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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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41-憤怒

"汚れなき(スパートルス・)蒼銀(シャノン)"


意識を取り戻したベルは、間伐入れずに右手を伸ばす。

生み出すのは、銀の盾を応用した広範囲の壁だ。

視界を遮り、居場所をごまかし、血の爆散を防ごうとしている。


「あら、まだ魅せてくれるの? 嬉しいわ」

「誰も見せようなんて思ってねぇよ!!」


それでも、肌は泡立つ血が蠢く。

多少はマシになったとしても、街中にいる限りは完全に防ぐことはできないようだった。


――どうしたらいい? オレには何ができる? 倒す必要がある? 耐え続ける? それとももう逃げて大丈夫か?


考える。全神経、全思考をフル稼働させて。

動き出す。迷いがあろうと、隙を見せないように。


「これは、怒りだ。何度も何度も何度も殺しやがって!!」


決めきれないベルは、ひとまずこれまでに倣って前へ進む。

壁は横まで伸びているため、距離がどうあれ身は隠せる。


そもそもの話、完全には防げないのだから最終的にはどこにいようと無意味だ。であれば、前へ。

勢いを殺すよりは、思い切って玉座に詰め寄る。


――殺す。倒す。勝つ。逃げる。生きる。合流する。

どうしたらいいかわかんねぇ。わかんねぇから、いっそ同時にやってやる!


陽動に魔導書。少しでも位置を混乱させるため、ベルは空に炎を空打ちする。発射地点は、可能な限り自身から遠く。

当てるつもりはなくとも、スカーレットがいる方への狙いは定める。爆発しかけていた血は、わずかに勢いを落とした。


――錬金陣……はやってる暇ねぇ。一からは初めてだし。

剣に刻まれてるやつも、まだ弄るのは不安すぎる。

くそ、まどろっこしいな。


玉座の真横、スカーレットに最も近い地点にて、ベルは壁に手を添える。今できることは大してない。

既にある壁を操作し、かろうじて数本の槍を四方から伸ばすくらいだ。


視界が遮られているのはベルも同じ。

中の様子はわからない。だが、悲鳴の類が聞こえない以上、スカーレットは無事と見ていいだろう。


――陣じゃないとダメか? 何でこれは円の形を取ってる?


魔導書、錬金術、魔道具の靴に限りあるルーン魔術。

この中で最も応用が効き、火力もあるのは間違いなく錬金術だ。しかし、どれも習得中なのだから、自在に操れるはずもない。ベルは既出の銀槍を飛ばすだけで、考え込む。


――まずは安定性。あとは照準の追わせやすさ、式としてのまとまりの良さ。錬金術に限れば、中の物を変換するという形式? いいや、そういうのは必須じゃないはずだ。左肩の魔術刻印――錬金術は、結局使う時には右手で使う。陣じゃなくても、問題ない!


刹那の熟考。血が爆散する隙はない。

全霊を以て抑え込んだことで、額の血管が弾けるに留まっていた。


「怒っているんだ、オレは」


腕を伸ばす。その身に纏うは神秘の秘跡。

指先で描いた魔術の式が、腕を覆うように輝いていた。


「心の底からお前らに激怒してるんだよ」


――考える。錬金術は作り変える手間の代わりに、燃費の良さを持っている。ならその分も負担すれば、より早い。


「燃えたぎるほどに、さぁッ……!!」


それは、炎。代価なく、生成なく、己が力のみで呼び起こされる神秘の御業。かつてないほど燃え盛っているそれは、彼の腕で回り、より火力を高めていた。


酸素を喰らい、速度を増し、生き物が如き成長を見せる大火は、膨れ上がる火力を以て、遂に銀壁の先の標的に襲いかかる。


"憤怒の炎"


その火は至ってシンプル。煮え滾る腸が、怒髪天を衝く熱が、ただ敵を焼き尽くすのみである。

故にこそ、槍が如き鋭い炎は銀壁を貫き、空気を征する血を飛ばし、余裕綽々の女王に迫る。


燃える銀が弾けたことで、範囲は玉座の間全体だ。

槍状の炎はそのままに、炎の礫は彼女の領域を侵していた。


「あらあら。随分と成長したのね?

とても喜ばしいことですわ」


しかし、業火をその目にしてもなお、スカーレットは変わらず優雅に微笑む。同時に、捕捉されたベルの肢体はひび割れ、中から血が飛び出そうとしていた。


「成長するだろ、こんな目にあったらさぁ!!」


人は血を操れない。発作、逆流、不整脈。

どんな症状を得た人も、座して死を待つばかりである。

選べるのはただ、死に方だけ。


燃え朽ちる牙城で、傷1つない完璧な女王は、空気中の血に圧殺される炎越しにベルを見つめている。


「いいえ、普通は萎縮するの。

相手を恐れて、相手に怯えて、助けてって泣き叫ぶ。

美しくないわ。誇り高く散る姿こそ、至高ですのに」

「――!?」


火が消えた。何の脈絡もなく、初めからそうであったように。熱はもちろん、燃えた痕跡すらない。

玉座の間は依然、無瑕なる女王の世界だ。


「だから……ね。どうかわたくしにもっと見せて?

あなたの美しい死に様を」


死ぬ。これまでの経験が、痛いほどの警告を発する直感が、ベルにそう告げていた。手足が膨れて。目玉に圧を感じて。血管に違和感を覚えて。内側から爆発を感じて。


彼は直に死ぬ。鮮烈な赤を、部屋中にまき散らすことで。

……そう、何もしなければ。


「ッ!! 誰が見せるか!! これ以上死体さらす気はねぇ!!

なんでも思い通りになると思うなよ!? 指からこぼれ落ちる宝物、手をこまねいて見とけクソババア!!」


その死を否定するために。ただ拒絶を示すためだけに。

背後に飛ぶベルは、中指を立てつつ大声で叫ぶ。

行く先にあるのは城の壁。徐々に全身が崩れていく中、彼は3つのルーン石を砕いて魔術を発動させる。


1つ、破裂寸前の体を無理に押し留める回復の魔術。

1つ、壁を切り裂き脆くする風の魔術。

最後の1つは、壁を突き破るための身体強化だ。


風に刻まれ、足で蹴られ、ついでに魔導書による炎も受けた玉座の間の壁は、潰れる血肉を浴びながらも粉砕された。


「あらあら、元気なことね。

とても勇ましくて、美しい……実に英傑的ですわ」

「そう思うなら再生させな。もう死に様は見れねぇがな!!」


壁を抜け、スカーレットの領域から脱出したベルは、気の緩みからかみるみる体が弾け、苦悶に歪む。

即死の負傷に加えて、まもなく訪れるであろう空高くからの落下。


その両方に曝され、力が入らず、また込める場もない彼だが、依然心は折れないままだ。睨み、指を立て、欠片も恐怖した様子を見せず、真っ赤な花火が地上に振り注いだ。




~~~~~~~~~~




嫌な音がした。風船のような小気味いい音ではなく、湿り気を帯びたどこか生々しい破裂音。

出どころは遠く、しかしわかりやすい。


モルジアナを救出したシエルは、ぐっと唇を引き結ぶと苦しげに天を仰ぎ見る。


「っ……!!」


城の最上階付近に、それはあった。

四方に飛び散る、だが決して花火のように華やかではない赤と肌色の爆発。


それらは街に広がり、振り注ぎ、人々にほのかな鉄の香りを感じさせる。ピチャリ、べチャリと、音が続く。


「うっ……」


あの花火が、雨が、いったい何であるかなど、状況や見た目、香りなどから明らかだ。それは、肉片。血肉の断片。

数分前まで、ベルだったはずのもの。

グロテスクな成れの果てを見届け、シエルは思わず口を押さえていた。


「恵まれた環境にいたのね、あなた」


吐き気を催すシエルとは真逆で、モルジアナは澄まし顔だ。

言うまでもない事実をつぶやきつつ、あまり興味なさそうに淡々と促す。


「あれを受け止めてあげるのは、あなたの役目よ。

誰も助けなければ、結局は墜落死するわ」

「え、何あれ!?」


モルジアナが指し示す方向には、他と違って一目で人体だとわかるものが落ちてきていた。ドクドクと脈打つそれは心臓。一見普通の臓器は、しかして一拍ごとに飛び散った欠片を取り込み、人の形を取り戻していく。


「ベル、くん……!!」


初見のシエルは、呆然とする他ない。

目を見開いて数秒固まり、モルジアナにつつかれてからようやく杖を呼び出し空を飛んだ。


「……」


落下の恐怖からか、殺されたショックからか。力なく落ちてくるベルに意識はない。だが、風に抱き止められた少年の体は、たしかに自身の脈動を取り戻していた。



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