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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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38-ブラッディナイトメア

同刻。ベルとアリババは、城の最上階に舞い戻る。

扉の前に立ち尽くし、先ほどとは比べものにならない圧迫感に震え、顔色を悪くしていた。


「……フレイ連れてこなくてよかった」

「そりゃそうだ。時間置いて殺されてねぇなら、あいつには殺す価値がないってことだぜ。弱ってんのに連れてくる方が寿命が縮むってもんだ」


階段を登っていた時点で、彼らの足は着実に重くなっていた。明らかに、疲れ以外で呼吸が乱れ、時折膝もついていたくらいだ。


負傷者を連れてきては、それだけで死んでしまう。

そこまでいかずとも、最も危険な場所に間違いはない。

強がるアリババに頷き、ベルは呼吸を整える。


「助けるだけが正しい訳じゃないってことか。取りあえず今は玉座に集中よう。この感じだと、女王は絶対中にいるぞ」


戻ってきたクレアに殺されるかもしれない。

戦いの余波で城が倒壊し、巻き込まれるかもしれない。


不安要素は無数にあるが、考えても仕方がないし、この状況でどうにかできもしない。ベルは迷いを振り払うように断言し、思考を自らの生存に切り替える。


「クレアは迎撃準備、カーボンは蹴り落としてどっか行った、アズールは……あいつはなんだ?

……あー、まぁよくわかんねぇけど追ってこねぇ。

絶対とまでは言えねぇが、ほぼ確ってとこかァ」


どれだけ楽観的に考えても、女王はいる。

一度は立ち向かおうと攻め入ったベルだが、いざ直面すると尻込みしているようだった。


『生き残れば勝ちだ』『なら戦う意味はあるのか?』

『何のために剣を取っているのだろう?』

『誰を助けようとしている?』


――ブライヤ以外、誰も望んでいなかったのに


振り払おうとした迷いは断ち切れず、浮かぶ思考に心が陰る。前を見据えた視線は落ちて、親とはぐれた子どものようだ。


「この部屋に戻れ、とは言われてないけど。

下にいたら、リチャードが来るのを待ってくんないのかな」

「いや、別に待ってくれてる訳じゃねぇだろ。潜伏中も散々追い回されたぞ? まだ生き残れてんのは、クーリエが隠れ家を用意してくれてたからだ。それに……

今まではコイツがいなかった。どの道もう無理だ」


勇ましく笑うアリババが、ガンギマっている目を見開き宣告する。その先にそびえ立つ扉は、何も変化していないのに中から血が滲み出てくるように見えた。


「わかってるよ。聞いてみただけ。覚悟はいいか?」

「なきゃ盗みに入んねぇだろ」


なぜさっきはいなかったのだろう?

どうしていきなり現れたのだろう?

いくつも浮かぶ疑問を飲み込み、ベルたちは禍々しく荘厳な扉を開けた。炭酸飲料のように、破裂音と共に液体を吹き出しながら。




~~~~~~~~~~




辺りは暗く、建物の類いは見えない。

ざわざわと揺れる木々だけが、不気味な呼吸を鳴らしている。


――夢を見ている。


木々は倒れ、それを踏みしめ踊るは炎。軽やかに木っ端に燃え移り、逃げ場を奪っていた。


――夢を、見ている。


城の最上階にいたはずのベルは、気付いたときには見覚えのある森のなかにいた。他に生き物はいない。

アリババすらどこにも見当たらず、1人で立ち尽くしている。


「この感じ、またあの悪夢か……?」


見回してみても、あるのは木々と炎、あとは照らされ生まれる影のみだ。炎は際限なく手を伸ばし、付随した影もそこら中を駆け回っていた。そのうちの1つが、唐突に肥大化し、光源に反して目の前に降ってくる。


「殺されうなされバンババーン!

俺様はナイトメア。よろしくちょ」


正真正銘の鬼を思わせる角に、月のような曲線を描く目と口をした仮面。黒い道化師のような服装で、コミカルな動きをするその姿……チラッと見かけただけでも脳に焼き付く衝撃だ。忘れられるはずもない。魔王種、ナイトメアが現れた。


「お前、この前の変な夢の!」

「ナイトメアTV、はっじまっるよー!

よい子のみんなー? 泣き叫ぶ準備はできたかなぁ?」


揺らめくダンサーに囲まれて、ナイトメアは全身を波打たせて呼びかける。明るい口調、子ども向けな語彙とは裏腹に、内容は残酷だ。


「は……!?」

「さぁ、レッツパーリィ!! fuuuu〜!!」


戸惑うベルを置き去りに、悪夢の世界が始まった。


「なぁっ!? お前は!!」


影は集まり1つの影に。毛穴から火を吹き出す熊が現れる。

始まりの試練。故郷の村で立ち向かった魔獣。

ある意味、旅に出るきっかけとなった炎が、彼の目の前にそそり立っていた。


「オスハ、クイゴタエアル」

「試練の時間だぜ、チェリーボーイ」


煽りながら跳躍するナイトメアが、開戦のゴングだ。

口元から炎をこぼす熊は、初っ端から体を炎に変えてベルに迫る。巨体による不利はない。


元より素早い移動は、蛇の如く間を縫い進む繊細さを得ていた。障害物など、なぎ倒すまでもなくすり抜けている。

あらゆる場所が熊の道だ。見失うことは期待できない。


狙いもまた正確で、実体化した凶暴な腕が小さなベルを真っ直ぐ捉える。


「? コイツ、ナンダ?」


首を消し飛ばすかに思えた熊の爪だったが、それがベルまで届くことはなかった。なぜなら、彼らの間に銀の盾が生成されていたから。


「"汚れなき(スパートルス・)蒼銀(シャノン)"

お前の攻撃なんて、もうこれっぽっちも受けねぇよ」


ベルは左肩に触れた右手を伸ばし、盾を錬成する。

強度は十分。炎と化した熊の腕を完璧に防いでいた。


もちろん、防いだだけで満足はしない。反対の手で魔導書を開くと、両足に炎を灯して思いっ切り屈む。

動きを止められたなら、盾への意識は不要だ。

掲げていた右手を背中に回すと、銀剣の柄に手をかける。


「"イグニッション"

今さらお前に苦戦するかっての!」


炎の爆発を推進力に、ベルは盾を突き破り熊へ斬りかかる。

肩口を大きく斬り裂かれ、傷口を銀へと変えられた熊は、火をかき消すほどの悲鳴を上げた。


この隙を逃さんと、ベルは爆炎を利用し空中を蹴る。

辺り一帯が彼の足場だ。あり得ない動きで舞い戻った少年に、熊は反応できない。傷の反対側から斬られ、大木のような太い首は呆気なく宙を舞った。


「キャー、すごいすごい! 人が魔獣を容易く殺しちゃうなんてねーえ。それも1人で。あたしが褒めてあげちゃうゾ☆

てーことで、ほい次ぃー」

「はぁ!?」


巨体は倒れ、首は落ちる。試練は突破だ。

しかし、ここは何でもありの夢の中。

重い音が響くと同時に、飛び散った肉片からは先ほどの熊が十数頭に分裂して現れた。


着地したベルは、驚愕に目を剥きながらも、爆発で体を支えて瞬時に身構えている。


「ズルだろそんなの!!」

「おいおい、試練があの熊と僕は言ったかい?

苦難を乗り越えたからって、明るい未来が来ると誰が保証できる? 現実は非情なものだよ少年」


現れた熊は、やはりすぐさま炎に変わる。

不安定に揺れ動き、複数が重なることで、もうベルには実体など捉えられようはずがない。


「てことで、バっハハーイ!」


目口の三日月を怪しく光らせ、ナイトメアは大仰に手を振り笑う。渦を巻く炎に逃げ場はない。無数の爪を防げはしない。盾も足りず、間に合わず、ベルは全身をズタズタに焼き裂かれて悪夢で死んだ。




~~~~~~~~~~




「はッ!!」


痛いほど鳴る心臓を押さえ、飛び起きる。

夢から醒めた。それでも胸の早鐘は収まらない。


嫌な汗を流し、荒い呼吸を繰り返し、隣に倒れ伏すアリババを、そして目の前の玉座に座るモノを、呆然と見上げる。

見えない。わからない。捉えられない。


いるとわかっているのに、明らかに危害を加えられているのに。それは、1つの芸術品のように部屋と調和し、穏やかな存在感を放っていた。


「こんにちは、御機嫌よう。気分はいかが?」


体を支える手に、ドロリとした感触が残る。

重く、濃厚な鉄の臭い。血だ。床に敷かれたカーペットは、すべて彼ら自身の。


「オレたち、たしか爆散して……この血……

なんで、生きてんだ……?」

「うふふ、立ち上がったってことでいいのよね?」

「ッ……!!」


全身が泡立つ。魂から警告を発する。

混乱などしている場合ではない。今から迫るのは、再びの死――


「あなたは何回、わたくしを楽しませてくれるのかしら」


真っ赤な目が射抜く。ベルの全身を、内側の肉を、その身に流れる血流を。


「――!!」


皮膚が波打つ。骨が軋む。

筋肉を引き裂く血の爆発が、最後、かすむ視界に噴き出していた。





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