31-鮮烈なる赤を目指して
すべてが金に染まった世界で、玉座の赤だけが際立って見える。たとえクレアでも、あれを揺るがせない。
それすら意図的な虚像なのか、本当に格差を示すものか。
迫る黄金を前にしたベルは、必死に頭を回転させる。
――ここで重要なのは、こいつらがここに来たこと!
シスイは死なない。だったら、誰があいつの相手をしてる?
銀剣を突き立て、近くの空気を浄化する。
左肩の錬成陣に触れた右手で、盾を錬成する。
この錬成陣は、シャノンの手により予め刻まれたものだ。
盾……もしくは盾未満の銀しか生み出せない代わりに、未熟な術者だろうと、範囲は必要な分だけ広げられた。
とはいえ、部屋中を守るなど、そもそも黄金に変貌した部屋自体が敵である時点で、現実的ではない。
牽制にとどめていたフレイとアリババも、瞬時に戻って背後に落ち着いていた。
――きっと、女王はいる。そのつもりで動くんだ。
盾の向こうで吹き荒れていた嵐は、波は、やがて落ち着く。
視界を確保して見れば、そこには依然として黄金のドラゴンに乗りながらも、ステッキを失ったクレアがいた。
他方、気怠げなアズールと荒い息を吐くカーボンも、手足に弾痕を作って止まっている。異常な重力を受けて重そうだ。
「おやおや、盗まれてしまったか」
「また、クーリエの重力……」
フレイの弾丸は、クーリエ特製の"へヴィア・バレット"だ。
たとえ本人が死のうと、術式が刻まれたものが残っていれば魔術は表出する。弾丸が残る限り、パフォーマンスの低下は避けられないだろう。
だが、できるのはそこまで。所詮は借り物。人の手による単なる道具。本人による魔術の原型でなければ、彼女たちには鬱陶しい程度の影響しかないようだった。
武器を失ったクレアも、体に重みを背負うアズールも、感情の明暗はあれど、どちらも余裕の表情をしている。
唯一、カーボンだけは「ハ、ハ、ハハハハローハローキキ気分はこんにちははははは」と、そもそも正気を失っている様であったが。
「……撤退しよう」
「はぁ?」
「急だね。理由は?」
アリババが怪訝そうに顔をしかめ、フレイも聞き返す。
無理もない。実力差はあれど、手に負えなそうなのはクレアだけ。まだ劣勢という訳でもないのに、即決したのだから。
問われたベルは、防御ではなく、会話や狙いを悟られないために絶えず銀を動かし、壁を造っている。
「細かく話す余裕はない。けど、やっぱり女王はいると思うんだ。シスイが来れない理由なんて、他にないだろ」
「いねぇじゃねーかクソガキ」
「仮にそうだとしても、なおさら引く理由なくない?」
口汚く悪態をつくアリババは、とても盗賊王の二つ名を持つとは思えないほど何も考えていない。
茶化しているのか、妻がいない影響なのか。
どちらにせよ、まともに取り合うだけ損だ。
対して、単なる護衛のはずのフレイは、自分でも考えている上に優雅ささえある。密やかな会議は、彼を無視して2人だけで行われていた。
「クーリエがこれを避けたのは、高確率で決戦には駆けつけられなくなるから。でも、こうなってしまった以上彼女たちが加勢に向かう方がマズイよ」
その間も、絶えず黄金の波やあてずっぽうな錆び、鎌を振るう音などが聞こえてきた。
しかし、杖の強奪に手足の重みと、少なからず力を削いだからか、ひとまずは安定している。
「そこが違うんだよ。アズールたちは、別に全員で一番強いシスイを始末してもよかった。オレたちが格下なんだから、むしろあいつを確実に消す方がいいはずなんだ。
それなのに、なんで三吸傑はここに来たんだ?」
疑問を呈する。
なぜ、誰もいない玉座の間を守りに来た?
なぜ、吹けば飛ぶ程度の弱者を自ら狩りに来た?
文字通り格が違う、ただの生物を相手に。
大自然の具現と化した、生物を超えた存在の神秘が。
「たとえ女王が負けるはずなくとも、どうせ誰もいなけりゃ俺たちは動くんだ。暇なら戦いを見てればいい。
来たら始末するだけで事足りるんだ。わざわざ自分から来る必要なんてない。なのに、きた」
「学者気取りかい? ベル少年」
空気と同化しているかのように、何の気配もなくクレアが背後に立つ。伸ばされる手には、必殺の力なんてない。
だが、他の神秘と違って錬金術でもあるという点が、万物を混ぜる手を危険極まりないもの足らしめていた
初めに気がつくのは、危機察知と立ち回りに全振りしたアリババだ。彼は2人に知らせもせずに飛び退り、保身を図る。
その動きを受けて、フレイが慌てて銃を向けた。
金の獅子が腕をかけたことで、無理やり逸らされる銃口を。
卑怯者に脅威はなく、邪魔者も消えた。
抵抗をクリアし、クレアはにんまりと笑う。
錬成と思考に集中しているベルは、奇襲どころか仲間の動きすらも見えていない。
「その時点で、俺たちが足止めしたいんじゃなくて、あいつらが足止めしたいんだ。女王の邪魔をされたくないんだ」
「……おや」
あわや、指がベルの頬を撫でようとした瞬間。何の予備動作も、話の中断もなしに、彼はくるくると滑るように回避する。向き直る形でピタリと止まる様は、重力を感じさせない自由な動きだった。
「ふむ。いい靴を持っているね」
クレアが観察するのは、彼が履いている靴だ。
重力を調整する魔道具が、ほんの小さな力での移動を可能にしていた。
剣を抜いたことで錬成は途切れるが、魔術が乱れたムラで銀は偏りを持って膨れている。逆に予期せぬ動きを作れたことで、カーボンは吹き飛びアズールも牽制できていた。
ベルは剣先を向け、盗んだはずの杖を持っているクレアから目を離さない。
「そもそも、正面からやり合って勝てる相手でもないしな。
バラける必要はなくても、移動し続けて隙を見つける戦い方のがいいだろ。杖だって、結局錬成されてるし」
「了解。速やかに退路を確保するよ」
「おいベル、てめぇこのクソガキ。
俺の盗みを無駄みたいに言うんじゃねぇ」
敵の真意はどうあれ、まともにやり合うべきではない相手なのは間違いない。アリババは食って掛かるが、指示を受け入れるフレイ共々、すぐにそのために動き出す。
「攻めてきておいて、逃げるの?
クーリエの仇も討たずに」
「挑発してるつもり? お生憎様、ぼくは傭兵だからね。
死が溢れるこの世界でも、特にそれに慣れている人種だ」
忍び寄り、煽ってくるアズール相手に、フレイは冷静に銃を撃つ。ややセリフに反した行動ではあるが、感情的になってはいない。
あくまでも、逃げるための手傷を負わせるため、退路を開くためだった。取り除いた弾丸は再び埋まり、姿朧げな彼女は振りかぶった鎌であらぬ方向を切っている。
「ふふふ不自然なもの、ハローハローハロー。
か借り物でででで、な何を粋がががが」
周囲は黄金だらけで、錆びさせられるものはほとんどない。
だが、クレアが支配しているのだから、錆に錬成して援護など造作もないことである。
視界を遮ってもらったアズール同様、錬成のサポートを受け彼カーボンは、真反対に力任せで押し寄せていた。
「あん?」
近くにいたのは、戦いもせず身の安全を守るアリババだ。
ひたすら危険から距離を取っていた彼は、圧倒的な物量で囲まれてようやく立ち止まる。逃げられずに舌打ちをする。
前方を覆われ、頭上を覆われ、今にも錆び朽ちる運命に怯えるように手を伸ばす。押し寄せる錆の波は、金属すら侵す腐敗をその手に伝播させ……
「そりゃテメーだ錆の街。
暴走鬱陶しいからちっと黙ってろ」
ることはなかった。そもそも錆は、触れられてもいない。
伸ばした手を振り下ろしただけなのに、それらは解けるように霧散して消えている。
続けて手は何度か空を切り、周囲の他の錆も綺麗さっぱり消えていた。残るは黄金、ただ1つ。
「アズアズアズールたちににやられれた人間風情ががが」
「あーばよ貧乏人。しばらくこっち来んじゃねぇぞ」
「しん、ぴ……!?」
錆を失えば、カーボンなどただタフなだけだ。
正気を失っていることもあり、アリババの飛び蹴りを躱せも防げもせずに蹴り飛ばされていった。
宙を舞う男は窓の外へ。ガラスを突き破り落ちていく。
これで数的有利は取れた。しかし、単独で周囲の世界を体現するのが神秘だ。もっとも恐ろしく、手に負えない怪物は、まだ残っている。
「逃げられると思うのかい?
この、黄金に染まった部屋から」
「銀に染め直してやるよ。全部の支配権を奪うのは無茶でも、一部ならオレにだってできる」
周囲一帯、尽くが黄金色。この場はクレアの手の中も同然だ。それでもベルは、煌めく銀を、振りかぶる。
「道を開け、錬成刃!! アマルガムの名を、示す時だ!!」
刃を彩る陣が咲く。世界を表す金には遠く及ばない、たった一筋の銀閃。しかしてそれは、ただ一点を突き崩し、元の赤き世界への道を開いていた。




