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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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37-愛と信頼と救出と

「ここが、盗賊王の奥さんが捕まっている所」


ベルたちと分かれた数分後。目的地と思しき地点に辿り着いたシエルは、血に汚れた建物を見上げて呟く。

目の前にあるのは、他より若干高く、立派に見える頑強な塔のような建造物だ。


もしも吸血魔城の近くにあれば、城の一部や先立つ防衛拠点に見えたことだろう。とはいえ、それもじっくり見ればの話。


普通に通りがかっただけだと、きっと何も思わず通り過ぎたに違いない。もちろん、それは普段から神秘触れていない普通の人であれば、だが。


「濃い神秘を感じるね。かなりの力を込めてるみたい。

あの2人は入れたみたいだけど……」


侵入を拒む意思を感じたシエルは、右手に持った杖を振って軽く辺りの空気を揺らす。一見、障害物は何もないのに、掻い潜るようにゆっくり進んでいく。

傍らには、一冊の魔導書が浮いていた。


「うーん、あたしはもしかしたら攻撃されるかも」


言うが早いか、左上から血の槍が降ってきた。

空気に混じった血からの創造は、無音で何の予兆もない。

シエルが気付く前にこめかみへと迫る。


「わ、危ない」


しかし、槍が命中することはない。

魔導書が自動で雷を放ち、それを撃ち落としていたから。

真っ二つにされ、地面に落ちた血の槍は、カランと鳴りながら霧となって消える。


「ふぅ、警戒しておいてよかった。連続では来ないよね?」


足を止めたシエルは、再び魔導書に手をかざす。

すると、魔術を発動し終わって、元のぼんやりとした輝きに戻っていたそれは、またバチバチと黄色い火花を散らし始めていた。


「……念の為、もっと守りを固めておこうかな」


準備を終え、歩き出そうとしたシエルだったが、少し魔導書を見つめた後ピタリと動きを止める。

防御力は十分だが、抵抗が多くなれば手数が足りない。

総合してみれば守りは不十分だ。


「星は謳う、生命の輝きを映す鏡となって」


つぶやき、長杖を自身の周囲へ円を描くようにかざす。

空気を這い、足元に陣を描くのは先ほどの雷だ。

宙に浮かぶ軌跡は、随所に光体を持った星座の形を現している。


「星は巡る。数多の流れを飲み込んで。

個体の意思など故に無力。万難を払う群星となりましょう」


紡ぐごとに、星は巡る。緩やかに、一定に、ドレスのようにシエルを守る。小さな銀河を模し纏う彼女は、くるりと杖を回してから地面を打ち、それを固定した。


"アストラ=ドミナル"


「よし、じゃあ進もうかな」


漂う血液、埃の一粒すらもう干渉できない。

あらゆるものを打ち払い、彼女は牢獄の中に踏み入る。




「こんばんは、モルジアナさん」


階段を降り始めてから、十数分後。

星を纏ったシエルは、血どころか埃1つ被ることなく牢屋の前に現れる。


地下にある割に、何も見えないほど真っ暗い訳ではないが、薄闇の包まれた牢内は本来、はっきりと見通せない。


「あなた――」


地下に持ち込まれた星が、月明かりに代わって牢内を照らす。映し出されたのは、牢を封じる赤く不気味な血の文様と、中に拘束もされず座っている女性――モルジアナだ。


「……シエルさん?」


ずっと閉じ込められ、外の様子を知らないはずの彼女は、予知でもしていたかのようにその名を呼ぶ。

虜囚とは思えない態度だが、シエルも特に動じない。

驚いた素振りすらなく、微笑んでいる。


「オッケー、そういう感じね。聞いてた通り」

「なら、早速本題に入りましょう?」


モルジアナは言わずもがなだ。2人は鉄格子を挟んで向かい合い、初対面ながらも分かり合っている雰囲気を醸し出して言葉を交わす。


「あなたには私を解放する手段がある。

ペンダントはもう持っているでしょう? 今は報復よりも戦力が必要だと思うのだけれど、どうかしら?」


敗れた血がいくつも階段から忍び寄り、シエルに迫る。

形状は薄く小さなナイフだ。


音はなく、姿も見えず、神秘の感知にも引っかかりにくくいであろうそれは、集うことなく個別に彼女を狙う。


階段からという縛りはあるが、その中で上下左右を網羅し隙はない。これを防ぐのは至難の業だろう。

だが、防がないのであれば、何の問題もなかった。


「あなたには女王を殺す策がある?

足手まといになるなら、今すぐ解放する価値はないよ」


疑似星座に飲み込まれたそれらは、シエルの周囲を一周した後、牢屋の格子に当たって止まった。

金属がぶつかり合う嫌な音が響くものの、格子に傷はない。


とはいえ、普通なら間違いなく危機にあたるものだ。

そうでなくとも、物が迫れば格子があろうと身構えよう。


しかし、どちらも驚きはしないどころか、気にもしない。

死角を突かれたシエルは静かに返事を待ち、モルジアナも何も起こらなかったようにスルーし問いを返す。


「こちらの戦力は?」

「さぁ。あたし、さっき来たばかりだから。わかってるのは、クーリエ先輩と護衛、ベルくん、盗賊王かな」


正直に明かすシエルを見て、モルジアナはクスクスと笑い出す。ここが牢屋でさえなければ、どこかの権力者だと感じさせる風格だ。


「あらあら。それはあなたの不備よ。

彼我の戦力、正確な戦況、変わりゆく地形。

知略を練るのに必要な情報は膨大なの。

用意できないのなら、解放してもらうしかないわね」

「もう持っているものを交渉材料にしないでほしいな。

あなたに策はあるの? ないの?」


楽しげなモルジアナに水を差すように、シエルはスッ……と追求を差し込む。笑みは相手を深くまで見通そうとするものに変わっていた。


「その2択に意味があって?

実際に殺せなくても通用するでしょう? あるなんて」

「もう一度聞かないとダメ?」


短く一言。余計な言葉を一切含まず切り返され、モルジアナは目を閉じ両手を上げる。表情は不思議と満足そうだ。


「……あるわよ、えぇ。結果はわからないけれどね」

「あなたに自信があるならいいの。じゃ、解くね」


事もなげにそう言うと、シエルは地面に杖を突き立てる。

先端から伸びるのは、弧を描いて伸びる魔力の流星だ。

光は檻の四隅へ突き刺さり、拘束を解こうとせめぎ合う。


「っ、人智を超えた……血の縛り――!」


気軽に始めた解呪だが、成し遂げるのは言うほど容易ではない。迸る風に髪がなびく。額を流れる汗が溶ける。

全身全霊を懸けて、シエルは女王の世界に挑んでいた。


「勢い余って、私を攻撃しないでね?」

「黙って!」


軽口に応じられないほど、攻防は激しさを増す。

檻は赤く輝き、脈打つ光が星を呑む。

流星を侵食する禍々しい血は、今にも杖まで届きそうだ。


さらには、壁からも血が滲み、人形を成した悪意がシエルに手を伸ばしている。


「極点にファシアス、秘天にサベタル。

星が描くは、暗雲祓いし光のアーク」


ふと気が付くと、突き立てられたものとは別の長杖が2本、牢屋の左右に刺さっている。

最初の1本を入れた3本の杖が、点を結んで境界を描いていた。


「開けるどころか、逆に染められる――!!

まだ足りないなら、持ち得るすべてを貴女にあげるっ!」


血の人形は堺で止まり、吹き荒れている嵐にもシエルの血潮は混ざらない。だが、薄っすらと張った壁には少しずつヒビが入り、崩壊の時は着実に近づいていた。


それに、危害は加えられていないものの、普通ではあり得ない命を削るほどの消耗がある。

境界で隔ててもなお襲いかかる圧力に、爪は剥がれ口の端からは血が垂れてきていた。


耐え難くても、手を引きたくても、今さらもう止まれない。

心身を削りながら保つ領域内で、彼女はさらにいくつもの石と札を、虚空から撃ち出していく。


「五行を律し、命を克せよ。

神意を刻み、真理を歩め」


ルーンは砕けて格子にかかり、呪符はピタリと檻に寄り添う。随所で呼び起こされる複数の魔術は、それぞれ火や風を発生させて血を抑圧していた。


しかし、決定打にはまだ足りない。

それらはあくまでも、ジクジクと迫る血を弱めるためのものだから。牢は依然として出入りを阻み、分かち続ける。


とはいえ、少しでも抵抗が弱まれば、その分解錠に集中できるというものだ。さらに杖を呼び出したシエルは、握るそれらに不可思議な式をまとわせ始める。


「魔術式、構築開始。構成要素解明=生命。

境界術式補強/断絶。属性定義:虚数」


杖を用いた基礎魔術、星を定める星占術、世界を隔てる境界術。さらには、ルーン魔術に札を介した陰陽道。

いくら魔術が、人の規格に合わせられたものとはいえ、同時にいくつも発動すれば負荷は相当なものだ。


個々の魔術を習得していようと、正気の沙汰ではない。

加えて、一から魔術の式を――魔術を作り出そうとするなど、自殺行為である。


ブーストのためサークルを作っていた杖は、数秒ごとに砕け散る。杖を掴んだ手も震え、口からは瑞々しい赤い果実が熟れて落ちた。


「証明≠不要。必須事項→埋積完了。

微小特異点始動。結論【開闢】」


動くだけで裂ける体を押し留め、シエルは左手の杖を牢へと投げつける。先端を前に。揺らぐことなく真っ直ぐ飛ぶそれは、正確に格子の芯を打った。


「――!!」


直後、彼女は一瞬にして牢屋の中に。ゆらりと儚くその身を現す。瞳は虚ろ。不安定ながら流し目を送ると、右手の杖でコツンと力なく格子を打つ。


それまでの苦戦はなんだったのか。

たったそれだけで、牢屋はバチンと弾けたような音を出し、錆びついた音を立てて扉を開けた。


「感謝するわ、シエルさん」

「……あと、これも」


取り繕わずに頭を下げるモルジアナに、シエルは空いた左手を差し出す。開いた指から落ちたのは、まん丸な結晶だ。


「これは――」


見覚えがあるらしく、モルジアナは顔をしかめる。

つまりはそういうこと。アリババの財宝。その1つ。


『救出ついでにもう一個いいか?

これ、あいつに渡しといてくれ』


パーティから離脱する数分前。アリババはそう言ってシエルに手を差し出した。渋々受け取ったのは、非の打ち所がなく均等な球体だ。流石に財宝まで知識の及ばない彼女は、首を傾げている。


『登録してある持ち主が死ぬと割れる魔道具だ。

パクっても意味ねぇぞ』


それ、意味あるの? 思わずシエルはそう聞いた。


『逆に復讐したくならねぇ?』


さらに重ねられるベルの問い。魔道具の価値について、本人以外は懐疑的だ。そんな両者の言葉を聞き、アリババはやや悲しげに笑う。


『あいつはそんな女じゃねぇよ。俺らが夫婦になれたのは、偏に俺が山のようなお宝を手に入れられるからだ。

死ねばすべての所有権を持てる以上、むしろ死んだ方がありがてぇのよ』

『マジで言ってる?』


諦観と、満足。しかし、そこにあるのは確かな愛情。

この世界にあっても、おそらく不思議で歪な関係に、ベルは引いていた。


『当たり前だろ。あらゆるお宝を盗んできた俺だが、たった1つだけ盗めなかったものがある。それが、モルジアナの心だ。惚れた女の心だけは、どう足掻いても奪えなかったのさ』


盗みを生業としてきた。奪うことでどうにか命を繋いできた。きっと、生きてきた世界が違うのだ。


悪を良しとし、汚れた手は、それでも美しい品を手渡し愛を伝える。それはシエルの手を介し、妻であるモルジアナの元へと――


結晶が割れる音が響いた。

大切に保管され、手渡された魔道具は、驚愕に固まるシエルの目の前で、確かな意志を以て叩き割られていた。


「え……? あの、なんで……?」

「あの人が死ぬはずありません」

「へ……?」


本気で困惑している様子のシエルに、モルジアナはかすかな怒気を含んで返す。言葉に迷いはない。表情に後悔はない。

それがより一層、シエルの思考を混乱させる。


「それに、もし死んだとしたら、私もすぐに後を追うことになるでしょうから。無意味ですよ、こんなもの」


行きましょう、と。傷だらけのシエルを置き去りに、モルジアナは階段へと歩を進める。牢獄を包んでいた血の気配は既にない。まるで、拗れ、すれ違った恋愛に、女王すらも呆然としているかのようだった。


「えー……?」


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