34-星光は未来の先触れに
吹き飛ばされたフレイは、ピクリともせずに地面に伏せる。
自衛手段のないガンマンなのだから、無理もない。
もちろん、近くにはいたのだから、盾と風で多少は軽減されている。だが、遠目で見ても戦線復帰できる体ではなかった。城に留まる2人すら、端々を火傷しボロボロだ。
立ち上がれもせず、穿たれた大穴を見つめる。
「ッ、死ぬ……かと」
揺れる眼差しは、今にも崩落しそうな崖を見る。
続いて、底で動かないフレイを。
険しい顔には脂汗がにじみ、すぐにでも心が折れそうだ。
しかし、格の違いなど神秘と知った時点で理解し、接敵した時点で体感している。それでもなお立ち向かったのだから、ここで絶望などするものか。
「ハハァ、こーりゃいよいよ……」
アリババは言うまでもない。変わらずヘラヘラと笑い飛ばし、何かに気付いたのか目を見開いている。
同様に、ベルも表情を曇らせることなく、開かれた道を凝視していた。
「けど、下までの穴はありがたい。壊す手間が省けた。
あとはフレイを回収して突き進むだけで‥‥」
「やめとけ。んな余裕はねぇよ。助けたところで、動けねぇんじゃ諸共死ぬだけ。あいつぁもうダメだ」
冷たい忠告を受け、ベルはうつむき唇を噛む。
生き残るために最善を尽くすのならば、疑いようもない事実だ。心が沈む現実だ。
とはいえ、アリババも沈ませただけで終わらない。
その目が捉えた自由を、未来を、希望を、嬉々として告げる。
「それより見ろよ、地上の街を。
ようやく響くぜ、救世の音が」
崖から顔を出し、胡乱げながらもベルは見る。
疲れた顔には、段々と興奮が浮かび熱を持つ。
倒壊寸前の城の向こう、崩れかけの穴の先に、彼女はいた。
戦いとは縁遠い制服姿の少女、杖を携えた識者、リチャードを守る唯一の人。シエルその人が。
「あそこまで辿り着けたら俺らの勝ちだ。
わかりやすいだろ?」
煤だらけのアリババは、そう言い小瓶を眼前に掲げる。
もう節約する必要はない。瓶の口からは、これまでにない程の嵐が迸っていた。
「面白い。ならば私も全力だ」
ベルがつま先をコンコンと打ち鳴らし、クレアはハットを押さえて笑う。ちらりとのぞく首に傷はない。
数秒のうちに、彼女は懸念点を消し去っていた。
――意識がこっちに向いてるなら!
空気には黄金の雷が走り、錬成の開始を告げる。その試行に追いつかれる前に、ベルたちは風に乗って駆け出した。
「師匠ーッ!!」
フレイの姿を脳裏から振り払い、真っ直ぐに進む。
降ってくる瓦礫は嵐が弾く。
彼はただ、風と共に走ればいい。
「さぁさぁさぁ、来たぜ黄金が!!」
追撃の如何は振り返るまでもない。
並走するように竜の首は伸び、また息吹が風を乱そうと荒ぶる。その度に、ベルは弱めた重みで空を蹴り、アリババは風をねじ曲げ避けていく。
余力のことは考えず、全力を尽くして逃げに徹する。
ここまでして、ようやく成立する賭けだった。
「君に魂を与えよう。
仮初ではない、本物の命として、本能に従い給え」
城を、金色の光が駆け巡る。軌跡が伸びた個所は命を宿し、今や城は、巨大なゴーレムへと変貌し産声を上げていた。
体内と化した範囲は広く、たとえ出られてもその手は長い。
ほとんどの空間を埋められたベルたちは、焦燥感に押し潰されながらも活路を探す。
「〜」
「なんだ? 声が――」
ゴーレムは穴というケガを再生し、彼らを閉じ込める。
誰にも声は届かず、誰の声も届かない。
この戦いを見るものは、自分たち以外どこにもいなかった。
それなのに、ベルは立ち塞がる壁を蹴りながら眉をひそめる。赤が差し込む景色は、より明確にブレ始めていた。
「また金が増えてんぞ、気をつけろ坊主!!」
瞬く光を見つけ、アリババは警告する。
ゴーレムとして修繕された城が通すのは、同じ造物である竜たちとそのブレスのみ。揺らいで見える光の輪っかは、体内に直接発生してるようだ。
「金?」
目の端で捉える。その光は確かに金色で、クレアが使う魔術の陣に酷似していた。しかし、その陣の中にはさらに無数の円が連なっていて。陣が敵のものでは――少なくとも錬成陣ではないと、ベルには理解できるものだった。
「違う」
陣の中で円形は回る。それらは中心に近いほど速く、遠いほど遅い。段々と丸くなる光は、星の模型のようで。
限定的な星空を、地上に現していた。
「あれは……?」
「こっちだアリババ!! 多分あれは――」
いくら錬金術という分野で頂点に君臨しようが、他の分野も知り尽くしている訳ではない。クレアは瞬時に解せず首を傾げ、その隙にベルはアリババを伴いそちらへ向かう。
「師匠が示した道だから!!」
行き場をなくしていた嵐は、星を目掛けて流れ行く。
同時に、加速した公転は止まり、カチリと小気味のいい音が鳴り響いていた。
風に背中を押されつつ、ベルは蹴る。
音と共に拡がる、波動のような星光を信じて。
「おぉ、一撃とはやるなぁおい」
「ここが一番、脆かった!」
突き破った先に、腕が迫る。だが、その岩壁でもまた、師匠――シエルの描いた星座が星光を放っていた。
「行けるか坊主!」
「任せとけ!」
陣は再びカチリと鳴る。
星光が迸り、衝撃がその付近を襲う。
全体像を見られる今ならわかる。
巡る星は世界を動かし、望む形で止めていた。
つまり……
「ぶった斬れ、錬成刃アマルガム!!」
無理やり動かされた岩は、密度を下げてその箇所だけ細くされていた。薄い壁と違って蹴り砕けない巨岩の岩も、脆弱になれば剣で容易く斬れる。
小さな背中から抜き放たれた剣は、断面を滑らかな銀へと変えてそれを断ち斬った。しれっと銀を擦り盗るアリババは、口笛を吹きながら興奮気味に叫ぶ。
「移動は任せな。お前は障害物をやれ」
「よけれるもんはよけてくれよ?」
初対面からは考えられないような連携で、彼らは止まることなく空を進む。壁を越え、腕を越えても、ドラゴンやブレスが繰り返し行く手を阻むが……
今の彼らには星の導きがあるのだ。回避も突破も、気を抜いていなければ問題はない。黄金の竜を撃破し、ブレスを掻い潜り、竜をすり抜け、ブレスを消し飛ばし、着実にゴールへ近づいていく。
当然、術者に近づけば援護の精度も上がる。
最初の数回を凌いだ時点で、もう生還は確実なものになっていた。
すぐ目の前にいるシエルは、半径4、5メートルほどの魔法陣――星座の上に立ち、周囲にもいくつか陣を浮かべている。
実技はそこまでとの談はなんだったのか。
シスイにも負けない、凄まじい安心感だ。
「久しぶり、師匠っ!!」
「ベルくん!」
杖を浮かせたシエルは、先に落ちてくるベルを受け止め、抱きしめる。つい先ほどまで、ピンと張り詰め冷たい雰囲気をまとっていた彼女だが、ようやく果たせた再会にほっと表情を緩めていた。
「よかった、無事で……!! やっと会えた」
「おーおー、感動の再会ですか……
こりゃ実に羨ましいことで‥うげぇ!?」
続いて落ちてき、着地したアリババに、シエルは迷わず杖を向ける。いきなり放たれた魔術に、彼は顔を引き攣らせて体を反らしていた。もちろん、ベルは抱きしめたままだ。
何が起こっているかわからないベルは、腕の中で首を巡らせている。
「何すんだテメェ!!」
「は? 殺そうとしてるに決まってるでしょ?
まさか報いを受けず水に流せるとでも思ってたの?」
再度、冷たい顔つきになっていたシエルだが、直前で視線を下に向けた時だけは優しげだ。『見ちゃダメ』と呟いて杖を引くと、軽くベルの耳を打って魔術をかけていた。
「誰がそいつを助けたと思ってんだ?」
「あなたが巻き込んだんでしょ? ±0じゃない」
「なら攻撃して来んな! 0なんだろ!?」
顔を前に戻したベルは、どうやら何も聞こえていないらしい。不穏な言葉にも口論にも、特に反応せずに良いと言われるまで待っている。
「ベルくんの分はね。でも、リチャードと私の分がある。
ま、そんなことしてる場合じゃないし、今はこれ以上はやめとくけど。代わりにあと3回は役に立ってもらわないとね」
その間も、クレアの造物たちは襲ってくるが、周囲に浮かんでいる魔法陣が罠のように発動し、対処されていた。
もし敵がドラゴンだったら、火力も範囲も足りなかっただろうが、幸いにも追ってきたものは小型だ。街を巻き込むつもりはないのか、コウモリやヘビなどしかおらず、トラップでも十分防げていた。
炎や水流、雷が敵を飲み込み、岩柱や風が敵を砕く。
もちろん、憎むべきアリババも対象である。
そこら中から吹き出す魔術に襲われ、飛び回りながら目を白黒させていた。
「お前らの分なら2回だろうが!
言っとくが、さっきの援護とか造物の排除は別だからな!?
お前はガキを守っただけ。俺は便乗しただけだ!」
「ベルくんはあなたの奥さんを助けるために、ペンダントを取り返した後も街に残った。貸し一だと思うけど」
「クソが!! 耳が早ぇなわかったよ!!
知略の提供、引き続きのお守り、女王の始末。
ひとまずこの辺りでどうだ攻撃をやめろ!!」
苦し紛れで無謀な提案だったが、意図的に巻き込もうとする魔術は消えた。どうにか死地から解放されたアリババは、安全な場所へと飛び込み、砂まみれになって転がっている。
息も荒く、中々に情けない姿だ。とはいえ、反骨精神には特に変わりがないらしい。口パクでおそらく罵倒し、こっそり中指を立てている。
再びベルの耳に杖を当てるシエルも、わざわざ相手にしないが……彼の頭には、石柱が拳骨を食らわせていた。
「ありがとね、ベルくん。一度も見せたことないものなのに、こんなに頑張ってくれて。ここまでしてくれて教えないのは、不誠実だから。少し教えるね。
このペンダントは、リチャードの証明なの。
心を手放したあの子が、生きた人である証明」
「あれ、そういやリチャードは?」
目を合わせて語るシエルを見つめ返し、ベルは首を傾げる。
彼女とは合流できたが、いつも一緒にいるはずの少年がどこにも見当たらなかったから。
それを聞いたシエルは、かすかに痛ましい表情を見せるも、すぐに気丈に振る舞い前を向く。造物の襲撃は収まり、辺りは息が詰まるほど静まり返っていた。
「すぐ来るよ。だからまずは、あれをどうにかしないとね」
シエルはベルを離すと背後に庇う。
スッと長杖を向けた先の空には、ドラゴンの上に立つクレアがいた。赤い空を霞ませ、月のように輝く金色を体現する、万物の錬成者が。




