32-すべては我が手の中にある
弱々しい銀閃は、確かに黄金の部屋を破った。
床を両断し、壁に穴を開け、その先に揺らぐ赤を見せた。
――なんだ? 外の景色がブレてる。
女王の世界に戻ったってことか?
密室を破っただけで、空気は一変する。
だが、黄金そのものであるクレアが支配する金色の部屋は、生きているも同然である。せっかく開いた道も、すぐに金糸が張り、再生しようとしていた。
銀の発生源であるベルはともかく、残り2人はすぐに状況を察せず、届かない。
「走れ2人共!! すぐ金が閉じる!!」
「了解」
「よーっし、殿はおめぇな!」
光に目をすぼめ、固まっていたフレイたちは、指示を受けると弾かれたように走り出した。
フレイは置き土産に銃を乱射し糸を裂き、アリババは脇目も振らず飛び込んでいく。
「あんまり城を荒らしたくないんだけどな」
消えた2人を目で追うクレアはつぶやく。
獲物が消えたなら部屋を閉じる意味もない。
縫い合わせていた金糸は止まり、逆に床はスカスカの糸状になっていた。
「じゃあここで突っ立ってろ黄金!」
「それでもいいけど……」
素直に殿を務めるベルは、まだ室内に。
ダメ押しとばかりに横一文字に床を斬り、確実に安全を確保してから階下に消えた。
怒鳴られたクレアは、余裕の表情でそちらに目をやり、虚空へ静かに答えを告げる。
「好き勝手させていいなら、侵入者なんて呼んでない」
両手を広げる。腕内の空気が徐々に瞬き、金へと変わる。
その一粒一粒が、伝播する金の錬成陣だ。
目に見えないほど微小な金は、空気や塵、血に限らず万物を染め、塗り潰し、侵していく。
増えれば増えるほど速度も跳ね上がるのだから、当然実体化など一瞬だ。造物はものの数秒で溢れ出て、無数の煌めきとなって床の裂け目へと飛び込んでいった。
~~~~~~~~~~
床を突き破った一行は、瓦礫と共に落ちていく。
ベルだけは魔道具の靴のお陰で、危なっかしくも空を走っているが、フレイたちは着地するまで無防備だ。
それぞれ、ゆったりした服とマントを翻しながら、口々に声を上げている。
「おいおい坊主。おめーそりゃクーリエの魔道具だな?
後でちーっと貸してくれよ」
「離脱したはいいけど、次はどうするの!?
やっばいの来てるよ!?」
振り返ってみれば、頭上には数え切れない程の黄金生物たちが迫っていた。ベルが作った裂け目は、上階の端から端まで十字に届いているものである。追撃されるのは当たり前だ。
しかし、裂け目は自分たち3人が通れればいいため、決して大勢が通れるようなものではない。
金糸化してスカスカになっているものの、床の機能は残しているのだから向こう側が見えるだけ。大きなもの達も簡単に通れるはずがなかった。
だというのに、人より大きな造物は今や天井を覆い尽くす勢いだ。一面が金に蠢いており、造物たちが天井であるとすら言える。
それもそのはず。よくよく見てみると、それらの一部は裂け目を通らず、金糸から直接生まれていた。おまけに、天井の金糸は壁を侵食し、金糸へ変えてみるみる解いていく。
そうして増えた金から、また造物が生まれる。時間が立つほど創造スピードは上がり、床以外に逃げ場はなかった。
クレアがいる。
ただそれだけで、生物には逃げ場などどこにもない。
「っ……!! また下行くか、金になる前に壁ぶち抜くか。
フレイはどっちがいいと思う!?」
「この感じだとどの道1階で囲まれる!
どこかで横に動きたい、けど……!!」
「俺はあの金欲しいよなぁ、一旦。
無害化できれば大儲けだぜ」
現在空中。さらに1階突き破るも、牙を剥く金に徐々に包囲され、無防備に落下しているところである。端的に言って、絶体絶命。軽口を叩く余裕などない。
そもそもが神秘。定命の生物を超えた、理外の怪物が敵だ。
ベルたちとしてはそれが共通認識のはずである。
それなのに、アリババは笑う。
余裕か呑気か、話を無視し、名指しで問いかけ会話から締め出しても気の抜ける言葉で割り込んでくる。
繰り返される緊張感のない発言に、ベルたちはわなわなと体を震わせると苛立ちを爆発させた。
「黙ってろよアリババ!!」
「静かにしてて、盗人!!」
「へーへー、黙りますよっと。静かに企む悪人は、何を考えているのかわーかりません。なーんてな、横だろ? 横」
叱責を気にした様子もないアリババは、無駄に煽ると懐から小瓶を取り出す。すぐに割れるくらい脆そうで、中央に竜巻のようなものが渦巻く小瓶を。
「あ、それ。最後の隠れ家で自慢してきたやつ」
「正解当ったり〜。ここだけの話、俺様は大盗賊でな?」
「知ってるよ! なんなんだお前!」
「世界各地のお宝・遺物の所有者なんだよ。
それが、俺のやたら高ぇ懸賞金の理由だぜ」
蓋を取る。空気が揺らぐ。小瓶から溢れ出た大風は、彼らを包んで黄金を制す。
「神器解放。吹き荒れろ、"竜のボレアス"」
床に墜落する直前、アリババは唇の端を持ち上げて笑い、握り締めた小瓶に契句を言祝ぐ。漏れ出た風だけでも、金糸は揺らぎ、造物の動きを止めていた。
それが完全解放されたとなれば、結果は見るまでもない。
「いッ……!?」
「この品はッ……!!」
仲間ごと体を浮かす、造物を弾く。
床ところか、ベルたちでは届かなかった壁を壊す。
視界に映るすべてを制圧し、堂々と宙に立つ盗賊の王は高らかに笑っていた。
「アーッハッハッハ!! 力がなんだって!? 無力だからどうしたって!? んなもん、他で補いやいいんだよ!!
資源の奪い合いこそ世の真理ってなァ!!」
「敵が止まったのはいいけど、結局この後どうす‥」
「ふん!!」
ひとしきり笑うと、アリババは脈絡なく虚空を掴む。横向きに前へ突き出した両手で、引き戸を開けるように風を握る。
「いやいや、いやいやいやいや……!!」
世界を満たす空気を持つ手は、ゆっくりと横向きに動く。
それに伴い、浮かせられたベルたちも徐々に横へ。
少しずつ、少しずつ速まる動きは、最終的に力任せに振り抜かれた。
連動した風も、暴力的な威力・スピードで、ベルたちをボロボロになった壁へ叩きつける。展開を予期し、引きつった顔に流れた冷や汗は、障壁を介すことなく霧散していた。
「ぎゃあぁぁ!!」
「さぁ、脱出成功だ。次は女王だな。今度こそやつのお宝を盗みに行こうじゃねぇか。モルジアナを助けるためにも!」
「どっちが目的かわかんねぇなぁお前は!! 痛ぇし!!」
黄金化から逃れれば、もう無理に風を使う必要もない。
強風はなだらかに収まり、瓦礫にぶつかったベルは頭から血を流して地面に放り出されている。
ここまで酷いのは彼だけだが、激突は避けられたフレイも、決してスマートな着地ではなかった。
横薙ぎの風という、普通ではあり得ない風に飲まれたのだ。転がってどうにか受け身を取れているだけで、息は絶え絶え。次の行動などすぐには起こせない。
だが、1人綺麗に着地したアリババだけは、2人を置いてもうさっさとお宝目指して廊下を駆け出している。
「おいだらけてんじゃねーよ坊主ども。
死にてぇなら置いてくぞ」
「誰のせいだと思ってんだ!?」
「誰のお陰で金檻から抜け出せたんだぁ? ん?」
「お前だな!! こんにゃろう!!」
流れる血を拭い、ベルは立つ。多少ダメージはあるが、移動は魔道具の靴で補助可能だ。勢いを使って走り出したフレイと一緒に、腹立たしい背中を追っていく。
その背中を、高みから見下ろす影が1つ。
「盗みの活用大いに結構。
それは間違いなく、自然界で生き残る戦略の1つだ」
天井を見上げると、透ける金糸となった壁の向こうで、無数のドラゴンのうちの1体に乗るクレアの姿があった。
「けれど、それを使うのと頼り切るのとではまるで別物。
力がないのなら、補ったところで限度がある。
技術は力があってこそだよ」
本来、互いを隔てて然るべき壁は、今やすべてクレアの支配下、金糸の束。花開くようにそれらは解け、ベルたちを彼女の視線の下に晒してしまう。
「そして、どれだけ技を磨こうと、圧倒的な力の前に、生物は蹂躙されるしかないんだ」
走る彼らを光が照らす。目をすぼめて左右を見ると、開かれた広々とした空間には、何頭ものドラゴンがいた。
前面にいるだけでも左右それぞれに十数頭。
斜め上や下、奥まで見れば、数十頭ものドラゴンが、滞空し口を開けている。眩い光は、口内で輝く黄金のブレスだ。
「人は、自然に勝てないからね」
「くそっ……」
左右から、幾筋もの息吹が迸る。連なりは長く、前後にも逃げ場はない。苦し紛れに作った銀の盾も、その熱で溶け貫かれていた。




