は……ダメだった。

 こんな事は私も経験が無く……「私が悪いのかも?!」と焦って……元カレから仕込まれた“色んな事”をすべて彼に試みたけど、彼は(こうべ)も何もかも項垂れたままだった。


「ゴメンね! お互いお酒飲み過ぎたし……今日はもう帰ろうか」


 そう言ってホテルを出て駅までの道すがら……ふたりずっと無言だった。


 一緒に電車へ乗り込み

 私が降りる間際になって

「家まで送るから」

 との言葉を漸く発した彼を

「あなたも疲れてらっしゃるから」と電車へ押し戻し、私は遠ざかる電車の窓に小さく手を振り続けた。


「次のデートでは……もっと彼を気遣おう!」


 せっかく幸せの日が差した心に立ち込める暗雲を振り払う様に、私は自分を鼓舞した。



 しかし、その機会は永遠に訪れなかった。


 次のデートの日を待つ事無く、彼は亡くなってしまった。

 原因は分からない。

 いつもの時間に起きて来ない彼の様子を見に行った彼のお母様が第一発見者となった。



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 余りの事に呆然となった私の姿を目の当たりにし、心を痛めた父母は「とんだ不良物件だった!!」と口走る様になった。

 それでも彼のご両親が「せめてものお詫びに」と手を尽くして、良家のご子息とのお見合いの話を持って来ると「彼の墓前に報告して安心させてあげなさい」と現金な事を言って私を送り出した。


 こうして、彼の月命日の今日……私は雑司ヶ谷に居た。

 彼の墓前に敬虔な気持ちで手を合わせたのだが……

 吹きすさぶ秋風が身に滲み、私は堪らなく寂しくなって……指が覚えている電話番号をプッシュしていた。



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 久しぶりに抱かれた元カレの腕の中で私は燃えた。


 あの夜、ホテルで……“不甲斐ない”婚約者にしてしまった様々な事を元カレに耳打ちしたら、オトコの本能というものに火を点けてしまったらしく、私は叫び続けて声が枯れた。


「お前、幸せだったのか?!」

 私の上で動きながらこんな事を聞く最低なオトコに

「うん……幸せだった……」と喘ぐ。


 そう!幸せとは……ずっと続いていくものでは無い!


 実感したその瞬間が幸せなだけなのだ!


 だから私は……「今、幸せなのか?」

 と聞かれたら

「……幸せ……」と喘ぐのだろう。




                              おしまい


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― 新着の感想 ―
 そう思うと、倖せはとても儚く刹那的なものなのかもしれませんね。    ありますよね、この人ならとても倖せにしてくれるだろうと思うのに、本気になれないと言う事。  主人公は強かな女性ですね。  きっと…
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