39-体が死んで、魂が死んで
「さぁ、やってまいりました!! 死に巡り英傑選手権!!
実況はこのワタクシ、ナイトメアがお送りいたしまぁす!!」
戻る。悪夢の走馬灯へと。
沈み込む意識が感じるのは、しつこいくらいの森と土の香り、そして騒がしいピエロの声だった。
「う……なんなんだよ、お前」
目を開けると、そこには変わらず熊の群れ。
頭上に浮かぶナイトメアは、マイクを手にして生き生きとしている。
「フハハハハ!! まだ説明がいるのかね?
ならばよく聞け我が高名。壁に耳あり障子にメアリー。
そして頭蓋に我があり。古今東西、場所を問わずに眠りに侵入。万民沈みし悪夢の具現。
魔王種ナイトメアたぁ、この俺様のことよぉ!!」
「うざ……」
これはきっと、生存競争ではない。
あるいは、無法の殺し合いではない。
どちらかと言えば、おそらく試合の類で。
呟き起き上がるベルを、熊たちは黙って見ていた。
黙ってただ、攻撃の態勢を整えている。
「ひどーい☆ でもいいのかなぁ?
君、今あたしの世界にいるんだよー?」
世界に意思が宿った気がした。
空中のナイトメアを中心に、波紋のように色が広がり、煌々とした炎が熊たちの口から溢れ出す。
「そこまで鈍くねぇっての!!」
叫んだベルは、地面を蹴って宙を舞う。此度は滞空。
重力を弱め、無駄なく空を走っていた。
前後左右を炎が炙るが、動く彼には当たらない。
「飛べば熊は届かない。お前がやってる通りだろ!?」
「そして狙うはこの僕か! って嘘だろ!?
正義の味方が、無抵抗な弱者を殺すつもり!?」
「どこが弱者……」
視界が赤く染まる。火元は下。
先読みして放たれたらしき炎の1つが、直撃してベルを包み込んだようだ。
「フフ、移動してたら当たらないと思ったぁ?
何頭いると思ってんだよ、ギャハハハハ!!」
体が固まる。皮膚が焦げる。肉までとろけて力が抜ける。
悪趣味なピエロのくぐもった声は、どこか遠くから聞こえるようで。自身の喉を裂いて出る悲鳴に、塗り潰されていた。
「さぁ、小さな勇士はたった一本の剣でいかにして神秘の熊の群れを打ち破るのか! 気になる続きはCMの後♡」
血まで炭になり地面に落ちる。
グシャリと潰れ、倒れ伏し、それはこれ以上ないほど明確な死だった。
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「お前、がぁッ!!」
「あらあら、今度は元気ね。理解したのかしら」
跳ね起きたベルは、即座に玉座に向かって飛び出していく。
その身に不思議と血の跡はない。
爆散した血は、肉は、すべて姿を消していた。
「付き合ってあげてもいいけれど……」
必死な姿に微笑むスカーレットは、静かに座って見つめるばかりだ。妨害もなく、応戦もなく、ベルは引き抜いた銀剣を振りかぶる。
「ごめんなさいね。やっぱり趣味じゃありませんわ」
しかし、その切っ先が届くことも、そもそも女王の元に辿り着くこともなかった。なぜなら、当たり前のように全身が爆散し、再び倒れ伏したから。
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「い、てぇッ……!!」
悪夢に舞い戻ったベルは、すぐさま右手で肩に触れる。
刻印が示すは銀の盾。手を伸ばした先には、形を変えて空へと伸びる銀の道があった。
「これで炎も届かねぇ!!」
下からの直撃を受けたのは、その身一つで駆けたから。
障害物がないからだ。空を穿つ道を生み出せば、多少は炎も凌ぐことができる。熊たちが動く隙も与えぬまま、ベルは空を駆け上ってナイトメアに迫っていく。
「うぇ早‥」
「断ち斬れ錬成刃!!」
重力もなく邪魔者もなく、爆炎に押されるベルは、身構える隙すら与えず肉薄した。ナイトメア本人に、大した戦闘能力はない。その華奢な首は、呆気なく斬り飛ばされる。
踊る影を受けながら、クルクルと回る首は地面へと。
前回のベルのように、無防備に叩きつけられて潰れ‥
「な〜んちゃって。うっふふふ。
君、なんか勘違いしてな〜い? 君がここで殺されて、まだ死んでないのはなんででしょ〜か!」
潰れて血溜まりになるかと思われた首は、寸前で止まる。
ゆらゆらと気味悪く振り向き、頭だけでケタケタと笑う。
ナイトメアと戦う意味はない。
ならもう、今回の結末はわかり切っていた。
暗い顔をしたベルは、燃え朽ちる木の葉を浴びながら、歯を食い縛って答えを出す。
「ここが、夢の中だから……!!」
「そもそも、試練の相手は熊たちだぜ? おいらを斬って止まるかよぉ! てことでぇ、バイ!」
前後左右に、熊が飛ぶ。巨体にも関わらず、彼らはその恵まれた筋肉で跳躍していた。こうなると盾の意味はない。
四方八方から炎は吹き、爪が煌めき、ベルは細切れになりながら焼け爛れた。
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「うぐ、ぉぉぉぉっ……」
「鈍いわね。そろそろ限界かしら」
立ち上がる。爆散する。
あとはお察し夢送り。無限の悪夢、輪廻の死滅。
これが今宵のナイトメア。
「地獄、すぎる……だろぉ!!」
精神に肉体の死は関係ない。それでも、まだ攻撃を受けても酷使してもいない手足が震え、片目は歪に閉じていた。
逆に、反対の目は不気味な程まん丸に見開かれており、その様は狂人そのものだ。
逃げ場はない。助けもない。
抜け出せないループに閉じ込められたベルは、夢と現実で殺され続ける。
「――」
もらった少量しか使えないルーンでは、火力が足りない。
風をものともせず迫る熊に、ベルは押し潰されて死んだ。
そして爆散。
「――」
練度の足りない魔導書では、火力が足りない。
爆撃を押し退けてくる熊に、ベルは頭を噛み砕かれて死んだ。そして爆散。
「――」
重力を操る魔道具の靴は、あくまでも補助道具である。
そこらの獣ならまだしも、魔獣相手にはほとんど通用しない。びくともしない熊に囲まれ、ベルは食い散らかされて死んだ。そして爆散。
現実で肉体が殺され、悪夢では精神が殺される。
しかし、現実の肉体はおそらく飛び散った血を戻すことで蘇生されており、精神は折れない限り果てがない。
延々と殺され続けたベルは、やがて立ち上がれずに弱々しい目を女王に向けた。
「ふふ、10回目……くらいかしら? 案外保ったわね、小さな子どもなのに。英傑のようで美しいわ」
どちらを攻略すれば、逃れられるのだろうか。
「でも、華々しく散れないのなら、あなたに興味はありませんの。次に起き上がれなかったら、もう蘇生させないわ」
どちらになら、つけ入る隙があるのだろうか。
「ぐ、うッ……」
いや、きっとそんなもの必要ないのだ。
彼女は言った。立ち上がり続けさえすれば、蘇生するのだと。ならば、必要なのは――
「上等だ。お前が飽きるまで、力ぁ使い果たすまで、オレがお前の前に立ち続けてやる。後悔すんなよ命の冒涜者!!」
心折れずに、英雄であり続けること。
女王が好む絵画のようなワンシーンを、示す続けることだ。
「あら、懐かしい呼び名。よく勉強したのね、偉いわ」
死に続ける覚悟を決めたベルに、スカーレットはわかりやすく嬉しそうだ。恐れどころか、敵が目の前にいるとすら思えない雰囲気で微笑みかけている。
「その成果がどれだけ出せるか、見物ね」
目が膨張する。視界が歪む。全身の痛みを感じる前に、ベルは頭から吹き飛んで死んだ。
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「……」
ヒョウヒョウと風が鳴く。葉が揺れ、土が舞う。
嫌に静まり返った場の雰囲気は、突き刺さるほど不気味で。
だが、目を閉じ立つ背に恐れはなかった。
「お帰り〜☆ 目を瞑っちゃってどうしたの?
怖くて前が見れなくなったのかなぁ?」
挑発的に浮かぶのは、足を組んで寝転がるナイトメアだ。
目と鼻の先にいる悪魔のようなピエロを、ベルは憤怒を宿す瞳で睨みつける。
「んな訳ねぇだろ、日陰ヤロー。決めてきたんだよ覚悟をよ。何を期待してようが、オレの心は折れねぇぞ」
「そんな荒々しい言葉遣いになっちゃって……!
わたくし、そんな子に育てた覚えはありませんことよ!」
「育てられた覚えこそねぇよ!!」
2人を囲んだ熊が唸る。揺れる影に明滅する姿は、感情の高ぶりを表しているようだ。それらは木々に燃え移り、広がり、パチパチと弾けて辺りを覆う。開戦の時は近い。
「試練だか何だか知らねぇけど、いい加減もうウンザリだ!!
1つ目は熊。2つ目は群れ。次は魔術王でも出てくるか?
嫌でも覚えたし考えたよ。どうすりゃいいか、何がいるか」
狂ったように頭を掻きむしる。指を飲み込む髪は、少し色が抜け落ち灰色じみたものになっていた。
しかし、どれほどのストレスに曝されようと、意志は変わらない。目指す場所は揺るがない。
「来いよ熊公! 勇者見習い、蒼銀のベルが、テメェら全員せんめつしてやる!」
背中から銀剣を抜き放つと、堂々と宣言した。
かつての苦難ももはや些末事。
刮目せよ。今こそ過去に打ち勝つ時だ。




