33-試験管の中の危機
イレギュラーですが今日と三が日に投稿します
城だったものを襲う黄金は、凄まじい熱気を伴いベルたちを苛む。形なき金は銀を侵食し、ガスのように噴き出してくる輝きが伸ばした右腕を焼く。
「アァ、アァァッ!!」
繰り返して幾重にも銀の盾を創ろうが、ドラゴンがブレスを吐き続ける限り終わりはない。金へと変わった足場は崩れず、逃れられもしない。彼らは盾を創り、風で緩和し、その身一つで避け耐え続けるしかなかった。
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ……!!」
遂に盾はひび割れ、光が漏れる。
手元で崩れる時点で、重ねる盾は間に合っていない。
消えては裂け、また消えては裂け、少しずつ亀裂は広がり、溢れる金色も増していた。
背中を守る風などなお酷い。道具に頼り切った風が、敵自身の力に敵うものか。直撃は避けられているだけで、光は確実に合間を縫ってきて肌を焦がす。
耐えても削られ続けてジリ貧だ。
限界が来るのもあっという間だろう。
力なき者が生き残りたいなら、賭けに出るしかない。
「――!!」
敵の攻撃とは、一体いつまで続くものなのだろうか。
耐え切るではなく止めさせるへと思考を変えてみれば、答えは簡単だ。倒したと……少なくとも命中したのだと、思ってもらえばいい。
「――ッ!!」
アリババと視線を交わしたベルは、一際大きな盾を作った後に身構える。錬成を行なっていた手はもう伸ばさない。
受け流していた風も同様だ。ギリギリまで出力を落とし、最悪の回避だけに努める。
煌々とした軌跡を描く銀は、忍び寄る幾筋もの奔流は、砕け、膨れ上がり、牢獄と化した金の床へとなだれ込んだ。
「……限界が来た、という訳ではなさそうだね」
ブレスが床を壊し、熱波が塵を巻き上げる。
砂埃が視界を遮る中、クレアは驕らずにその光景を眺めていた。隙を狙う反撃はない。意表を突く逃走もない。
昇る空気によって、瞬く間に晴れる景色の中。果たして彼らは、満身創痍で立っていた。
「ハァッ……ハァッ……本当に、やってらんねぇッ……
さっさと、逃げるぞ……みんな……」
「ハハ、いやぁここまでとは思わなかったぜ。異論はねぇ。
元より、どうせあいつは大したもん持ってねぇしな」
「ブレないなぁ、君は……」
行動不能になるような欠損はないものの、至る所が焼け焦げ赤いベルとフレイ。
彼らは頭上のクレアを警戒しながら、ゆったりと厚い服で身を守ったアリババに強い視線を向けている。
「ふむ、無傷が1人。まぁ君なら妥当か。じゃあ次だ」
包囲攻撃を凌がれたというのに、クレアは平静そのものだ。
単なる一実験にすぎない、とでも言うように淡々と呟くと、腰掛けていたドラゴンの背から優雅に立ち上がる。
ふわりと揺れて、ハットは頭に。
カツンとステッキを鱗で打ち鳴らせば、その表面を新たな錬金陣が覆っていく。
今度は無からの創造ではない。
既にあるものの組み替え――乗る竜の変貌だ。
ブレスのような無形攻撃がダメなら物理とばかりに、八つ首の竜へと創成し直していた。
「アリババッ、さっきのやってくれ……!!
あいつから走って逃げるのは無理だ!!」
当然、空中を漂う金粉から伝播し、他のドラゴンたちの体にもその陣は描かれる。左右を囲むすべての竜がさらなる異形となり、ベルの顔は真っ青だ。
「まぁ待て。要は他に気を回させりゃあいいんだろ?」
「何をするつもり……?」
疲れを見せながらも、アリババは余裕を失わない。
負けないだけの修羅場をくぐっているはずのフレイが、顔を引き攣らせているというのに、勇ましく凶暴な笑顔だ。
彼女の問いに答えることもなく、手が懐に伸ばされる。
小瓶はまだ若干シワシワとした左手に託され、頼りない。
「まだ枯れてる手に、金色の残る足。こんなんじゃあ戦えやしねぇな。しかし生憎、俺は元々戦わねぇ」
取り出されたのは、シスイとやりあった時にも見せたちゃちなナイフ。その大して鋭くもない切っ先を、彼は天高くに座する黄金に向ける。
「高ぶる道具使って、サッとスマートに殺すのさ」
適当に。何の気もなしにひょいと投げられたナイフが、空を切る。力も込められていないそれは、不思議と飛んで、彼女の元へ迫っていった。
「? 何のつもりかな?」
とはいえ、クレアが乗っているのは忠実なる造物のドラゴンだ。どんな小さな脅威だろうと、害意があるなら叩き潰すに決まっている。どう考えても金を貫けないであろうそれを、竜は鋭い爪で迎撃し……
「!?」
するりと紙のようにすり抜けたナイフが、クレアの喉元にストンと突き刺さった。
「な、に……!?」
おかしな軌道に、自身へ届いた攻撃。2つの想定外を受けて、流石のクレアも堪らず目を剥く。傷跡からは、金色の液体が流れ出ていた。
「おいおい、今度はなんだアリババ!?」
「ハッハ。神器解放、"風のゼピュロス"。そよ風をまとったあのナイフは、軌道を自在に操れる。殺傷力は低いがな」
さらに出てきた不思議な武器に、ベルは興奮気味だ。
お宝を見せびらかせたアリババも、自慢げに神器の能力を解説して楽しそうにしている。
もっとも、調子に乗っているのはいつものこと。
油断が顔をのぞかせることなく、ベルたちに呼びかける。
「さーて、逃げるぞお前ら。
あいつが傷を再生させている間に」
「私が命令しなくても、この子たちは勝手に攻撃するけど」
意気揚々と撤退しようとしたところ、空から呆れ声が降ってくる。ハッと顔を上げれば、視界いっぱいに広がるのは唸るドラゴンの群れだ。その奥にいるクレアは、困惑していた。
シーン……と場は静まり返り、辺りには間断ない獣の唸り声だけが響く。
「……おっとぉー」
「無駄じゃねぇか!? やっぱあの風出せ風!!」
笑顔の形で固まるアリババに、ベルは詰め寄り必死に頼む。
一気に騒がしくなったのがきっかけになったのか、ドラゴンたちは一斉に吠え動き出していた。
「まーまー落ち着け。いくら神器といえど、そう何度も連続で使えるかよ。所詮遺物の1つだぜ? 耐えだ耐え」
「落ち着いていられるかーッ!!
違いわかんねぇし耐えれねぇから言ってんだよーッ!!」
「アリババ。ぼくも無理だと思うよ?」
この間に、もう道はすべて塞がれ身動きは取れない。
走って逃げるにしても、脱出するためには壁となる竜の首を乗り越えなければならなくなった。
物理だからといって、考えなしではないということだろう。
竜たちは力に任せた攻撃をやめ、工夫し確実に仕留めようとしている。
現実逃避か言い聞かせているのか。
それを見上げるアリババは、場違いに安らかな顔をしていた。
悪人のくせして、悟りを開いたかのように穏やかで、どんな結末でも受け入れそうな雰囲気だ。
貴重なはずの神器――小瓶も、萎びた腕でポンポン放り投げ、雑に扱っている。
打つ手なしどころか、あるかもしれない可能性すら自ら投げ捨てる行為だ。完全にお手上げである。
傷をなぞるクレアは、すっかり興味を失っていた。
とはいえ、彼女が言っていた通り、どちらにしてもドラゴンたちは自分の意思で襲いかかってくるが。
「そりゃそうだ。てことでほい、吹けやボレアス」
クレアの目が逸れた。
それが何より求められる、最も大きな変数だった。
「!」
雨霰と降ってきた首が、牙を突き立て赤い飛沫を散らそうとした瞬間。キャッチした小瓶を傾け、アリババは笑う。
解放の合図はない。正しい名前を呼んでもいない。
あらゆるものが省略された、雑な一言で、先ほどの嵐は再び巻き起こった。
「うわぷ……」
降り注ぐ首を弾き、危険を取り除く。
威力で倒す方向を調整し、空に道を作る。
クレアとは反対側の、赤い空。意識が吸い込まれそうなほどの真紅の中へ、彼らは羽ばたいていた。
「お前、また嘘かよさっきの……!」
「またってなんだァ? 日常ならともかく、殺し合いの最中なら騙してナンボだろ。弱者が生き残りたけきゃ、なりふり構ってらんねぇんだよ」
「それはわかったけど、これはずっと飛べるの?
途中で降りる?」
3人を包む強風は、つぼみのように鋭く空を突き進む。
しかし、限度があるというのも決して嘘ではないだろう。
首を越えるために飛び上がっていた彼らは、少しずつ高度を下げていた。フレイから暗にそれを指摘されると、アリババは着地の体勢を整えながら言葉を返す。
「ずっと飛んでたらそれこそ風が尽きる。
離脱はできたんだから、あとは走るぞぼちぼちな」
言うが早いか、風は壁を突き破り城内に戻った。
どうせなら街中に、となりそうなところだが、その場合高度の関係でだいぶ距離が延びる。
街へ降りても、どうせ追撃は止まらない。
次の危機に対応できなくなるより、節約しておく方が生存率は上がるというものだ。
「わかった。ならぶち抜くってことでいいか?
のんびり走ってたらすぐ追いつかれる」
「おー、やれやれ」
「ごめんね、頼りなくて。お願いするよ」
風の神器が使えないなら、残る手段はベルの銀剣のみである。アリババの野次、フレイの肯定を受け、彼は剣の柄に手をかけ……
「下に降りたいのかい? なら、撃ち落としてあげる」
「ッ……!?」
当たり前のようにかけられる言葉に、身を硬直させる。
両断された訳でもないからか、首のケガは早くも治っているようだった。
「坊主ッ、盾だ――」
城内での逃走も銀剣での強行突破も、クレアがいないことが前提だ。いくらドラゴンたちの包囲網を抜けようと、彼女の目があるうちは逃れられはしない。
竜は再び彼らを見つけ、口々に輝きを湛える。
「間に合わ……」
「クソッタレ!!」
辛うじて錬成できた盾は不完全。
風も弱々しく、無事乗り切るのは不可能だ。
完全に不意を突かれた形だった。
その隙をなくさないように、ブレスは速やかに放たれる。
盾を砕き、風を押し退け、縫い付けるが如く地上に突き刺さる。
今回はクレアも、わざわざ城を金に変えていない。
壁には大穴が空き、城の一部は倒壊する。
崩れ落ちた先で、街が顔を覗かせていた。
「ふふ、まずは1人。中々にしぶとかったけど、流石にそろそろ終わりかな?」
命からがら自身を守り、崖の縁に倒れ込んでいる影は2つ。
仲間の手が回らず、自衛手段のなかったフレイは、焼け爛れた体で地上に落とされ、瓦礫の中に倒れていた。




