41-憤怒
"汚れなき蒼銀"
意識を取り戻したベルは、間伐入れずに右手を伸ばす。
生み出すのは、銀の盾を応用した広範囲の壁だ。
視界を遮り、居場所をごまかし、血の爆散を防ごうとしている。
「あら、まだ魅せてくれるの? 嬉しいわ」
「誰も見せようなんて思ってねぇよ!!」
それでも、肌は泡立つ血が蠢く。
多少はマシになったとしても、街中にいる限りは完全に防ぐことはできないようだった。
――どうしたらいい? オレには何ができる? 倒す必要がある? 耐え続ける? それとももう逃げて大丈夫か?
考える。全神経、全思考をフル稼働させて。
動き出す。迷いがあろうと、隙を見せないように。
「これは、怒りだ。何度も何度も何度も殺しやがって!!」
決めきれないベルは、ひとまずこれまでに倣って前へ進む。
壁は横まで伸びているため、距離がどうあれ身は隠せる。
そもそもの話、完全には防げないのだから最終的にはどこにいようと無意味だ。であれば、前へ。
勢いを殺すよりは、思い切って玉座に詰め寄る。
――殺す。倒す。勝つ。逃げる。生きる。合流する。
どうしたらいいかわかんねぇ。わかんねぇから、いっそ同時にやってやる!
陽動に魔導書。少しでも位置を混乱させるため、ベルは空に炎を空打ちする。発射地点は、可能な限り自身から遠く。
当てるつもりはなくとも、スカーレットがいる方への狙いは定める。爆発しかけていた血は、わずかに勢いを落とした。
――錬金陣……はやってる暇ねぇ。一からは初めてだし。
剣に刻まれてるやつも、まだ弄るのは不安すぎる。
くそ、まどろっこしいな。
玉座の真横、スカーレットに最も近い地点にて、ベルは壁に手を添える。今できることは大してない。
既にある壁を操作し、かろうじて数本の槍を四方から伸ばすくらいだ。
視界が遮られているのはベルも同じ。
中の様子はわからない。だが、悲鳴の類が聞こえない以上、スカーレットは無事と見ていいだろう。
――陣じゃないとダメか? 何でこれは円の形を取ってる?
魔導書、錬金術、魔道具の靴に限りあるルーン魔術。
この中で最も応用が効き、火力もあるのは間違いなく錬金術だ。しかし、どれも習得中なのだから、自在に操れるはずもない。ベルは既出の銀槍を飛ばすだけで、考え込む。
――まずは安定性。あとは照準の追わせやすさ、式としてのまとまりの良さ。錬金術に限れば、中の物を変換するという形式? いいや、そういうのは必須じゃないはずだ。左肩の魔術刻印――錬金術は、結局使う時には右手で使う。陣じゃなくても、問題ない!
刹那の熟考。血が爆散する隙はない。
全霊を以て抑え込んだことで、額の血管が弾けるに留まっていた。
「怒っているんだ、オレは」
腕を伸ばす。その身に纏うは神秘の秘跡。
指先で描いた魔術の式が、腕を覆うように輝いていた。
「心の底からお前らに激怒してるんだよ」
――考える。錬金術は作り変える手間の代わりに、燃費の良さを持っている。ならその分も負担すれば、より早い。
「燃えたぎるほどに、さぁッ……!!」
それは、炎。代価なく、生成なく、己が力のみで呼び起こされる神秘の御業。かつてないほど燃え盛っているそれは、彼の腕で回り、より火力を高めていた。
酸素を喰らい、速度を増し、生き物が如き成長を見せる大火は、膨れ上がる火力を以て、遂に銀壁の先の標的に襲いかかる。
"憤怒の炎"
その火は至ってシンプル。煮え滾る腸が、怒髪天を衝く熱が、ただ敵を焼き尽くすのみである。
故にこそ、槍が如き鋭い炎は銀壁を貫き、空気を征する血を飛ばし、余裕綽々の女王に迫る。
燃える銀が弾けたことで、範囲は玉座の間全体だ。
槍状の炎はそのままに、炎の礫は彼女の領域を侵していた。
「あらあら。随分と成長したのね?
とても喜ばしいことですわ」
しかし、業火をその目にしてもなお、スカーレットは変わらず優雅に微笑む。同時に、捕捉されたベルの肢体はひび割れ、中から血が飛び出そうとしていた。
「成長するだろ、こんな目にあったらさぁ!!」
人は血を操れない。発作、逆流、不整脈。
どんな症状を得た人も、座して死を待つばかりである。
選べるのはただ、死に方だけ。
燃え朽ちる牙城で、傷1つない完璧な女王は、空気中の血に圧殺される炎越しにベルを見つめている。
「いいえ、普通は萎縮するの。
相手を恐れて、相手に怯えて、助けてって泣き叫ぶ。
美しくないわ。誇り高く散る姿こそ、至高ですのに」
「――!?」
火が消えた。何の脈絡もなく、初めからそうであったように。熱はもちろん、燃えた痕跡すらない。
玉座の間は依然、無瑕なる女王の世界だ。
「だから……ね。どうかわたくしにもっと見せて?
あなたの美しい死に様を」
死ぬ。これまでの経験が、痛いほどの警告を発する直感が、ベルにそう告げていた。手足が膨れて。目玉に圧を感じて。血管に違和感を覚えて。内側から爆発を感じて。
彼は直に死ぬ。鮮烈な赤を、部屋中にまき散らすことで。
……そう、何もしなければ。
「ッ!! 誰が見せるか!! これ以上死体さらす気はねぇ!!
なんでも思い通りになると思うなよ!? 指からこぼれ落ちる宝物、手をこまねいて見とけクソババア!!」
その死を否定するために。ただ拒絶を示すためだけに。
背後に飛ぶベルは、中指を立てつつ大声で叫ぶ。
行く先にあるのは城の壁。徐々に全身が崩れていく中、彼は3つのルーン石を砕いて魔術を発動させる。
1つ、破裂寸前の体を無理に押し留める回復の魔術。
1つ、壁を切り裂き脆くする風の魔術。
最後の1つは、壁を突き破るための身体強化だ。
風に刻まれ、足で蹴られ、ついでに魔導書による炎も受けた玉座の間の壁は、潰れる血肉を浴びながらも粉砕された。
「あらあら、元気なことね。
とても勇ましくて、美しい……実に英傑的ですわ」
「そう思うなら再生させな。もう死に様は見れねぇがな!!」
壁を抜け、スカーレットの領域から脱出したベルは、気の緩みからかみるみる体が弾け、苦悶に歪む。
即死の負傷に加えて、まもなく訪れるであろう空高くからの落下。
その両方に曝され、力が入らず、また込める場もない彼だが、依然心は折れないままだ。睨み、指を立て、欠片も恐怖した様子を見せず、真っ赤な花火が地上に振り注いだ。
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嫌な音がした。風船のような小気味いい音ではなく、湿り気を帯びたどこか生々しい破裂音。
出どころは遠く、しかしわかりやすい。
モルジアナを救出したシエルは、ぐっと唇を引き結ぶと苦しげに天を仰ぎ見る。
「っ……!!」
城の最上階付近に、それはあった。
四方に飛び散る、だが決して花火のように華やかではない赤と肌色の爆発。
それらは街に広がり、振り注ぎ、人々にほのかな鉄の香りを感じさせる。ピチャリ、べチャリと、音が続く。
「うっ……」
あの花火が、雨が、いったい何であるかなど、状況や見た目、香りなどから明らかだ。それは、肉片。血肉の断片。
数分前まで、ベルだったはずのもの。
グロテスクな成れの果てを見届け、シエルは思わず口を押さえていた。
「恵まれた環境にいたのね、あなた」
吐き気を催すシエルとは真逆で、モルジアナは澄まし顔だ。
言うまでもない事実をつぶやきつつ、あまり興味なさそうに淡々と促す。
「あれを受け止めてあげるのは、あなたの役目よ。
誰も助けなければ、結局は墜落死するわ」
「え、何あれ!?」
モルジアナが指し示す方向には、他と違って一目で人体だとわかるものが落ちてきていた。ドクドクと脈打つそれは心臓。一見普通の臓器は、しかして一拍ごとに飛び散った欠片を取り込み、人の形を取り戻していく。
「ベル、くん……!!」
初見のシエルは、呆然とする他ない。
目を見開いて数秒固まり、モルジアナにつつかれてからようやく杖を呼び出し空を飛んだ。
「……」
落下の恐怖からか、殺されたショックからか。力なく落ちてくるベルに意識はない。だが、風に抱き止められた少年の体は、たしかに自身の脈動を取り戻していた。




