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せめて貴方に大輪を

人里離れた森の中、山の奥に主人の家はありました。私は他の仲間たちとともに主人と平和に暮らしておりました。今年の冬もみんなで年を越せると、私は思っておりました。そう、主人が殺されるまでは。


 私の主人は、それはそれは大切に私のことを育ててくれました。愛情深く、慈しみを持ち、いつも優しく声をかけてくれた主人。私は主人の愛情を一心に受け、特に大きな病気を経験することなく立派に育ちました。子供のころの私は免疫が弱く、ひょろひょろな体系をしてお、主人をよく心配させました。しかし今では自分の足でどっしりと根を張って生きています。成長するとともに、私は薬剤師にもなりました。時たまに主人に漢方をプレゼントし、主人はそのことをとても喜んでいるようでした。


 そんな主人が殺されたのは、大晦日の日でした。毎日の日課で主人は庭を散歩するのですが、その庭で何者かに襲われて死んでいたのです。私は主人から目を離すことはそうそうないのですが、その時はたまたま漢方薬のもとになる原料を調合しておりました。


 悔しい。私は主人が誰に殺されたのか、その真相を知るべく、私の仲間たちに誰か真相を知るものがいないかどうか聞いてみようと思いました。


 まずはお友達のTさん。Tさんは私の隣におり、Tさんも私と同じく美しい姿をしております。Tさんは私の良きライバルです。私のほうが花があるので、私としては自分のほうが美しいと思っておりますが、それはTさんには内緒です。

「Tさん、主人が殺されてしまいました。何かご存じですか」

「いいえ、Bさん、私はちょうどその時、自分のことで忙しかったの。今考えると何もあのタイミングで、とは思うのよ」

「あらま、それはどんな…」

「ちょうどその時、自分の首を落としてしまったのよ」

「まあ、そんな。確かに、Tさんはいつも首を落として、周囲を汚くしていますものね」

「そんな言い方はひどいわ。落ちた瞬間はきれいではありませんの」

「縁起が悪いでしょう。しばらく経つと色が変わって汚いわ。主人はいつもそれを掃除するのに、苦労されていたのですよ」

「そうかもしれないけど、そんなふうに言わなくても」

 Tさんは主人が殺される瞬間を見ていない。Tさんは綺麗なだけで役に立ちません。


 次はHさんに聞いてみましょう。

 Hさんは私より身長が低く、見える視点も異なるかもしれません。またHさんは思いがけないところに出没するので、私より知っていることがあるかもしれません。

「Hさん、Hさんは主人に殺された瞬間を見ておりまして?」

「いえ、残念ながら見ていませんでした」

「その時、何をされていたの?」

「その時は、恥ずかしながら蟻に食べられておりました」

「まあ、そんな。一大事ではありませんか」

「いえ、一応は本望です。本来ならば蛇に食べられたいところなのですが。最近は蛇もめっぽう少なくなってしまって、蟻くらいしか私のことを気にかけてくれません」

「それは災難ね」

 Hさんも見ていない。確かに外見も可愛らしいHさんは、誰かから食べられてしまうのに忙しい人だったわ。一体誰ならば真実を知っているのだろう。

 私は、ダメ元でUさんにも聞いてみることにしました。Uさんは主人が「ユニークだ、可愛いな」と育ててきた面白い方です。Uさんは普段家にいますが、主人が殺された日は庭の温室の日当たりのよいところにいました。Uさんならば何かを知っているかもしれない。

「Uさんは主人が殺される場面をー」

「見てないよ、今溶解に忙しいから後にしてくれる?」

「何か少しでも知っていることがー」

「ないよ、その時はハエを食べてた。今は寒いからハエも貴重なんだよ。主人の死より、ハエの方がその時の僕には大切だったんだ」

「そうですか、少しでも何か」

「少し黙ってくれるかい?Bさんの音でコバエたちがどこかに行ってしまうかもしれないだろ、そしたらどう責任とれるの」

「……ごめんなさい」


 私はがっかりしました。誰も主人を殺した犯人を知らない。落ち込んでいると、目の前にSさんが駆け寄って来てくれました。Sさんは、たまに私の所に来てくれる良いお友達です。しかもいつもネクタイをしており、身なりもきちんとしています。Sさんならば信頼がおけます。

「Bさん、私は見ましたよ。主人が誰に襲われたかを」

「Sさん、貴方だけが頼りです。私もTさんもHさんもUさんも、無力なのです」

「貴方のご主人を殺した相手に貴方はかなわないよ。何もできないよ。主人のことは忘れてしまったほうがいいんじゃない」

「私は真実を知りたいだけなのです。ぜひ教えてください。そしてできれば仇を討ちたいのです」

「貴方の主人、庭師の秋紀さんは、熊に襲われて死んだんだよ」

「熊、熊ですか」

「そう、今年は暖冬だから、熊もまだ冬眠していなかったんだ。冬の山のなかでは、熊の食べ物が少ない。だから、秋紀さんのことを襲ってしまったんだよ」

「そんな、私、牡丹ごときでは、熊には勝てませんわ。美しくて、根っこが漢方のもとになるだけなのですもの。Tさんー椿さんも、Hさんー蛇イチゴさんも、Uさんー食虫植物のウツボカズラさんも、熊には力が及びません」

「そりゃあ植物だからね。僕はシジュウカラ、シジュウカラのなかでも小柄なほうだから、動物の僕でも熊には勝てないよ」

「とても残念です。悔しいです私は」

「しょうがないよ。この世にはそれぞれ役割がある。秋紀さんの弔いに、ぜひ、大輪の花を咲かせてよ」

「そうですね。せめて主人さんが天国で寂しくなく幸せに暮らせますように。天国から地上を見ても、主人が気づくように、私は今までで一番見事な花を咲かせてみせます」


 庭師の秋紀氏のご葬儀は年始に行われた。弔問客は、庭に咲いていた牡丹の花の華やかさに心をうたれ、涙していたという。



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