3-旅は道連れ世は情け
「ぷはぁ、ごちそうさまー」
「……」
食事を終えたベルはキチンと挨拶をするが、それを作った本人であるリチャードは無沈着だ。
先に処理し終わっており、神秘で鍋に溜めた水を使って黙々と洗い物をしていた。
その様子をぼーっと見ていたベルは、しばらくして堪えきれなかったという風に問いかける。
「……ところで、よく完食できたな?
スピードもすげーけど、何よりあれを食えたことがヤベー」
ゲテモノ、残飯、生ゴミ。そんな呼び方しかできない成れの果てを、リチャードは処理と称しつつも食べきったのだ。
しかも、普通の食事をしている2人より遥かに速く。
そんなことをされては、いくら彼が変わっていると知っているとはいえ、気にならないはずがない。
ベルは興味津々に見つめ、彼も仕事を終えてからようやく口を開いた。
「俺に味覚はないからな。ただの作業だ」
「えぇ……? ヤベーな、お前」
助けてもらった時やコミュニケーションで、既におかしな人だというのはわかりきってはいた。
しかし、特性とは違った、機能として明確に欠けている部分を知るというのはまた別であり、ベルは再び衝撃を受けている。
相手や場合によっては……いや、どのような相手であれ普通に失礼な発言だが、相変わらずリチャードは冷静だ。
少なくとも表面上は無感情で、ただ淡々と事実を突きつけていく。
「盲目な者や隻腕の者がいるように、味覚のない者もいる。
それらの機能が揃っていることは、たしかに平均的だろう。
それを標準としている世界の中では、十全に活動できていないかもしれない。しかし、ないから死ぬわけでもなし。
異常や哀れみの対象などではなく、単なる個性だ。
お前のまともを、俺に押し付けるな」
「……ごめん」
言うべきことを言ったリチャードは、もうこの場に用……仕事はないとばかりに暗がりに戻っていく。
その背を見送るベルは、目に見えてシュンとして謝罪の言葉を投げかけていた。
「ご、ごめんね? ほんと、悪い子じゃないから……」
ショックを受けてかしばらく動かないベルに、魔導書などの調整をしていたシエルはおずおずと歩み寄りながら謝る。
彼女自身は今のところ仲良くやれているが、年長者として気を配っているようだ。
「それはわかってるよ。仲良くなれるのか、不安にはなってきたけど」
「あはは……」
どうやら、ベルはただリチャードのことを考えていただけらしい。軽く返しながらも、難しい顔をしていた。
「あいつって、いつもああなの?」
「そうだね。他人とはほとんど関わろうとしないよ。
味覚とかの話なら、それもそう。10歳になる前にはもう、味覚なくなってたんじゃないかな」
「なんでかってのは、やっぱ聞いちゃダメなんだよな?」
「あたしが勝手に話していいことじゃないからね。
いつか、あなたが自分で聞くといいよ」
皿のなくなったテーブルを片付けながら、2人は再びリチャードの話をする。彼と心を通わせるのは難しいが、それでもパーティの中心なので、理解はしておかなければならない。
戦い方以外についても、シエルには事あるごとに色々と教えてもらっているようだった。
「まぁ、誰かを助けるって部分は変わらないから。ねっ」
「あぁうん。みんなを助けるために旅してるんだよな?」
「正確に言えば、魔王討伐のためではあるかなぁ」
「洞窟でも言ってたけど、その魔王って‥」
「でも、あたしとしてはもっと重要な目的があるの」
ずっと気になっていたことを聞こうとしていたベルだったが、決意の滲んだシエルの言葉を受けて黙り込む。
誰かを助けたい彼としては、旅の目的はやはりパーティ全体と同じく魔王討伐になるだろう。
そのために、なんとなくでしか知らない魔王のことは、ぜひとも聞いておかなければならない。
だが、師匠にとってより重要なものがあるなら、無視する訳にもいかなかった。少し目を泳がせると、恐る恐るその目的を聞いてみている。
「えっと、その目的って?」
「……あの子が、自分らしさを取り戻すこと。
人と同じように、ありふれた幸せを感じながら自由に生きられるようになること」
魔王討伐、世界に平和を取り戻す、勇者の使命。
パーティやベルの目的とは真逆の目的に、彼は堪らず視線を揺らす。
もちろん扇動している訳ではないが、やめさせたい行為を肯定している時点で似たようなものだ。
しかし、シエルは特に責めるでもなく、ピン……と張り詰めた空気の中で言葉を紡ぐ。
「だから、あたしは旅をする。敵じゃなくて、美しい景色を見せてあげられるように、あの子を連れ回す」
「……戦うのは、止めたりしないんだね」
「別に、優先したいってだけだから。あたしも世界の状況はわかってる。戦うべき時、救える時は、ちゃんとそのために動くよ。ただ、何もない時は寄り道が多くなるかもしれないから、最初に個人的な方針は教えておこうと思って」
隠さずに自分の方針を伝えたシエルは、すぐにふっと雰囲気を緩めて微笑む。さっきまでは凛々しかったが、今は愛情と義務に挟まれて苦悩している様子だ。
2人の保護者として、無心で残ったものの片付けや整理などをしている。
「……オレ、どうしたらいいのかなー?」
シエルの望みがリチャードと違う以上、さっきの話は一緒に旅をするなら聞いておかなければならないことだ。
しかし、それを受け止められるのか、妥協して割り切れるのかというのは、また別である。
戦闘中は、大人顔負けに冷静で頭の回転が速かったベルも、まだ子ども。すっかり困ってしまった様子で、助けを求めていた。どうしていいかわからなくなっていた彼に、シエルは優しく微笑む。
「あなたはそのまま、誰かを助けていればいいよ。
あたしは後ろから静止しようとする厄介者で、あなたは隣を歩いてくれる理解者。あの子と友達になろうとしてくれて、本当に感謝してるの。助けるのももちろん大事だけど、一緒に楽しく旅ができたら嬉しいな」
差し出されたその手には、見覚えのある本が握られていた。
やや表紙の配色が減り、神秘的な気配も弱められている本――昼間とはまた別の魔導書だ。
「これ、さっき借りた魔導書?」
「ううん、あれとはまた別! 昼間のは訓練用だったけど、これはあなたにあげるよ。訓練ならともかく、身を守るならこっちの方が適してると思うから」
「わぁ、ありがとう師匠!」
さっきまでの暗い表情はどこへやら、魔導書をもらったベルは、一瞬で眩しいくらいの笑顔を見せる。
今すぐ開いて使う、なんてバカなことはしないが、目をキラキラ輝かせながら回し見ていた。
リチャードとは違った年相応の反応に、シエルも嬉しそうだ。しかし、だからといって釘を刺すのも忘れていない。
旅で必要なのは実戦であり、現状無理して座学を学ぶ必要も時間もないため、端的にわかりやすく注意している。
「ただ、魔獣相手に身を守れるほどの力だから、かなり危険だよ。訓練時以上に、魔力操作を気をつけてね。
昼間暴発して何事もなかったのは、水が噴き出しただけだからってことを覚えておいて。火なら大火傷よ」
「うん」
すぐに真剣な表情で頷いたベルに、シエルも満足気だ。
いつの間にか握っていた長杖を振って、一気に残りの荷物を片付けると、就寝の準備を整えていく。
「よろしい。じゃ、今日はもう寝よっか。
見張りとかは気にしなくていいけど、火の側で寝てね」
「……? わかった」
(昼間言ってた、順応ってやつかな?
まさか、最終的に体を燃やすなんてことないよな……)
一瞬不思議そうにしていたベルだったが、すぐに何かしらを察して焚き火の側に向かう。
腰を下ろす彼の目には、かろうじて届いている明かりで朧気に見えるリチャードの姿が映っていた。