2-初めて囲む食卓
「よーっし、飯だー」
完全に日が暮れてから数時間後。小さな焚き火のそばに座るベルは、無邪気な笑顔を浮かべて伸びをする。
予定よりも長時間歩かされたことで、相当に疲れ、また食事が嬉しいようだ。
一度喜びを発散した後、一気に疲れた様子で遠い目をしながら、揺れる炎を見つめて再び同じような言葉を繰り返す。
「いやー……よーやく飯だな。
夜になっても進みたがるとは思わなかった」
「ごめんね。あの子、あんまり休みたがらないの。
だからいつも、早めに止めるんだけど……
うーん、今日はテンション高かったなー」
反対側で謝るシエルも、一息ついて暗がりに佇むリチャードを見つめている。黙って立っている姿は、とてもテンションが高いようには見えないが、彼女が言うならそうなのだろう。
本当に休むつもりがないようだったが、すっかり諦めた様子で好きにさせていた。出会った時点でわかっていたものの、予想以上にぶっ飛んでいた勇者にベルは肩を落としている。
「はぁ〜、あれでテンション高いのか。
ところで、あいつはこっち来ないの? 飯は?」
「多分、食べないんじゃないかな。
昨日はケガで消耗してたから丸め込めたけど」
「休まず、食わずで平気なのか……!?
勇者ってなに、超人なの?」
「だいたい合ってる。あの子はあんまり食べてなくても平気なのよ。消耗した時なんかは食べてくれるけど」
(消耗したとき以外は食べないって……
超人ってか、普通に化け物じみてるなぁ)
2人は焚き火を囲いながら、しばらくリチャードのことを話し続ける。しかし、それでも彼は、離れた木陰に突っ立ったまま動こうとしなかった。
説得できる時もあるようだが、今回は何があっても無理そうだ。潔く諦めた2人は、自分たちでも食事をして休むべく、準備を始める。
「ま、仕方ないね。今日は放っておこう。
あたし達はちゃんと休まなきゃ」
「いえーい、晩ごっはん〜♪」
「あっ……」
「えっ?」
適当に荷物を出し、野宿の準備を始めていたシエルだったが、ベルの言葉を聞くと何かを思い出したように固まる。
ベルの異常さを実感していた彼も、その反応から何かを察したように固まっていた。
「あー……うん、大丈夫大丈夫。ご飯ね、任せておいて」
「もしかして、師匠って料理できない人?」
「そんなことないわ。レシピは色々と頭に入っているもの。
理論は完璧よ。その通りにやれば、作ることはできる」
「作ることは……? 師匠って、座学では首席なんだよな?
もしかして、実際に何かするのは苦手なのか?」
「ギクッ」
「ギクッって言ってんじゃん。料理できないんだな」
なんとか取り繕おうとしたシエルだったが、どうせすぐバレることに嘘をついても仕方がない。
肝心なところをぼかすだけで誤魔化そうとするも、耳ざといベルに見抜かれてしまっていた。
とはいえ、年上で師匠でもあるのだから、自らの威信にかけて認めるわけには行かない事柄だ。
完全に見透かされてなお、彼女はできない訳ではないと必死に否定を続ける。
「ううん、そんなことない。作ることはできるって言ったでしょ? 料理はできるの。ただ、すっごく時間がかかるし、包丁とかで血だらけになるだけ」
「それをできないって言うんじゃないのかよ!?
いいよ、師匠は料理しないでくれ! オレやってみるから」
「やってみる……って、その言い方、あなたもしたことないんでしょ? 無理しなくていいと思うな」
「だから、そーいうのもやらせてもらえなかったの!」
まともな料理が作れないというベクトルではなく、料理自体は美味しくできても、その過程が危なっかしいというのは、逆に前者より料理させられない要素だ。
しかし、ベル自身もまったく料理をしたことがないらしく、つい正直に漏らしてしまう。そのせいで、説得は彼女の腕前では本来ありえないほどに難航する。
未経験者とケガ常習者。どっちもどっちな料理担当志望は、ぼんやりと眺めているリチャードの前で、しばらくの間言い合うことになる。
「埒が明かないわね。こうなったら、今日のところは2人で一緒に作りましょう。どちらとも毎日任せられるような実力じゃなかった場合、明日からは日替わり当番制よ!」
「オッケー、望むところだ。オレの実力を見せてやる!
初めてだけど」
結局、彼らの言い争いは痛み分けという形で終了した。
脈絡もなく、互いが互いの実力を測る試験の開催だ。
2人はいつの間にか取り出されていた食料などに向かって、袖をまくりながらずんずん歩み寄っていく。
まともに話したのは、今朝が初めてだったはずなのだが……
ベルがリチャードと同年代の子どもだからか、すっかり打ち解けているようだった。
「……それで? 必要もないのにゴミを量産できて満足か?」
数十分後。盛大に料理に失敗したベルとシエルは、ようやく焚き火の元まできたリチャードの前で、正座して頭を下げていた。
後ろに数え切れないほど積まれているのは、黒焦げになった料理やおかしな味の料理、血などが混ざって使えなくなった材料や料理途中のものなど、そもそも完成しなかったものだ。
驚いたことに、ちゃんと完成させられた料理は1つもない。
すべてが何かしらの原因でダメになっていた。
しばらくは夢中になって挑戦・対決していた2人も、遅れて事態に気づいてからは、ずっと表情を引きつらせている。
「はい、面目ないです……」
「悪い、初めてだから楽しくなっちまった」
「理由は聞いていない。満足したかと聞いている」
「うぐっ……は、反省してるって。次は勉強してから作る」
「作るな」
まだ料理を諦めていないらしいベルの答えを、リチャードはスパッと容赦なく切り捨てる。端から食事をするつもりがなかったようなので、当たり前の返事だ。
手厳しい言葉を受けて、ベルはさらにガックリとうなだれてしまう。だが、これだけ厳しい指摘をしながらも、実際にはリチャードは何も感じていないらしい。
元々興味すら持っていないため、言うべきことだけ言うと、さっさと食材の成れの果てが積まれたテーブルに歩み寄る。
「……これの処分に困っていたな?」
「は、はいぃ……いつもごめんねリチャード」
「正直、とても食えたもんじゃねーのはわかるけど、捨てるのもどうかと思ってさ……」
「助けが必要なんだろ? 問題はない。
ゲテモノの処理は俺の日常だ」
「えぇ……?」
ごく自然に生ゴミを食べ始めた彼に、錬成の片棒を担いだはずのベルはドン引きだ。自分たちで作ったものなのに、表情を歪めて信じられないものを見る目で後ずさっている。
それこそ、夕食の予定が潰れてお腹が鳴っているというのに、まったく気づかないほどに。助けを求める音に似ているとでも言うのか、逆に気づいているリチャードは、宣言通り処分しながら他のテーブルを目で促していた。
「それから、どうやらお前には食事が必要らしい。
無事だった肉を焼いた。食え」
「はぁ!? お前は料理できんのかよ!? いや、お前が料理できんのかよ!? 人の心がないその感じでぇ!?」
「……旅をしていると、たまに路頭に迷った人を拾う。
そういう時、ずっとその女が飯を作っていたんだが、ある時人の食べ物ではないと助けを求められてな。覚えた」
「その女違う……お姉ちゃん……」
「人の心違う……ろぼっとぉ……」
片や、追い打ちをかけられて。片や、驚きが覆されて。
少年少女は、思わず息を合わせたように脱力する。
規則的に処分を続けるリチャードは、そんな2人を見て不思議そうに首を傾げていた。
「……? いらないのなら、ついでに処分しておくぞ」
「食べますぅ……」
「く、食うよ!」
慌てて立ち上がったベル達は、いそいそとテーブルに着く。
まともな食べ物にホッと一息つきつつも、自分たちとの違いを見せつけられて、微妙そうな顔をしていた。
しかし、食事というのは死活問題だ。
シエルは悟ったような目をしているが、ベルは申し訳なさそうにしながらも、恐る恐る問いかける。
「飯、これからも作ってくれたり……?」
「これだけ補給すればしばらく必要ないだろ」
「師匠、3人でローテーションしような……」
「頑張って次の集落まで誘導しなきゃ……」
「そーやって乗り切ってきたのか、師匠。がんばりの方向性が悲しいな……そこは潔く練習しようよ、付き合うからさ」
勇者は料理ができる。驚くべき事実を知るとともに、一行の課題が浮き彫りになった夜だった。